(1)ウェステンの機能ドメイン
ドリュー・ウェステン(Westen, D.)が提唱したウェステンの機能ドメインモデルは、パーソナリティの機能を包括的に理解しようとする枠組みです。このモデルは、臨床理論や観察だけでなく、パーソナリティ心理学、認知心理学、発達心理学、臨床精神医学における実証的な研究結果に基づいています。
ウェステンの機能ドメインモデルの核心は、パーソナリティを単なる記述的な特徴の集まりではなく、「プロセスと機能」のシステムとして捉える点にあります。具体的には、以下の**3つの主要なドメイン(次元)**に焦点を当てて評価を行います。
1. 動機、意図、感情 (Motives, Desires, and Affects)
このドメインでは、**「その人は何を望み、何を恐れ、何を価値あるものとしているか」**を評価します。
- これには、個人の行動を駆動する願望や恐怖、回避したい感情などが含まれます。
- 重要な点は、これらの動機がどの程度意識的あるいは無意識的であるか、またそれらが互いに矛盾しているか(葛藤)という側面も考慮されることです。
- 例えば、境界性パーソナリティ障害(BPD)における「見捨てられることへの無意識的な不安」などがこのドメインの評価対象となります。
2. 心理的リソースと適応機能 (Psychological Resources and Adaptive Functioning)
このドメインは、**「内的・外的な要求に応えるために、どのような心理的能力を備えているか」**を扱います。
- 認知プロセス(知能、記憶、思考の論理性など)。
- 感情調節戦略(意識的な対処戦略や、無意識的な防御機制など)。
- 行動スキルや衝動制御の能力,。
- メンタライゼーション能力(自己や他者の心理状態を把握する力)もここに含まれます。
3. 自己および他者の表象 (Representations of Self and Others)
このドメインは、**「自分自身や他者をどのように経験し、どのような関係性を築いているか」**を評価します。
- 他者や自己に対する認識が、どの程度多面的で成熟しているか、あるいは単純で一次元的(例:全善か全悪か)であるかを分析します。
- これには、認知的な理解だけでなく、情緒的な関わり方や、親密な関係を維持する能力も含まれます。
モデルの特徴と臨床的意義
- 理論の統合: このモデルは、精神分析的な対象関係論や自己心理学、さらには発達心理学における愛着理論や認知科学の研究成果を統合しようとする試みです,。
- 健康度のグラデーション: パーソナリティ障害(PD)の診断基準を満たす重症例から、比較的健康的だが特定の適応上の問題を抱えるケースまで、連続的に記述することが可能です,。
- アセスメントへの応用: ウェステンとシェドラーが開発した**SWAP-200(シェドラー・ウェステン評価尺度)**の理論的ガイドとして、このモデルの概念が活用されています。
このモデルを用いることで、例えば「仕事の能力は非常に高いが(ドメイン2)、他者を支配的な競争相手としてしか認識できず(ドメイン3)、無意識に優越感を求めて孤立してしまう(ドメイン1)」といった、個人の複雑な心理的ダイナミクスを構造的に理解できるようになります。
比喩による理解: ウェステンの機能ドメインモデルは、人間という**「複雑な建築物」を診断する3つの視点**に似ています。
- 「エネルギー源」: その建物を動かしている動力は何か、どこに向かおうとしているのか(動機・感情)。
- 「インフラと維持機能」: 故障や外敵に耐えるための設備や、内部をコントロールするシステムは整っているか(心理的リソース)。
- 「設計図と住人同士の関わり」: 自分や周囲の人々をどのような存在として描き、どのような交流を行っているか(自己・他者表象)。 これら3つの視点を組み合わせることで、建物の外観だけでなく、その中での「暮らしやすさ」や「問題の根本原因」を多層的に把握することができるのです。
(2)動機(Motives)と適応(Adaptation)
ウェステンの機能ドメインモデルにおいて、**「動機(Motives)」と「適応(Adaptation)」**は、パーソナリティの機能を理解するための中心的な柱です。これらは互いに独立しているのではなく、個人が内面的・外的な要求にどのように応えるかを決定する動的なシステムとして機能しています。
