自己所属感と「空」
— 所属はどこに生まれるのか —
とても根源的な問いです。
「自己所属感」とは何でしょうか。
- 自分がここにいてよいという感覚
- 世界から排除されていないという感覚
- 存在が宙に浮いていないという感覚
精神科臨床で見ると、これはしばしば
- 離人感
- 実在感の希薄化
- 「自分はどこにも属していない」という感覚
として問題化します。
一方、仏教の「空」は
固定した自己は存在しない
と語る。
ここで一見、衝突が起きるように見えます。
- 自己がないなら、所属もないのではないか?
- 空を徹底すると、自己は消えてしまうのではないか?
しかし、実は逆の方向が見えてきます。
Ⅰ.自己所属感の二つのレベル
まず整理しましょう。
自己所属感には少なくとも二層あります。
① 心理的所属
- 家族
- 社会
- 役割
- 承認
これは社会的自己です。
② 存在論的所属
- 世界そのものに含まれているという感覚
- ここに「置かれている」という根源的感覚
問題は後者です。
Ⅱ.固定的自己と所属の不安
もし自己を
- 固定した実体
- 孤立した中心
- 世界から切り離された主体
と考えるなら、
所属は常に不安定になります。
なぜなら、
「世界の中に入る」
「他者に受け入れられる」
という条件を満たさなければならないからです。
この構図では、所属は常に外部依存です。
Ⅲ.空が示すもの
仏教の「空」は、
自己はもともと独立して存在していない
と語ります。
これは一見、自己を弱体化させるように見える。
しかし別の角度から見ると、
そもそも切り離されていない
という意味でもある。
自己は最初から関係の網の目の中にある。
もしそうなら、
所属は「獲得するもの」ではなく
「すでにそうであるもの」になります。
Ⅳ.所属の逆転
通常の構図:
私 → 世界に属そうとする
空の構図:
私 = 世界の一部である
ここでは、所属は努力ではない。
「入れてもらう」必要がない。
もともと排除されていない。
この感覚が、存在論的所属感の基底になります。
Ⅴ.ニヒリズムとの違い
ニヒリズムは、
- 世界は無意味
- 自己は孤立
- 価値はない
と言う。
空は、
- 固定した意味はない
- 固定した自己もない
- すべては関係の中にある
と言う。
ニヒリズムは孤立を深める可能性がある。
空は境界を溶かす。
ここが大きな違いです。
Ⅵ.臨床的に見ると
自己所属感が崩れると、
- 自分が実在しない感じ
- 世界から浮いている感じ
- 何にも接続していない感じ
が生じます。
しかしここで空を誤解すると危険です。
もし
「自己はない」
と理屈だけで受け取ると、
離人が強まる可能性があります。
しかし空の本来の経験は、
境界が柔らぐことで、むしろ接続が増す
方向です。
自己が薄くなるのではなく、
孤立が薄くなる。
Ⅶ.自己所属感の再構築
自己所属感は、
「私は特別である」
という感覚ではありません。
むしろ、
私は特別ではないが、排除もされていない
という感覚です。
空を通過すると、
- 自己の硬さがほどける
- 世界への敵対が減る
- 「ここにいてはいけない」という緊張が下がる
このとき、静かな所属が生まれる。
それは強い確信ではなく、
柔らかい接続です。
Ⅷ.『グレース&グリット』との接点
『グレース&グリット』で恩寵が現れた瞬間も、
- 世界は敵ではない
- 癌は意味を持たない
- しかし拒絶されてもいない
という、ある種の開放でした。
トレヤは死ぬ。
それでも、存在は否定されない。
これは空的でもあり、恩寵的でもある。
Ⅸ.まとめ
自己所属感と空の関係を一言で言うなら:
自己が固定しているとき、所属は不安になる。
自己が空であるとき、所属はすでに成り立っている。
空は自己を消すのではない。
孤立を消す。
所属は、努力ではなく、
構造としてすでにある。
