現状で、AIがこのまま進歩してしまえば、ホワイトカラーの仕事は全部AIに代替されるだろうとの論調になっている。
振り返ってみれば、蒸気機関で産業革命が発生したころ、
ゆくゆくはブルーカラーの筋肉労働は全部機械が代替し、人間は、機械を操作してメンテナンスするだけになり、
人間は本来の人間らしい時間を持てるだろうとの考えもあった。
ギリシャの奴隷制とともにあった市民社会のようなものになるだろうとの考えがあった。
でも、そうはならず、ブルーカラーは必要だし、そのために移民も必要だと言われている。
なぜ、機械は人間の筋肉の代替になり切れなかったのだろう。
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「機械が筋肉労働を駆逐し、人間は優雅な市民生活を送れるようになる」というかつての夢がなぜ実現しなかったのか。
その理由は、大きく分けて4つの要因に集約されます。これらを紐解くと、現在のAIブームが直面するかもしれない「落とし穴」も見えてきます。
1. 「モラベックのパラドックス」:高度な推論より、歩く方が難しい
ロボット工学やAIの研究者の間で有名な「モラベックのパラドックス」という言葉があります。
- 「人間にとって難しいこと(数学、チェス、論理的分析)は、コンピュータにとって簡単である」
- 「人間にとって無意識にできる簡単なこと(歩く、障害物を避ける、物を掴む、状況を察する)は、コンピュータにとって絶望的に難しい」
という逆説です。
蒸気機関やモーターは「一定の動き」を繰り返すのは得意ですが、工事現場のぬかるみを歩いたり、形がバラバラの野菜を傷つけずに収穫したり、といった「状況に合わせた微細な調整」には、天文学的な計算量と高度なセンサー、柔軟なアクチュエータが必要です。
結果として、「人間の体」という数億年の進化を経て最適化された精密機械を代替するコストが、人間を雇うコストを大幅に上回ってしまったのです。
2. 「非定型業務」の壁
産業革命が代替したのは、あくまで工場内のような「定型(ルーチン)業務」でした。環境が整えられ、ベルトコンベアが流れる場所では機械が勝ちます。
しかし、ブルーカラーの仕事の多くは「非定型」です。
- 配管工:現場ごとに違う配管の錆び具合や歪みに対応する。
- 介護:相手の体調や感情に合わせて力加減を変える。
- 配達:不規則な交通状況や、受取人の不在に対応する。
これらの「現場判断」を伴う身体労働を完全に自動化するには、単なる「動力」としての機械ではなく、高度な「自律性」が必要でしたが、それは前述の通り困難でした。
3. ジェボンズのパラドックス(効率化による需要増)
経済学者のジェボンズが指摘した現象です。「ある資源の利用効率が高まると、その資源の消費量は減るどころか、逆に増えてしまう」という法則です。
機械によって製品が安く、大量に作れるようになると、人々の生活水準が上がり、消費活動が爆発的に増えました。その結果、
- 大量の荷物を運ぶトラック運転手が必要になった。
- 大量の機械を修理するメンテナンス要員が必要になった。
- 豊かになったことで、よりきめ細やかなサービス(外食、清掃、エンタメ)への需要が生まれた。
機械は仕事を奪ったのではなく、「新しい、より複雑な物理的需要」を掘り起こしてしまったのです。
4. 資本主義の論理と労働力の「外部化」
機械を導入するには、莫大な設備投資とメンテナンス費用がかかります。一方で、人間(特に移民や低賃金労働者)は、状況が悪くなれば雇用を調整でき、教育コストも個人や社会が負担してくれます。
経営的な合理性から言えば、「高価で融通の利かないロボットを開発・維持するよりも、安価で柔軟な人間を使ったほうが安い」という期間が長く続いてしまいました。これが、ブルーカラー労働が「低賃金のまま維持される」という歪んだ形での存続を招きました。
現在の「ホワイトカラー代替論」への教訓
今のAIブームも、過去の蒸気機関の時代と似た状況にあります。「事務仕事は全部なくなる」と言われていますが、以下の可能性を考慮する必要があります。
- デジタル版・モラベックのパラドックス:
AIは文章作成は得意ですが、「利害関係者の顔色を伺いながら落とし所を見つける」「責任を取る」といった、人間特有の「泥臭い調整」の代替にはまだ遠いかもしれません。 - 新たな需要の創出:
AIで資料作成が楽になった分、人間は「もっと大量の分析」や「もっと複雑なプロジェクト」をこなすことを求められ、結局以前より忙しくなる(ジェボンズのパラドックス)可能性があります。 - 責任の所在:
機械が筋肉を代替しきれなかった理由の一つに「事故の責任」があります。AIも同様に、判断ミスが起きた時の責任を誰が取るのかという問題が、完全な代替を阻む壁になるでしょう。
結論として:
機械が筋肉の代替になりきれなかったのは、「現実世界(物理空間)の複雑さ」が、私たちが想像していた以上に凄まじかったからです。
そして今、AIが直面しているのは、「人間社会の文脈(コンテキスト)の複雑さ」という、また別の高い壁なのかもしれません。