以下に、ソースに基づいた詳細な議論をまとめます。
1. 動機、意図、感情:行動の原動力
ウェステンのモデルにおける第1のドメインは、**「その人は何を望み、何を恐れ、何を価値あるものとしているか」**という動機の配置に焦点を当てます。
- 意識と無意識の重層性: 動機は単一ではなく、意識的な願望もあれば、本人が気づいていない無意識的な恐怖も含まれます。また、それらが互いに助け合うこともあれば、激しく葛藤(コンフリクト)することもあります。
- 病理との関連: 例えば、境界性パーソナリティ障害(BPD)における「見捨てられることへの無意識的な不安」や、回避性パーソナリティ障害における「他者とのつながりを求める一方で感じる恐怖」などが、この動機ドメインにおける重要な評価ポイントとなります。
2. 心理的リソースと適応機能:要求に応える能力
第2のドメインである「適応」は、個人が直面する要求(内的衝動や外的環境)に対して、どのような心理的ツールを用いて対処するかを指します。
- 適応のためのリソース: これには、知能や記憶、論理的思考などの認知プロセスだけでなく、衝動を制御する行動スキル、そして感情を調整するための**防御機制(無意識的な戦略)**や対処戦略が含まれます。
- 適応の質: 適応機能が健全であれば、ストレス下でも理性を保ち、建設的な行動をとることができますが、このリソースが不足していると、自傷行為や爆発的な怒りといった不適応な行動として現れることがあります。
3. 動機と適応のダイナミクス
「動機」と「適応」は、パーソナリティの中で密接に絡み合っています。
- リソースと動機の乖離: ソースでは、ある側面では高い適応能力を持ちながら、別の側面で問題を抱えるケースが紹介されています。例えば、**「知的能力や仕事のスキル(適応リソース)は非常に高いが、無意識に他者への優越感を求める動機(ドメイン1)があり、それが原因で対人関係で孤立してしまう」**といった状態です。
- 適応としての症状: ベンジャミンのモデル(SASB)の視点を加えると、特定の不適応に見える行動も、実は「重要な他者からの扱い」を内面化した結果(イントロジェクト)としての適応パターンである場合があります。例えば、BPD患者の自傷行為は、見捨てられ不安に対する必死の適応(他者を引き止める、あるいは苦痛を和らげる試み)として理解されることがあります。
4. 臨床的意義
この二つのドメインを切り分けて評価することで、治療者は以下のことを把握できます。
- 何が患者を突き動かしているのか(動機)。
- その要求を満たすために、患者はどのような手段を持っているか(適応リソース)。
- その手段はなぜ失敗し、苦痛を生んでいるのか。
ウェステンのモデルは、パーソナリティの健康度を「重度の障害から相対的に健康な機能まで」の連続体として捉えており、動機と適応のバランスが取れているほど、パーソナリティは「健康的」であると評価されます。
比喩による理解: 動機と適応の関係は、**「航海する船」**に例えることができます。
- **「動機」は、船を動かすエンジンと行き先(目的地)**です。どこに行きたいのか、何を避けて進むべきかという意図を決定します。
- 「適応」は、船の構造や操縦技術、レーダーなどの設備です。嵐(ストレス)が来たときに船体をどう守るか、岩礁をどう回避するかという能力を指します。 優れた技術(適応)を持っていても、目的地(動機)が矛盾していれば船は迷走し、逆に目的地が明確でも船体がもろければ(リソース不足)、目的地にたどり着く前に座礁してしまうのです。
(3)心理的リソース(Psychological Resources)
ウェステンの機能ドメインモデルにおいて、**「心理的リソース(Psychological Resources)」**は、個人が直面するさまざまな要求(内的・外的なもの)に対して、どのように適応し、対処するかを決定づける重要な構造的要素です。
心理的リソースの具体的な内容とその機能について、ソースに基づき詳説します。
1. 心理的リソースを構成する3つの要素
