医療費 リスクの社会化か、個人化か

医療費にまつわる政治の話で、高額医療費について自分で負担する部分を増やせばよいとか、後期高齢者の自己負担分は原則3割でよいとか、どちらかと言えば、病気の人に、もっと払ってもらえばよいとの話が出ている。
そのは背景として、労働者の痛税感がある。租税負担率がかつては30-35%程度だった時代があるが、現在は40-45%程度との話もある。手取りが少ないというわけだ。
租税負担率を低下させるために何ができるか。無駄を切る。古い補助金制度をやめる。古い税保護処置をやめる。一方、新しい産業を育てて、税収を増やし、結果として、国民の痛税感を緩和する。そのような原則的な話はいつでも何度でも言われているが、実施されていない。抵抗が大きすぎる。政治的コストがかかりすぎる。選挙で負けるかもしれない。そして、30年間にわたって問題の、新産業は誰にも発見できていない。
どうしようもないので、分かりやすいところで、後期高齢者の医療費はどうかとのことらしい。
しかし、例えば、今後の防衛予算の大膨張計画を見れば、後期高齢者の医療費もOCT薬も全く問題にならない。しかし防衛予算を調整しなおすことは、政治コストがかかりすぎる。こちらは国内の利害調整ではなく、米国との話だし、実際は国民をだまして、痛みを緩和して払わせようと着々と計画していることなので、政権はそれなりのコストをかけているのだから、いまさらやめられない。

現状での八方ふさがりは観察できるのだが、どうして矛先が、高齢者医療や高額療養費に向かうのか、理解が難しい。患者が裕福ならば、自分で負担してもらうことで何も問題はない。しかしそうではないし、病気の初めには裕福であっても、慢性の病気が続けば、裕福でい続けることも難しく、貧困になる場合もある。そのようなことを考えた末に、医療費などの分野は、リスクの社会化をするのがもっもと合理的だと結論されて、実行されているはずである。それなのに、場当たり的に、とりあえず、高齢者と高額医療費対象者を「敵」と認定して話を進めるのはやはり合理性がない。
35歳の人が家庭をもって仕事をしていて、痛税感に苦しんでいるとする。その人は、高齢者と高額医療費対象者が、自分の痛税感の根源だと思っているのだろうか。そんなはずはない。
その人にも、親も、祖父母も、いるかもしれない。また、その周囲に兄弟もいるかもしれない。35歳の人の痛税感は緩和されるが、自分の親世代や祖父母世代の面倒を個人的に見なければならないことになる。リスクの個人化を選択するのだから、それが当然である。税金や社会保障費は軽くなったとしても、親の世話をしたり、医療費の面倒を見たりしなければならなくなる。それならば、アメリカのように、医療保険会社を間に入れて、運営したほうがいいとの考えだろうか。もちろん、医療保険会社は資本の論理で動く。リスクの社会化は一部実現されるだろうが、医療保険会社に儲けさせる分、負担が増える結果になるかもしれない。一つ考えられるのは、医療保険会社は、資本の論理に従って、濃厚医療を控えさせる方向に動くのだから、「無駄」を切る方向に働くだろう。何がどこまで「無駄」なのか、資本の論理で冷たく算定するだろう。
それが政治の選択であるというなら、究極的にはそれでよいが、よく考えた結果とは思えない。
この場合に、判断基準が、潜在的に人々が持っている、かわいそうな人には手を差し伸べる倫理が根底にあるのか。自分もいずれそうなねかもしれない、あなたの親もそうなるかもしれない、だから、という論理が根底にあるのか。あるいは、このままだと健康な人も沈んでしまうから、そんな選択はできないという選択なのか。そのように、どんなか選択を優先するのか、きちんと議論していない。まず根底にある価値判断を明確に考えてみる必要がある。
そして次に、資本の論理との政治的妥協点はどこになるのかを探る必要がある。
個人的には、医療費の無駄を削ることには異論はないが、何が無駄なのかについてはよく議論しないと、患者と医療現場が苦しむことになる。それよりも、防衛、原発、IT、この辺りの予算の無駄をきちんと削ることが必要だし効果も大きいと思う。
それにしても、自民党の動きを見ていると、自民党のバックにいる選挙の仕切り屋は、都会、若年、浮動層の取り込みに自信を持ち、高齢者層には冷たくしても、選挙に勝てると確信を持ったのだろうと思われる。
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現在の日本の社会保障政策、財政状況、そして政治的力学の矛盾を分析します。

バラバラに語られがちな「現役世代の痛税感」「高齢者医療費」「防衛費」「新産業の不在」といった要素を、「リスクの社会化か、個人化か」という価値判断の軸で一本に繋ぎます。


1. 現状の構造的ジレンマ(論理の整理)

