ここでは「自我の解体」を連続体(continuum)として理論化してみます。
目標は、
正常 → 軽度の自我ゆらぎ → 精神症状 → 精神病的崩壊
を一つの軸上で説明することです。
Ⅰ.前提:自我は層構造である
現象学的には、
- Edmund Husserlの「前反省的自己」
- Maurice Merleau-Pontyの身体図式
- ブランケンブルクの自明性(Selbstverständlichkeit)
- クルト・シュナイダーの一級症状
などが示すように、
自我は少なくとも次の層を持ちます:
自我の四層モデル
- 身体的自己(minimal self)
- 能動性(agency)
- 所有感(ownership)
- 物語的自己(narrative self)
解体は、通常この順序で深まります。
Ⅱ.自我解体の連続体モデル(仮説)
以下、0〜5段階で示します。
Level 0:健常な自己
- 行為=自分が起こしている
- 思考=自分のもの
- 世界は自明
→ 予測モデルが安定している
Level 1:軽度の自我ゆらぎ(神経症圏)
例:
- 強迫観念
- 不安による自己違和感
- 軽度離人感
特徴:
- 自己所属感は保たれる
- しかし能動性が不安定
ここでは「自分だが、自分でない感じ」が出始める。
Level 2:能動性の破綻(作為感の萌芽)
例:
- 自生思考
- させられ体験(部分的)
特徴:
- 思考・行為の生成感が揺らぐ
- 所属感はまだ部分的に保たれる
ここが統合失調症スペクトラムの境界層
Level 3:所有感の破綻
例:
- 思考吹入
- 思考奪取
- 感情吹入
特徴:
- 「これは私のものではない」
- 自我の境界が崩れる
ここで自我の中心が外在化する。
Level 4:自己の外在化・他者化
例:
- 対話型幻聴
- 命令型幻聴
- 被影響体験
特徴:
- 内的生成物が完全に外在化
- 他者が主体となる
ここでは「自我の座」が移動する。
Level 5:自我の崩壊(世界構造の破綻)
例:
- 体系的妄想
- 世界没落体験
- 宇宙的自己化
特徴:
- 世界と自己の区別が溶解
- 実在の構造そのものが再構成される
ここで自我は解体し、
新しい妄想的秩序が成立する。
Ⅲ.図式化
物語的自己
↑
所有感(ownership)
↑
能動性(agency)
↑
身体的自己(minimal self)
崩壊は下層から始まる。
Ⅳ.神経科学的統合理論
この連続体は、
- 予測符号化理論(predictive coding)
- コロラリーディスチャージ仮説
- 精度(precision)異常
で説明可能です。
仮説:
自我とは「内的生成物に対する予測の安定性」である。
予測誤差の重みづけが崩れると、
- 思考が異物化
- 行為が外在化
- 世界が敵対化
する。
Ⅴ.重要な洞察
強迫と統合失調症は断絶ではない。
両者は
自我の能動性障害の深度の差
として連続的に理解できる可能性がある。
Ⅵ.さらに踏み込むと
このモデルを拡張すると、
- 解離性障害
- 境界性パーソナリティ
- 重度うつ病
- 躁状態(過剰能動性)
も同一軸に配置可能です。
躁は「解体」ではなく、
自我の過膨張として理解できる。
Ⅶ.哲学的帰結
この連続体モデルは、
自我は実体ではなく、動的安定構造である
という立場に立つ。
これは
- Thomas Metzingerの自己モデル理論
- フランシスコ・ヴァレラのエナクティブ理論
とも接続可能です。
Ⅷ.臨床的含意
この連続体的理解は、
- 早期介入
- 超ハイリスク状態
- 自我障害の微細徴候
の理解に役立ちます。
「急に壊れる」のではなく、
ゆらぎが徐々に深くなる
と考えられるからです。