ウェステンのモデル(ドメイン2)では、心理的リソースを以下の3つのカテゴリーで捉えています。
- 認知プロセス (Cognitive Processes): これには、知能、記憶、論理的な思考プロセス、注意の制御などが含まれます。これらは、問題を客観的に分析し、解決策を導き出すための基盤となります。
- 感情調節戦略 (Affect Regulation Strategies): 個人が強い感情に直面した際に、それをどのようにコントロールするかという能力です。ここには、**意識的な「対処戦略(コーピング)」**だけでなく、**無意識的な「防御機制」**も含まれます。例えば、苦痛を和らげるために事実を歪曲したり、感情を切り離したりするプロセスも、リソースの活用の一形態です。
- 行動スキル (Behavioral Skills): **衝動制御(インパルス・コントロール)**や、具体的な対人関係における社会的スキルを指します,。
2. 適応機能としての役割
心理的リソースは、単に「能力が高いか低いか」というだけでなく、**「内的・外的な要求にどれだけ柔軟に応じられるか」**という適応能力を左右します。
- 調節的機能の欠如: パーソナリティ障害(PD)を抱える人の場合、特定の心理的リソースに課題が見られることがあります。例えば、境界性パーソナリティ障害(BPD)や失調型PDでは、**感情調節能力やメンタライゼーション能力(自己や他者の心理状態を把握する力)**が十分に発達していない、あるいは不安定である場合が多いとされています。
- リソースの偏った活用: 高いリソースを持っていることが、必ずしも対人関係の成功を意味するわけではありません。ソースでは、**「知的能力は非常に高く、理路整然と話すことはできるが、それを他者との情緒的な接触を避けるための防御(知性化)として使用している」**というケースが挙げられています。この場合、リソースはあるものの、それが「親密さを避ける」という目的(ドメイン1の動機)のために動員されていることになります。
3. 健康度の指標としてのリソース
ウェステンのモデルでは、パーソナリティの健康度を、これらのリソースがどの程度統合され、機能しているかという観点から評価します。 健康的なパーソナリティを持つ人は、ストレス下でもこれらのリソースを柔軟に使い分け、自分自身の感情を安定させつつ、他者との適切な関係を維持することができます。一方で、リソースが限定的であったり、不適応な形で固定化されていたりすると、日常的な困難がPD的な症状として顕在化しやすくなります,。
比喩による理解: 心理的リソースは、料理における**「調理器具とシェフの技術」**に例えることができます。
- **「認知・スキル」**は、よく切れる包丁や高性能なオーブンです。
- **「感情調節」**は、火加減を適切に調整したり、失敗したときに味を整えたりするリカバリー能力です。 どんなに高級な食材(情報や状況)があっても、道具が手入れされていなかったり(リソースの欠如)、火加減を間違えてパニックになったり(調節の失敗)すれば、良い料理(適応的な行動)は作れません。また、包丁が鋭すぎても、それを使う目的を間違えれば、自分や相手を傷つけてしまう道具にもなり得るのです。
(4)自己および他者の表象(表現)
ウェステンの機能ドメインモデルにおいて、**「自己および他者の表象(表現)」は第3のドメインとして位置づけられ、パーソナリティの健康度や対人関係の質を決定づける極めて重要な要素です。これは、個人が自分自身や周囲の人々をどのように認識し、内面でどのように描いているかという「こころの図式」**を指します。
ソースに基づき、この概念の多層的な側面を解説します。
1. 表象の成熟度と複雑性
ウェステンのモデルでは、自己と他者の表象を単なるイメージとしてではなく、以下の4つのレベルで評価します。
- 認知・情緒・動機・行動の統合: これらがどの程度統合され、多面的で成熟した関係を維持できるかが焦点となります。
- 分化と複雑さ: 健康的なパーソナリティでは、自分と他者を異なる存在として明確に区別し、相手の複雑な心理状態を理解できます。一方で、重度のパーソナリティ障害(PD)では、自己や他者を「全善か全悪か」といった単純で一次元的な表象でしか捉えられない傾向があります。
