数学の有効性と情報存在論
― 進化論的認識論および構造実在論との統合的考察 ―
要旨
本稿は、数学の自然科学における顕著な有効性を、進化論的認識論および構造実在論の枠組みによって再構成し、さらに情報存在論との統合を試みるものである。世界を情報構造として理解する立場を導入することで、数学と自然との適合は、構造的同型性を超えて「情報的整合性」として再定式化される。本稿は、自然法則を「情報的制約の安定形」として理解することにより、実在論と認知論を架橋する理論的枠組みを提示する。
1 問題の再定式化
数学が自然を正確に記述し、さらには予測しうるという事実は、科学哲学における中心的難問である。
この問題は次のように要約できる。
- 数学は抽象的記号体系である。
- 自然は物理的過程から成る。
- 両者の間に高度な対応関係が存在する。
この対応関係は偶然か、それとも必然か。
前稿では、進化論的認識論および構造実在論によって、数学の成功を「構造の同型性」として説明した。本稿では、その構造をさらに基礎づける概念として「情報」を導入する。
2 進化論的認識論の再確認
Konrad Lorenz に代表される進化論的認識論は、認識能力を自然選択の産物とみなす。
- 世界に規則性が存在する。
- その規則性を把握できる個体は生存に有利である。
したがって、世界の構造を近似的に写像する神経系が形成される。
この枠組みでは、認識は世界の構造への適応である。
3 構造実在論の位置づけ
構造実在論は、世界の本質を個別的実体ではなく関係構造に求める。
科学理論が交代しても、しばしば保存されるのは関係構造である。
したがって、我々が把握しているのは「構造」であると考えられる。
この立場は、進化論的認識論と自然に接続する。
なぜなら、進化が写像するのもまた「構造」であるからである。
4 情報存在論の導入
ここで、構造をさらに一般化した概念として「情報」を導入する。
情報存在論は、世界を物質やエネルギーに還元するのではなく、
情報的差異と制約のネットワークとして理解する立場である。
この考え方は、たとえば以下の思想的系譜と接続する。
- 情報を物理的基礎とみなす理論物理学的立場
- デジタル存在論的宇宙観
- 計算論的宇宙モデル
ここで重要なのは、情報を「意味」ではなく「差異の構造」として理解する点である。
情報とは、状態間の区別可能性およびその遷移規則である。
5 構造から情報へ
構造実在論が「関係」を重視するのに対し、情報存在論は「差異のパターン」を重視する。
しかし両者は対立しない。
関係構造とは、情報的差異の安定パターンであると再解釈できる。
この観点から見ると、
- 世界は情報構造である。
- 脳はその情報構造を処理する装置である。
- 数学は情報構造を抽象化した形式体系である。
という三段構造が成立する。
6 数学の有効性の再解釈
この統合モデルにおいて、数学の有効性は次のように説明される。
- 世界は情報的制約に従って振る舞う。
- 生物はその制約を検出し利用する情報処理装置として進化した。
- 数学はその情報処理の抽象化である。
したがって、数学が自然に適合するのは、
両者が同一の情報構造に基づいているからである。
ここでは、自然法則は「情報的制約の安定形」として理解される。
7 同型性から整合性へ
進化論的認識論と構造実在論では「同型性」が鍵概念であった。
しかし情報存在論を導入すると、より一般的な概念である「整合性(coherence)」が中心となる。
数学理論が自然に適合するとは、
- 数学的情報構造と
- 物理的情報構造が
整合的であることを意味する。
ここで整合性とは、予測と観測の安定的一致である。
8 理論的帰結
この統合モデルは、次の帰結を持つ。
- 実在論と構成主義の対立は緩和される。
- 自然法則は情報的制約の表現と理解される。
- 数学は情報構造の極限的抽象である。
さらに、理論数学が経験を先取りする場合も、
それは可能な情報構造の探索として理解できる。
9 残された問題
もっとも、この立場にも未解決の問いが残る。
- 情報は物理的に実在するのか、それとも記述的概念にすぎないのか。
- 情報的制約の最終的基礎は何か。
これらは今後の課題である。
10 結論
数学の自然への適合は、
- 世界が情報構造であること
- 脳が情報処理装置として進化したこと
- 数学が情報構造の抽象体系であること
の三点の交差によって理解できる。
この視点において、自然法則とは
情報的制約の安定的パターンである。
したがって、数学の成功は偶然でも奇跡でもなく、
情報的宇宙における認知進化の必然的帰結として位置づけられる。
