現象学的精神病理学(ミンコフスキー、ブランケンブルグ、ザハヴィら)の知見に基づき、自我障害を「前反省的自己意識(基本の自分らしさ)」の崩壊過程として捉え、能動性と自己所属感の階層モデルを再構築します。
このモデルでは、下層(レベル1)から上層(レベル5)に行くに従い、単なる「コントロールの喪失」から「存在論的な境界の消滅」へと深刻度が増していきます。
自我障害の現象学的階層モデル
第1階層:【能動性の調整不全】(自己内部の葛藤)
- 該当症状:強迫観念、チック、トゥレット症候群
- 現象学的状態: 「私」という主体の中に、意図に反する(Ego-dystonic)要素が入り込む。
- 能動性: 部分的に障害。意志と反するが、抵抗しようとする主体(エージェント)としての「私」は強固に残っている。
- 自己所属感: 完全に維持。 「嫌な考えだが、私の考えだ」「勝手に動くが、私の手だ」という確信は揺るがない。
第2階層:【自己存在感の希薄化】(クオリティの変容)
- 該当症状:離人症、現実感喪失
- 現象学的状態: 「私」が行っていること、感じていることの「生々しさ(Mineness)」が減退する。
- 能動性: 維持。自分が動かしていることはわかるが、手応え(感触)がない。
- 自己所属感: 質的に減弱。 「自分の感覚であるはずなのに、どこか余所余所しい」という「~のようだ(As if)」という形式での訴え。境界線は壊れていないが、内実が空虚化している。
第3階層:【受動性の萌芽】(思考の自律化)
- 該当症状:自生思考(思考の促迫)、連想弛緩の初期
- 現象学的状態: 意識の地平において、思考が「生成の源泉」から切り離され、勝手に流れ始める。
- 能動性: 喪失傾向。 思考の「開始」というボタンを自分が押した感覚がなくなる。
- 自己所属感: 境界域。 「自分の心の中で起きていることだ」という場所の感覚はあるが、「私の意志による産物」という帰属が曖昧になり始める。
第4階層:【主客の反転・空間的乖離】(外部への投射)
- 該当症状:幻聴、考想拡声
- 現象学的状態: 自己の内部から生じたはずの表象が、自己の境界(皮膚や意識の膜)を突き抜け、外部空間に「他者の対象」として定位される。
- 能動性: 完全に消失。発話主体は「外部の誰か」に転換される。
- 自己所属感: 喪失。 「他人の声」として体験される。しかし、その声が「自分に関わってくる(自己参照性)」という点において、存在論的にはまだ「私の世界」に縛り付けられている。
第5階層:【根源的自己の乗っ取り】(透過性の極致)
- 該当症状:思考吹入、作為体験(させられ体験)、思考奪取
- 現象学的状態: 自己と世界の境界(Ego-boundary)が消失。意識のプライバシーが崩壊し、他者の意志が自己の核心部に直接作用する。
- 能動性: 逆転。 自分の運動や思考の源泉(Source)が「他者」に入れ替わる。
- 自己所属感: 完全な異物化。 自分の体の中に「他人の意志」が直接宿っていると感じる。現象学的には「自己の身体が他者の道具になる」という、最も深刻な自己所属感の剥奪状態。
階層化のまとめ(マトリックス図)
| 階層 | 障害レベル | 能動性(Agency) | 自己所属感(Ownership) | 現象学的特徴 |
|---|---|---|---|---|
| L1 | 強迫レベル | 抵抗と不全 | 維持 | 自己内の異物(葛藤) |
| L2 | 離人レベル | 手応えの喪失 | 減弱 | 自己の脱色(非現実感) |
| L3 | 自生レベル | 開始権の喪失 | 揺らぎ | 意識の自律走行 |
| L4 | 幻覚レベル | 外部へ投射 | 消失(外在化) | 境界の亀裂(他者化) |
| L5 | 作為レベル | 他者へ譲渡 | 乗っ取り | 境界の消滅(他律性) |
考察:なぜこの順序で並ぶのか
現象学的には、「能動性」は「自己所属感」という土台の上に成立していると考えられます。
- まず、自分が自分であるという「自己所属感(Ownership)」が揺らぎ始め(L2)、
- 次に、思考や行動を制御する「能動性(Agency)」が手放され(L3)、
- 最終的に、空いた「主体の座」に他者が入り込むことで、「所属感の逆転(他者のものになる)」というレベル5の病態に至ります。
この階層モデルは、症状の重症度だけでなく、統合失調症の発症プロセス(微細な違和感から始まり、完全な作為体験に至る過程)とも高い親和性を持っています。
