スキーマ療法:第6回面接 逐語記録
設定:精神科診療所・面接室。60分枠。田中サクラ、35歳女性会社員。SSRI(エスシタロプラム10mg)を服用中で、睡眠と気分はある程度改善している。第1回〜第5回で、生育歴の聴取、主要スキーマの同定、スキーマの心理教育が概ね終了している段階。今回から、スキーマそのものへの直接的な介入に入り始める時期。
導入部(0〜5分)
医:「今日もよく来てくれました。先週から今週、どうでしたか?」
患:「……なんか、先生に言われたこと、ずっと考えていました。私って、ずっと、認められようとして生きてきたんだな、と思って」
医:「それを一週間、持ち続けていたんですね。どんなふうに考えていましたか?」
患:「子どものころから、親に認められるために頑張ってきたな、と。いい点を取れば褒められて、失敗すると無視されるような感じがあって。それが今も続いている気がして」
医:「その気づきは、大事なものだと思います。……今日は、そのあたりをもう少し深く掘り下げていきたいんですが、どうですか?今日の気分と体の状態は?」
患:「気分は……普通、かな。しんどくはないですけど、すごく元気というわけでもない。眠れてはいます」
医:「わかりました。では、今日は少し、感情的にしんどくなる部分も出てくるかもしれないけれど、そのときは必ず教えてください。一緒にやっていきましょう」
スキーマの確認と焦点化(5〜15分)
医:「先週までで、田中さんの中心にあるスキーマが二つ見えてきましたよね。一つは承認・賞賛希求スキーマ——人から認められることで自分の価値を確認しようとする。もう一つは欠陥・恥スキーマ——自分の根っこには何か欠けたものがある、という感覚。この二つ、今週考えていた中で、どちらがより強く感じられましたか?」
患:「……欠陥、というほうかな。認められようとしているのは、自分がそもそも欠けているから、という感じがして。欠けているから、認めてもらわないといけない、という順番な気がします」
医:「鋭い整理ですね。欠陥感が根っこにあって、承認希求はそれを補うための行動になっている、と。……その『自分には何か欠けている』という感覚、最初にそれを感じたのはいつごろのことか、覚えていますか?」
患:「……小学校の低学年くらいかな。お母さんが、弟のほうをよく気にかけていて、私は勝手にできる子、みたいな扱いで。別に虐待とかじゃないんですけど、なんか、私はいなくてもいいのかな、という感じがあって」
医:「いなくてもいいのかな、という感覚。……それは、何歳くらいの田中さんが感じたことですか?」
患:「……7歳か8歳くらいだと思います」
医:「7歳か8歳の田中さんが、そう感じた。……今日は、その子どもの田中さんのところに、少し戻ってみてもいいですか?イメージを使った作業です。前回説明したイメージワークです」
患:「……はい、やってみます」
イメージワーク:限定的再養育(15〜35分)
医:「では、少し楽な姿勢で座って、目を閉じてもらえますか。……深呼吸を二、三回。吸って、ゆっくり吐いて。……もう一度。……体が少し落ち着いてきたら、教えてください」
患:(しばらく間)「……はい」
医:「今から、子どものころの場面を思い浮かべてもらいます。7歳か8歳のころ、いなくてもいいのかな、と感じた場面。……何か、具体的な場面が浮かんできますか?無理に探さなくていいです。自然に浮かんできたものを教えてください」
患:(少し間)「……居間で、弟が転んで泣いていて、お母さんがすぐ駆け寄って。私はその横で宿題をしていたんですけど、誰も私を見ていなくて」
医:「その場面が見えていますか?」
患:「……見えます」
医:「そのとき、7歳の田中さんは、どこにいますか?」
患:「……テーブルの端っこに座って、下を向いて宿題をしています」
医:「その子の表情は?」
患:「……無表情、かな。泣いてもいないし、怒ってもいないけど……なんか、固まっている感じ」
医:「固まっている。……その子の胸の中には、何がありますか?」
患:(少し間があって、声が少し詰まる)「……さびしい。でも、さびしいって言っちゃいけない、という感じ」
