資本主義と民主主義
現状で、常識的には、自民党が政策セットを準備して、国民がある程度盲目的に投票して、白紙委任に近い感じで、政治が回る。個々人で希望する政策セットは様々である。税金や社会保障費や相続税や教育費、食費など、様々な希望がある。また、保育園を増やせとか、米価を安定させろとか、不動産が高いとか、外国人がどうとか、出費に対しての要望もある。
実際は、自民党税調、自民党厚労族、財務省、厚労省、その他、内輪の人たちが決めるので、国民は従うしかない。自民党の政策セットに賛成していないとしても、それが多数決の民主主義だと教えられてきた。
その場合、道は二つで、日本国内で政治的に活動して、政府の政策セットの変更を実現する。実際は百年河清を俟つがごとしである。
あと一つは、自分の希望する政策セットを提供している国に移民する方法がある。所得税や住民税、相続税を節約したいならシンガポールがいいと、富裕な会社経営者は移住する。しかしもちろんデメリットもあり、家賃は100万円を超える、教育費は年間500万円、日本を出るときに出口税、その他、厳しい競争社会と言われている。しかしお金があれば世界で最も合理的かつ快適と言われる。
移住ほどではない中間的な形として構想できるのは、日本をいくつかの州に分けて、それぞれで、税制や住民サービスに傾斜をつけて、国内移住の自由を保障する。現状では国内移住は自由だが、政府の政策セットからは逃れられない。
たとえば日本の国を10くらいの州に分けて、その中の一つでは、天皇は地位を失い、共和制とする。税金は安くする。その代わり、一つ一つの住民サービスの利用ごとに高い料金を支払う。例えば、道路を作るための税金は取らないが、道路を使うならそのたびに使用料を払う。医療も、リスクの社会化はしないで、病気になったら高額の医療費を支払う。病気にならなければ得になるので、住民は病気の予防に熱心になる。酒、たばこ、お菓子、ジャンクフード禁止、体重が増えたら体重税、同様に、高血圧税、高血糖税などを作る。銃所持は禁止、軍隊は持たない。警察は高報酬で規律を高く保つ。つまり、他人の金で作った社会サービスにただ乗りすることは許さない社会。そのほか、それぞれの州で、違いを作って、人々は移住することによって好みの政策セットを選択する。
中央集権をやめるということだ。
まあ、そんなことでは日本という国家は成り立たないだろうとは思うが。
例えば、大学で学園祭があるとして、クラスで映画を作ることになり、制作費として一人1万円を徴収することにしたと突然言われて、空気に逆らえずに支払ったとする。そのようなことに法的根拠はない。これがサークルならば、1万円の支払いを拒んでサークルをやめる自由はある。クラスは、やめる自由はない。だいたい、そんなことを勝手に決めて徴収することがおかしいと反省もしないし、払う方も空気に従うだけで場の雰囲気を損なわないようにする。こんなことはあり得ないが、日本の国というものは、概ね、この延長のような感じだ。
これが嫌だからと、カリフォルニアで起業したりする。日本とはお別れだ。
そもそも資本主義の側はとっくにグローバルになっていて、マイクロソフトもグーグルも、租税回避などしながらうまくやっている。労働者はそのような自由はない。グーグル社員ならば、インド子会社とかロンドン子会社とかに移動するチャンスはあるかもしれない。
マイナンバーカードと資産把握と社会保障などが緊密に結びつくようになれば、自分は税金はどのレベル、受けたいサービスはどのレベル、というように、個々人で選択できて、しかも、日本国としてまとまりを維持できるようになるかもしれない。象徴天皇を支持しない人は、その分、税金を安くすればよい。軍隊はなくていいと思う人には、その分、税金を安くすればよい。しかし、他国が攻めてきたときは、守ってあげないし、守ってあげるとしても、順番は後になる。原発反対ならば、電気代は高くつくかもしれないが、風力発電会社と契約してもらう。まあ、地縁血縁もあるし、諸事情もあるので、そうもいかないと思うが。
EUの例で分かるように、大きくまとまりを作る力もし働いている一方で、小さく分裂する力も働いているのが現代だろう。
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上記論考は、現代の日本、そしてグローバル社会が直面している「国家と個人の契約関係」の機能不全を論じている。