現在の日本が陥っている「八方ふさがり」の状況は、以下の3つの層で整理できます。

  • 表層的課題:労働者の「痛税感」と可処分所得の減少
    • 租税公課負担率の上昇(30%台→40%超)により、現役世代の生活が困窮。
    • 政治は、その不満の出口として「社会保障費(特に高齢者・高額医療)の削減」という、分かりやすい敵を提示している。
  • 中層的課題:構造改革の失敗と政治的コストの回避
    • 本来行うべき「古い補助金の整理」や「新産業の育成」は、既得権益との衝突や不確実性が高く、政治コスト(選挙での敗北リスク)が大きすぎるため放置されている。
    • 防衛費などの聖域化された予算は、対外的な政治論理で動いており、国内の合理性では制御不能になっている。
  • 深層的課題:リスクの「再個人化」への逆行
    • かつて「リスクの社会化」として構築された社会保障制度を、なし崩し的に「個人負担(リスクの個人化)」へ戻そうとしている。これは合理的帰結ではなく、単なる「目先の帳尻合わせ」である。

2. 医療費抑制論の非合理性と「リスクの個人化」の罠

高齢者や高額療養費をターゲットにする論理には、以下の2点において決定的な矛盾があります。

  1. トータルコストの不変性(あるいは増大):
    社会保障費としての支出(税・保険料)を減らしても、親や家族が病気になれば、結局は現役世代が「私的負担」としてそれを支払うことになる。リスクを個人化すれば、個々の家庭の経済的レジリエンス(回復力)は低下し、結果として家計全体が共倒れになるリスクを高める。
  2. 資本の論理による「無駄」の定義:
    民間保険を導入すれば、資本の論理によって「濃厚医療の抑制」など一定の効率化は進むが、それは保険会社の「利益」を最大化するための選別であり、国民の「健康」や「安心」を最大化するためのものではない。

3. 根底にあるべき「価値判断」の欠如

政治が問うべきは「誰を敵にするか」ではなく、「どのような社会を維持したいか」という価値判断です。現状の議論に欠けている視点は以下の通りです。

  • 連帯の倫理(Solidarity):
    「自分もいつかそうなる」「自分の家族もそうなる」という相互扶助の精神。これが崩壊し、「自分(今)さえ良ければいい」という短期的な自己責任論にすり替わっている。
  • 生存権の再定義:
    「裕福な時はいいが、病気になれば貧困に陥る」という、病気と貧困の負のループを断ち切るのが近代国家の役割であったはずだが、その前提が揺らいでいる。
  • 「無駄」の真の所在:
    医療現場における延命治療のあり方など、真に議論すべき「医療の質と量の最適化」ではなく、単に「負担増」という数字の調整に終始している。

4. 補助的議論:なぜ「高齢者叩き」が政治的に選択されるのか

「自民党の選挙戦略」の変遷に加えて、以下の視点も検討に値します。

  • 「世代間対立」というスピン(目くらまし):
    本来、対立軸は「政府・巨大資本 vs 国民」あるいは「成長できない構造 vs 国民」であるはずが、これを「若者 vs 高齢者」という対立軸にすり替えることで、政府への批判をかわす高度な政治的テクニックとして機能している。
  • 防衛費・原発・IT予算の「ブラックボックス」:
    これらは「安全保障」や「経済成長(という大義名分)」という言葉でコーティングされているため、一般市民が「無駄」を指摘しにくい空気がある。一方で、医療費は個々人の生活に直結しており、議論が矮小化されやすい。
  • 新産業創出の失敗と「分配」への逃避:
    過去30年、富を増やす(新産業を作る)ことに失敗し続けたため、政治の仕事が「増えないパイの奪い合いの仲裁」に変質してしまった。その中で、最も抵抗力が弱そうな(と判断された)層が削られている。

結論と提言的まとめ

考察を総括すると、以下のようになります。

日本の政治は、「新産業の創出」や「予算構造の抜本的改革」という高コストな課題から逃避し、そのツケを「医療費の個人負担増」という形で国民に押し付けている。

これは、近代社会が到達した「リスクの社会化」という英知を捨て、不確実な「リスクの個人化」へと退行する行為である。現役世代の痛税感を、高齢者や病人への攻撃に転嫁しても、結局は家族としての負担や将来の不安として自分に跳ね返ってくるだけであり、根本的な解決にはならない。

今、必要なのは、「防衛費や既得権益化した予算の聖域なき見直し」を議論のテーブルに乗せると同時に、「どこまでの医療を社会で支えるか」という哲学的・倫理的な合意形成を丁寧に行うことであり、選挙戦略上の都合で特定の層を「敵」に仕立てるポピュリズムを排除することである。

これで、個別の不満を超えた、国家のあり方に対する根源的な批判となります。

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