医:「さびしいけど、言っちゃいけない。……その子は、なぜ言っちゃいけないと思っているんでしょう?」
患:「……言っても、どうせ誰も聞いてくれないから。それよりも、手のかからない子でいたほうがいい、という感じ」
医:「手のかからない子でいなきゃいけない。……その子の話を、少し聞いてあげてもいいですか。私が、その子に話しかけてみます。田中さんは、そのまま見ていてください」
患:「……はい」
医:(声のトーンをやや柔らかくして)「……テーブルの端っこで宿題をしている子に、話しかけます。……ねえ、今、さびしいね」
患:(小さく息をのむ)
医:「さびしいって、言っていいんだよ。あなたがさびしいのは、おかしいことじゃない。弟ばかり見てもらって、自分のことを誰も見てくれない。それはさびしいよ。……あなたは、手のかからない子でいなくていい。ここでは、さびしいって言っていい」
患:(涙が出始める)
医:(しばらく待つ)「……今、その子はどんな様子ですか?」
患:「……顔を上げました。泣いています。声は出さないで、静かに泣いています」
医:「声を出さないで泣いている。……長い間、そうやって一人で抱えてきたんですね。……その子に、もう一つ伝えさせてください。あなたには、欠けているところなんてない。ただ、見てもらえなかっただけだ。それはあなたのせいじゃない」
患:(しばらく泣いている)
医:(静かに待ち、少し間を置いてから)「……今の田中さん、35歳の田中さんが、その子の横に行くとしたら、どうしてあげたいですか?」
患:「……そばに座って、頭をなでてあげたい」
医:「では、そうしてあげてください。イメージの中で、その子の横に座って、頭をなでてあげてください」
患:(しばらく間)「……しています」
医:「その子は、どうしていますか?」
患:「……私の腕の中に、もたれてきました」
医:(静かに)「……よかった。……その子に、一つだけ言葉をかけるとしたら?」
患:(少し間)「……ずっと、頑張ってきたんだね、と言いたいです」
医:「言ってあげてください」
患:(小さな声で、独り言のように)「……ずっと、頑張ってきたんだね」
イメージワークの着地(35〜45分)
しばらく沈黙が続く。医師は急がない。
医:「……ゆっくり、今ここに戻ってきてください。深呼吸を一回して、目を開けてください」
患:(目を開ける。涙をぬぐう)「……なんか、すごく、疲れました。でも、変な疲れ方じゃなくて」
医:「今、どんな感じがしますか?」
患:「……なんか、胸の奥が、少し、緩んだような気がします。ずっと固まっていたものが」
医:「それは大事な体験です。……今日、イメージの中で何が起きたか、少し言葉にしてみましょうか」
患:「……7歳の私が、ずっとさびしかったんだな、ということが、頭でわかるんじゃなくて、体でわかった感じがします。これまでは、そういう子どもだったんだ、と知識として知っていた感じだったけど、今日は、その子が本当にいた、という感じがして」
医:「体でわかった。……それが、このワークの意味です。頭で理解するだけでは、スキーマは変わりにくい。体の記憶、感情の記憶に直接触れることが必要なんです」
患:「……あの子が、ずっと私の中にいたんですね」
医:「そうです。スキーマ療法では、その子どもの部分を傷ついた子どもモードと呼びます。田中さんの中にいる、7歳のサクラちゃん。上司に怒鳴られるたびに、あの居間のテーブルの端っこに座っている感覚が呼び起こされてきた、かもしれない」
患:「……そうかもしれない。上司に言われるたびに、なんか、すごく小さくなる感じがあって。大人のはずなのに、子どもに戻ったみたいな感覚」
医:「それが、スキーマが活性化されている状態です。過去の傷が、現在の出来事によって呼び起こされている」
スキーマモードの整理(45〜55分)
医:「少し整理をさせてください。田中さんの中には、いくつかの『モード』があることが、ここまでの面接で見えてきています。……一つは、今日触れた傷ついた子どもモード。さびしくて、認めてもらえなくて、固まっている7歳のサクラちゃん。
