『傷つきやすいアメリカの大学生たち』(The Coddling of the American Mind)要約
著者:グレッグ・ルキアノフ、ジョナサン・ハイト
『傷つきやすいアメリカの大学生たち』(原題:The Coddling of the American Mind)は、現代のアメリカの大学キャンパスで見られる「過保護文化」と、若者たちの間で増加している精神的脆弱性について分析した著作です。
三つの大きな誤り
著者たちは、現代の若者たちに広まっている三つの「大きな誤り」を特定しています:
- 脆弱性の誤り:「困難に直面することで弱くなる」という考え
- 感情的推論の誤り:「自分の感情が常に現実を正確に反映している」という考え
- 善悪二元論の誤り:「世界は善人と悪人に明確に分けられる」という考え
これらの誤った信念は認知行動療法(CBT)で「認知の歪み」と呼ばれるものに類似しており、個人の精神的健康にとって有害です。さらに、これらが社会全体に広まると、言論の自由や教育の質を脅かすことになります。
過保護教育の台頭
著者たちは、1980年代から始まり、2010年代に加速した「過保護教育」の台頭に注目しています。この過保護教育は子どもたちを様々な危険や不快から守ろうとしますが、実際には子どもたちの発達に必要な経験を奪い、レジリエンス(回復力)を弱めることになります。
彼らは「抗脆弱性」という概念を強調し、適度なストレスや挑戦は実際には子どもの発達と強さの構築に必要だと主張しています。ちょうど免疫システムが小さな病原体に触れることで強化されるように、子どもたちも適切な困難を経験することで成長します。
安全主義文化の出現
著者たちは2013年頃からアメリカの大学キャンパスで「安全主義文化」が出現したと指摘しています。この文化は以下の特徴を持ちます:
- マイクロアグレッション:意図せずとも少数派を傷つける可能性のある些細な発言や行動に対する過度な注目
- トリガーワーニング:トラウマを引き起こす可能性のある内容について事前に警告する慣行
- セーフスペース:特定のグループが不快な意見や経験から保護される場所の設置
- 招待取消し運動:論争を呼ぶ可能性のある講演者の招待を取り消す学生運動
これらの慣行は、学生を不快な考えや議論から「保護」しようとするものですが、結果として批判的思考力や多様な視点に触れる機会を制限することになります。
iGen世代の特徴
著者たちは1995年以降に生まれた「iGen」(またはZ世代)と呼ばれる世代に注目しています。この世代はスマートフォンやソーシャルメディアとともに育ち、以下の特徴を示します:
- 過保護に育てられた傾向:「ヘリコプターペアレント」や構造化された活動が増え、自由な遊びの時間が減少
- オンライン時間の増加:対面の社会的相互作用の減少
- 政治的分極化:善悪二元論的思考の増加
- 不安とうつの増加:特に2011年以降、若者のメンタルヘルスの問題が急増
著者たちは、これらの傾向がiGen世代の学生たちをより脆弱にし、言論の自由や知的多様性に対して敏感にさせていると論じています。
原因の分析
著者たちは、現在の問題の背景にある六つの相互に関連する要因を特定しています:
- 政治的分極化の増大:アメリカ社会全体での「部族主義」の増加
- 不安とうつの増加:若者の精神的健康の危機
- 過保護な子育て:リスクを過度に恐れる文化
- 官僚主義と安全至上主義:大学側が訴訟を恐れる傾向
- アイデンティティポリティクスの変化:共通の人間性よりもグループの違いを強調
- ソーシャルメディアの影響:公開処刑的な「コールアウト文化」の促進
解決策の提案
著者たちは様々なレベルでの解決策を提案しています:
個人レベル:
- 認知行動療法の原則を取り入れ、思考の歪みに対抗する
- 多様な視点に意図的に触れる
- 建設的な対話のスキルを練習する
家庭レベル:
- 「自由範囲のある子育て」:子どもに適切な独立性と責任を与える
- スクリーンタイムを制限し、対面の社会的活動を奨励する
- レジリエンスと自己効力感を育てる
学校・大学レベル:
- 言論の自由と知的多様性を守る「シカゴ原則」の採用
- 様々な視点を含む建設的な対話の促進
- 学生の心理的健康をサポートしつつ、過保護を避ける
社会レベル:
- 善意のある相手からの反対意見も歓迎する文化の育成
- 共通の人間性を強調し、集団間の分断を減らす
- 政治的二極化を減らす努力
結論
著者たちは、現在の傾向が続けば、若者たちはますます脆弱になり、社会は分断され、民主主義に必要な対話と妥協の能力が損なわれると警告しています。しかし、彼らは楽観的な見方も示しており、多くの大学や保護者たちが過保護文化の害を認識し始め、より健全なアプローチへと移行しつつあると述べています。
彼らはソクラテスの言葉「テストされていない人生は生きるに値しない」を引用し、若者たちが知的・感情的な挑戦に直面し、それを乗り越えることの重要性を強調しています。大学は「安全な空間」であると同時に、学生たちが不快な考えに触れ、それに対処するスキルを身につける場でもあるべきだと主張しています。
本書の核心的なメッセージは、若者たちを過度に保護するのではなく、彼らが逆境に直面し、それを乗り越えるスキルを身につけられるよう支援することの重要性です。そうすることで、より強靭で、思慮深く、民主的な社会を構築することができるのです。