現在の日本の政治システムを「拒否権のないパッケージ商品(白紙委任)」と捉え、それに対するオルタナティブとして「地理的移住(シンガポール等)」「国内連邦制(州ごとの政策競争)」「デジタル個人選択(マイナンバーによる個別契約)」という三つのレイヤーで整理している。
国家を「プラットフォーム」として再定義する
1. 「声(Voice)」の限界と「出口(Exit)」の正当性
政治学者のアルバート・ハーシュマンは、組織に対する不満の表明には「離脱(Exit)」と「発言(Voice)」の二つがあると考えました。
- 現状分析: 現在の日本は「発言(投票)」による変化が極めて緩慢(百年河清を俟つ)であるため、合理的個人が「離脱(海外移住)」を選択するのは、生存戦略として極めて正当な帰結です。
- 補強: 「日本というサークル」から抜ける自由が実質的に制限されている(出口税や地縁、言語の壁)ことが、国家による「甘え」や「非効率な資源配分」を生んでいるという視点を加えることで、移住者の動機を「単なるわがまま」ではなく「市場原理による国家への是正勧告」として位置づけられます。
2. 「国内連邦制」によるガバナンスの市場化(ティボー・モデル)
「10の州に分ける」案は、経済学における「ティボーの仮説(足による投票)」を具現化したものです。
- 実態の補強: 住民は自分の好む公共サービスと税金の組み合わせを提供する自治体へ移動することで、自治体間に「より良い統治」への競争が生まれます。
- 具体例の深掘り: 共和制の州、徹底した自己責任の州、あるいは北欧型の高福祉州などが混在することで、日本全体が「一つの巨大で沈みゆく船」から「多様な実験を行う艦隊」へと変貌します。これは、リスク分散の観点からも極めて合理的です。
3. 統治の「サブスクリプション化」とマイナンバー
「個々人で政策セットを選択する」という構想は、ガバナンスのデジタルトランスフォーメーション(GovTech)の極致です。
- 技術的補強: マイナンバーとスマートコントラクト(自動契約技術)を組み合わせれば、「防衛費は払わないが、有事の保護も受けない」「原発の電気は使わないが、高い再エネ賦課金を払う」といった個別契約は技術的に可能です。
- 概念の転換: 国家を「運命共同体」から、個人がサービスレベルを選択する「プラットフォーム」へと再定義する試みです。これにより、「象徴天皇制」や「安保」といった、これまでの民主主義では「全か無か」でしか議論できなかった問題を、個人の価値観のポートフォリオに落とし込むことができます。
4. 資本主義の「流動性」と民主主義の「固定性」の乖離
- グローバルな現実: 資本と情報は光速で国境を越えますが、政治制度と労働者は物理的な土地に縛られています。富裕層がいち早く移住するのは、彼らが「資本」の属性を強く持っているからです。
- 対抗策としての「小規模化」: 巨大すぎる国家(中央集権)は、グローバル資本主義のスピードについていけません。EUが統合と分裂を繰り返すように、現代は「大きな経済圏(市場)」と「小さな共同体(統治)」の組み合わせを模索しています。ご提示の「中央集権の解体」は、まさにこの世界的潮流に合致しています。つまり、資本主義は大きくなり、民主主義は地域化している。
5. 「フリーライダー(ただ乗り)」の排除と責任の明確化
論考にある「他人の金で作ったサービスにただ乗りさせない」という視点は、崩壊しつつある日本の社会保障制度に対する強力なアンチテーゼになります。
- 倫理的補強: 現代の民主主義は「多数派が少数派(主に富裕層や次世代)の財布をあてにする」構造に陥っています。これを「選択と責任」のシステムに置き換えることは、一見冷酷に見えて、実は「個人の尊厳」を最も尊重する持続可能な社会モデルであると言えます。
結論としてのまとめ
「我々は、生まれた場所によって自動的に『固定された政策セット』を契約させられる時代を終えつつある。資本主義が国境を溶かしたように、今後はデジタル技術と地方分権によって、統治(ガバナンス)もまた『選択可能な商品』へと変化してゆくだろう。
日本という国家が維持されるためには、中央集権的な白紙委任を強いるのではなく、多様なライフスタイルや価値観に応じた『出口のある統治』を国内に内包させる必要がある。シンガポールへの移住や、カリフォルニアでの起業は、日本というシステムに対する強力な『No』の突きつけである。この『No』を国内で吸収できる多様性(州ごとの独立性や個人選択制)を持てるかどうかが、21世紀における国家の生存条件となるのではないか。」
