脳内世界モデルと予測処理理論の統合 脳内世界モデル–4

承知しました。
ここでは、これまでの

  • 脳内世界モデル仮説
  • 進化論的認識論
  • 統合失調症=情報構造不安定化モデル

を、予測処理理論(predictive processing)と理論的に厳密に統合します。


脳内世界モデルと予測処理理論の統合

― 統合失調症の情報構造モデルへの数理的接続 ―


1.予測処理理論の基本構造

予測処理理論は、脳を予測誤差最小化装置とみなす理論である。その理論的中核は、Karl Friston による自由エネルギー原理にある。

基本仮定は以下の通りである。

  1. 脳は階層的生成モデルを持つ
  2. 上位層は下位層の活動を予測する
  3. 実際の感覚入力との差異が「予測誤差」として計算される
  4. 予測誤差を最小化するようにモデルが更新される

ここで重要なのは、「知覚」は受動的入力処理ではなく、予測の更新過程であるという点である。


2.脳内世界モデルとの同型性

前稿で提示した脳内世界モデルは、

  • 企図
  • シミュレーション
  • 出力
  • 感覚入力
  • 誤差修正

という循環を持っていた。

これは予測処理理論の

  • 生成モデル
  • 予測
  • 誤差
  • 更新

と構造的に同型である。

したがって、脳内世界モデルは、予測処理理論における「階層的生成モデル」として厳密に再定式化できる。


3.進化論的認識論との接続

進化論的認識論によれば、認知構造は環境構造の近似写像として進化する。

予測処理理論の観点では、

環境の統計構造
→ 神経回路の形成
→ 階層的生成モデル

という適応的同型が成立する。

このとき、脳は真理を目指すのではなく、長期的に予測誤差を最小化できるモデルを保持する。

進化とは、自由エネルギー最小化が時間スケールを拡張した現象と理解できる。


4.統合失調症の再定式化

統合失調症を予測処理理論で説明する際、鍵となる概念は「精度(precision)」である。

予測誤差には重みが付与される。
この重みづけが「精度推定」である。

4.1 誤差精度の過大評価

微小な感覚変動に過剰な精度が与えられると、

  • 偶然が意味を持つ
  • ノイズが信号化される

関係妄想や被害妄想が形成される。


4.2 上位信念の過剰固定

逆に、上位仮説に過剰な精度が与えられると、

  • 反証が無視される
  • 妄想が修正されない

信念更新の停止が生じる。


5.自我障害の階層的不安定化

予測処理理論では、自己は高次階層に位置する生成モデルである。

通常は、

運動予測
→ 感覚帰属
→ 主体感

という整合が保たれる。

しかし精度推定が破綻すると、

  • 自己生成予測が不安定化
  • 内的思考が外部由来と誤帰属

思考吹入や作為体験が生じる。

これは「自己モデルの精度崩壊」として理解できる。


6.情報構造モデルとの統合

ここで全体を統合する。

世界は構造を持つ。
脳はその構造を階層的生成モデルとして内部化する。
その操作は予測誤差最小化である。

統合失調症では、

  • 精度推定の異常
  • 階層間の重みづけ不均衡

が生じ、情報構造の安定性が失われる。

重要なのは、

妄想は無秩序ではなく、
「誤差を最小化しようとする過程の副産物」であるという点である。


7.数理的含意

予測処理はベイズ更新で表現できる。

Posterior ∝ Prior × Likelihood

統合失調症では、

  • Likelihood(感覚証拠)の精度異常
  • Prior(事前信念)の精度異常

が生じる。

これは単なる臨床記述ではなく、数理モデル化可能な枠組みである。


8.理論的帰結

ここで三層構造が完成する。

① 情報存在論:世界は構造的制約を持つ
② 進化論的認識論:脳は構造写像として進化した
③ 予測処理理論:脳は誤差最小化装置である

統合失調症は、この三層構造の中で、

階層的生成モデルの精度配分異常
として理論的に位置づけられる。


9.精神医学的再定義

統合失調症は、

  • 現実からの逸脱ではなく
  • 情報更新機構の不均衡であり
  • 精度重みづけの病理である

治療とは、

  • 精度バランスの回復
  • 階層統合の再安定化

と再定義できる。


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