もう一つは、過剰補償モード。傷ついた子どもの痛みを感じないようにするために、とにかく完璧にやろうとする、頑張り続ける田中さん。上司に何か言われると、もっと完璧にしなきゃ、と歯を食いしばる部分です。
そして三つ目、批判的親モード。ミスをしたとき、『やっぱり私はだめだ』と自分を責める声。これは、お母さんの態度が内側に取り込まれたものかもしれない」
患:「……批判的親モード。お母さんが内側に?」
医:「子どもは、親から繰り返し受けた扱いを、やがて自分の内側の声として持つようになります。お母さんが田中さんを直接批判したわけじゃなくても、存在を軽くされるような扱いが続いたことで、『自分はそういうものだ』という声が内側にできあがっていった」
患:「……なんか、自分を責める声が、自分の声だと思っていたけど、そうじゃないかもしれない、ということですか?」
医:「そうです。それは、田中さん本来の声じゃない。……これから、その批判的な声に対して、別の声で応答することを、少しずつ練習していきます。今日のイメージワークで出てきた、35歳の田中さんが7歳のサクラちゃんに言った言葉。『ずっと頑張ってきたんだね』。あの声が、本来の田中さんの声に近いんです」
患:「……あの声を、もっと使えるようになれば、ということですか?」
医:「そうです。スキーマ療法では、それを健康な大人モードと呼びます。批判的親モードが『またミスした、だめだ』と言ってきたとき、健康な大人モードが『それは過去の傷からきている声だ』と気づいて、傷ついた子どもを守れるようになる。それが目標です」
患:「……今は、批判的な声にすぐ飲み込まれてしまう」
医:「今はそうです。でも、今日、35歳の田中さんが7歳のサクラちゃんの頭をなでることができた。あれが、健康な大人モードが動いた瞬間です。もうすでに、田中さんの中にある」
ホームワークと終結(55〜60分)
医:「今日はかなり深いところまで行きましたね。……一つだけ、今週やってみてほしいことがあります」
患:「はい」
医:「今週、上司に何か言われたり、自分を責める声が出てきたりしたとき、少し立ち止まって、こう聞いてみてほしいんです。『今、私の中の何歳の子が反応しているか?』と。答えを出さなくていい。ただ、聞いてみる」
患:「……何歳の子が反応しているか」
医:「そうです。大人の田中さんが反応しているのか、7歳のサクラちゃんが反応しているのか。それだけ気づけたら、今週は十分です」
患:「……やってみます」
医:「今日、よく来てくれました。かなり深いところに触れたので、今日の夜は、無理に何かをしようとしないで、ゆっくり過ごしてください。お風呂に入るとか、好きな音楽を聴くとか、体を労わることをしてほしい」
患:「……はい。なんか、今日は、ここに来てよかったと、いつもより強く思います」
医:「それを聞けてよかったです。……また来週」
処方(この日)
- エスシタロプラム(レクサプロ)10mg 朝食後 継続
- 睡眠は安定しているため睡眠薬はすでに前回終了済み
【臨床的注記】
第6回面接では、スキーマ療法の中核技法である**イメージ再スクリプティング(Imagery Rescripting)**を本格的に導入した。この技法の構造は以下の通りである。
第一段階:幼少期の傷つき場面をイメージで呼び起こす。頭での理解ではなく、感情記憶への直接アクセスが目的。
第二段階:治療者が「限定的再養育(Limited Reparenting)」として、傷ついた子どもに対して、本来得られるべきだった応答を与える。これはスキーマの情動的修正の核心である。
第三段階:患者自身の健康な大人モードを呼び起こし、傷ついた子どもに関わらせる。治療者の役割を患者自身が内在化し始める段階。
この面接で扱ったスキーマモードは三つ——傷ついた子どもモード、批判的親モード、過剰補償モード——であり、対置されるべき健康な大人モードの萌芽がイメージワーク内で実際に体験された。
ホームワーク「何歳の子が反応しているか?」は、日常場面でのモード気づきの練習であり、次回以降の**椅子技法(Chair Work)**への橋渡しとして機能するよう設計されている。