この構想は、単なる制度批判ではなく、資本主義のグローバル化と民主主義の国家拘束性との非対称性を取り上げています。
1.資本主義は「移動可能」、民主主義は「固定的」
現代資本主義は、すでに国民国家を越えています。
たとえば
- Microsoft
のような巨大企業は、法人税率・規制環境・人材市場を比較しながら活動拠点を最適化します。租税回避やタックスプランニングも、合法的枠内で高度に設計される。
つまり資本は政策セットを選択できる。
一方で労働者や一般市民は、原則として国家単位の政策セットに拘束される。
選択肢は
- 国内で政治活動をして変える
- 他国へ移住する
ほぼこの二つしかない。
しかし前者は時間がかかり、後者はコストが高い。
ここに非対称性がある。
2.民主主義は「政策セット選択制」である
現代の議会制民主主義は、実質的に「パッケージ投票」です。
有権者は
- 税制
- 社会保障
- 外交
- エネルギー
- 皇室制度
- 防衛
などを個別に選べない。
政党が提示する「政策バンドル」に投票するしかない。
日本の場合、長期政権を担ってきた
自由民主党
の内部で、税制は税調、厚労族、財務省など政策コミュニティが実質形成する。国民は事後承認に近い。
これは理論的には多数決民主主義だが、体験としては準委任的・半固定的契約に近い。
例えでいえば、「クラス全体で勝手に1万円徴収が決まる」構造である。
3.州分権モデルは「足による投票」を国内化する
政治学者ティボー(Tiebout)は、住民が好ましい自治体へ移住することで最適公共財供給が実現するという理論を提示した。ここでの構想は、その高度版です。
例えば州ごとに:
- 低税・高自己責任モデル
- 高税・高福祉モデル
- 共和制州
- 軍備最小州
- 原発ゼロ州
- 完全民営医療州
などを設計し、国内移住で選択可能にする。
これは
資本の自由度を、市民にも与える試み
とも言える。
4.しかし国家は単なるサービス提供者ではない
ここが理論的難所です。
国家は
- 再分配装置
- 強制力装置
- 情動的共同体
の三層を持つ。
例えば
European Union
は、主権を分有しつつも統合を維持しようとしている。しかしブレグジットに象徴されるように、統合と分裂の力は常にせめぎ合う。
国家は単なる「保険会社」ではなく、
戦争時には生命を差し出す共同体でもある。
防衛や外交は「オプション制」にしにくい。
なぜなら安全保障は公共財の典型だからです。
5.個別課税・個別選択モデルの可能性
ここで示唆されている
マイナンバーと資産把握を前提に、税とサービスを個人単位で選択
これは理論的には「契約国家モデル」に近い。
しかし課題は:
- 逆選択(健康な人だけ低保障を選ぶ)
- リスクの私化による格差拡大
- 行政コストの爆発
- 共同体の感情的解体
です。
医療の完全自己責任化は、予防インセンティブを高めるが、遺伝的・偶然的リスクをどう扱うかという倫理問題を生む。
6.資本主義と民主主義の緊張
整理すると:
| 資本主義 | 民主主義 |
|---|---|
| 移動可能 | 固定的 |
| 契約的 | 集団的 |
| 個別最適 | 全体調整 |
| 退出が容易 | 退出が困難 |
この構造的緊張が、現代の政治的不満の根底にある。
富裕層は
→ シンガポールへ移住
→ カリフォルニアで起業
労働者は
→ SNSで不満
→ ポピュリズム政党へ投票
となる。
7.現代は「統合」と「分裂」が同時進行する時代
- グローバル資本は統合へ
- 国家内政治は分裂へ
- 地方分権要求は増大
- 同時に安全保障は再中央集権化
これは歴史的には、帝国化と都市国家化が同時進行するような局面に似ています。
8.根本問題:国家は何のためにあるのか
最終的な問いはこれでしょう。
国家は:
- 公共財供給機関か
- 相互扶助保険か
- 文化的アイデンティティか
- 安全保障同盟か
- 道徳共同体か
もし国家が単なる「政策セット提供者」なら、州分権や個人契約化は合理的です。
しかし国家が「情動的帰属装置」なら、
分解は精神的不安を生む。
9.補強的まとめ
先生の問題提起は、次の命題として整理できます:
グローバル資本主義に適合した民主主義制度への再設計は可能か?
それは
- 連邦化か
- 徹底分権か
- 個人契約国家か
- あるいは国家の再情動化か
という選択を迫る。
