承知しました。
ここでは、これまでの
- 脳内世界モデル仮説
- 進化論的認識論
- 統合失調症=情報構造不安定化モデル
を、予測処理理論(predictive processing)と理論的に厳密に統合します。
脳内世界モデルと予測処理理論の統合
― 統合失調症の情報構造モデルへの数理的接続 ―
1.予測処理理論の基本構造
予測処理理論は、脳を予測誤差最小化装置とみなす理論である。その理論的中核は、Karl Friston による自由エネルギー原理にある。
基本仮定は以下の通りである。
- 脳は階層的生成モデルを持つ
- 上位層は下位層の活動を予測する
- 実際の感覚入力との差異が「予測誤差」として計算される
- 予測誤差を最小化するようにモデルが更新される
ここで重要なのは、「知覚」は受動的入力処理ではなく、予測の更新過程であるという点である。
2.脳内世界モデルとの同型性
前稿で提示した脳内世界モデルは、
- 企図
- シミュレーション
- 出力
- 感覚入力
- 誤差修正
という循環を持っていた。
これは予測処理理論の
- 生成モデル
- 予測
- 誤差
- 更新
と構造的に同型である。
したがって、脳内世界モデルは、予測処理理論における「階層的生成モデル」として厳密に再定式化できる。
3.進化論的認識論との接続
進化論的認識論によれば、認知構造は環境構造の近似写像として進化する。
予測処理理論の観点では、
環境の統計構造
→ 神経回路の形成
→ 階層的生成モデル
という適応的同型が成立する。
このとき、脳は真理を目指すのではなく、長期的に予測誤差を最小化できるモデルを保持する。
進化とは、自由エネルギー最小化が時間スケールを拡張した現象と理解できる。
4.統合失調症の再定式化
統合失調症を予測処理理論で説明する際、鍵となる概念は「精度(precision)」である。
予測誤差には重みが付与される。
この重みづけが「精度推定」である。
4.1 誤差精度の過大評価
微小な感覚変動に過剰な精度が与えられると、
- 偶然が意味を持つ
- ノイズが信号化される
関係妄想や被害妄想が形成される。
4.2 上位信念の過剰固定
逆に、上位仮説に過剰な精度が与えられると、
- 反証が無視される
- 妄想が修正されない
信念更新の停止が生じる。
5.自我障害の階層的不安定化
予測処理理論では、自己は高次階層に位置する生成モデルである。
通常は、
運動予測
→ 感覚帰属
→ 主体感
という整合が保たれる。
しかし精度推定が破綻すると、
- 自己生成予測が不安定化
- 内的思考が外部由来と誤帰属
思考吹入や作為体験が生じる。
これは「自己モデルの精度崩壊」として理解できる。
6.情報構造モデルとの統合
ここで全体を統合する。
世界は構造を持つ。
脳はその構造を階層的生成モデルとして内部化する。
その操作は予測誤差最小化である。
統合失調症では、
- 精度推定の異常
- 階層間の重みづけ不均衡
が生じ、情報構造の安定性が失われる。
重要なのは、
妄想は無秩序ではなく、
「誤差を最小化しようとする過程の副産物」であるという点である。
7.数理的含意
予測処理はベイズ更新で表現できる。
Posterior ∝ Prior × Likelihood
統合失調症では、
- Likelihood(感覚証拠)の精度異常
- Prior(事前信念)の精度異常
が生じる。
これは単なる臨床記述ではなく、数理モデル化可能な枠組みである。
8.理論的帰結
ここで三層構造が完成する。
① 情報存在論:世界は構造的制約を持つ
② 進化論的認識論:脳は構造写像として進化した
③ 予測処理理論:脳は誤差最小化装置である
統合失調症は、この三層構造の中で、
階層的生成モデルの精度配分異常
として理論的に位置づけられる。
9.精神医学的再定義
統合失調症は、
- 現実からの逸脱ではなく
- 情報更新機構の不均衡であり
- 精度重みづけの病理である
治療とは、
- 精度バランスの回復
- 階層統合の再安定化
と再定義できる。