2. 対人関係のパターンと病理
表象のあり方は、実際の対人関係における振る舞いに直接反映されます。
- 他者の意図の誤認: 例えば、パラノイドや自己愛、境界性などのPDを持つ人々は、他者の意図を誤って解釈したり、歪んだ形で他者を表現(表象)したりすることがあります。
- メンタライゼーションの課題: 自己や他者の心理状態を把握する能力(メンタライゼーション)が未発達な場合、相手の視点に立って物事を考えることが困難になり、対人関係で摩擦が生じやすくなります,。
- 事例: ある人は知的能力が高く適応的に見えても、他者の心の表象が極めて単純であるために、相手の視点に共感できず、すぐに立腹して攻撃的になってしまうといった不適応が起こります。
3. 内面化と自己表象(ベンジャミンの視点)
ベンジャミンのSASBモデルは、自己表象がどのように形成されるかについて、**「内面化(イントロジェクト)」**という概念で補足しています。
- 他者からの扱いの反映: 自己に対する態度は、過去に**「重要な他者からどのように扱われたか」**が自分自身の中にコピーされたものです。
- 自己への接し方: 例えば、親から厳しく批判されて育った子は、その「批判的な他者」の表象を自分自身に向けて内面化し、自分自身を厳しく責めるようになります(自己への焦点)。
- 同一化と再現: 人は重要な他者と同一化したり、かつての対人関係パターンを繰り返したりすることで、自己や他者の表象を形作り、それを維持し続けます。
4. 臨床的な意義
自己と他者の表象を理解することは、治療において不可欠です。
- SWAP-200の活用: ウェステンとシェドラーは、これらの表象を含むドメインを包括的に評価するためにSWAP-200を開発しました。これにより、記述的な診断名を超えて、患者がどのような「内面世界」を生きているかを詳細に記述できます。
- 関係性の修復: 境界性パーソナリティ障害(BPD)患者が抱く「見捨てられる不安」や「他者への極端な反応」は、内面化された不安定な他者表象の現れであると解釈でき、これを知ることが治療のガイドとなります,。
比喩による理解: 自己と他者の表象は、私たちが人生という舞台で用いる**「人物相関図のスケッチ」**のようなものです。
- 健康な人のスケッチは、自分も相手も長所と短所が書き込まれた**「立体的で詳細な肖像画」**であり、状況が変わってもその人物の全体像を見失いません。
- 一方で、この機能に課題がある場合、そのスケッチは白か黒かしかない**「極端な漫画」**のようになり、少しのきっかけで「最高の人」が「最悪の敵」に描き変えられてしまいます。また、そのスケッチの余白には、かつて自分を厳しく叱った誰かの筆跡(内面化)が色濃く残っていることもあるのです。,,
(5)パーソナリティの構造
ウェステンの機能ドメインモデルに基づくと、パーソナリティの構造は、単なる表面的な性格特性の集まりではなく、個人の内面で機能する**「プロセス(過程)と機能」の動的なシステム**として捉えられます。
この構造を理解するためには、以下の3つの主要な次元(ドメイン)を評価することが不可欠です。
1. 動機・意図・感情の配置
パーソナリティの根底には、**「その人は何を望み、何を恐れ、何を価値あるものとしているか」**という動機の構造があります。
- これには意識的な願望だけでなく、無意識的な恐怖や回避したい感情も含まれます。
- これらの動機がどの程度一貫しているか、あるいは互いに矛盾(葛藤)しているかが、その人のパーソナリティの特徴を形作ります。例えば、境界性パーソナリティ障害(BPD)における「見捨てられることへの無意識的な不安」などは、この動機ドメインの重要な要素です。
2. 心理的リソースと適応機能
次に、内的・外的な要求に対して、個人がどのような**「道具(リソース)」**を持って対応しているかという構造です。
- 認知プロセス: 知能、記憶、論理的な思考能力など。
- 感情調節戦略: 意識的な対処戦略に加え、無意識的な**「防御機制」**も含まれます。
- 行動スキル: 衝動の制御や自傷行為の回避といった、具体的な行動面での適応能力です,。 これらが高いレベルで機能しているか、あるいは特定の領域(例:感情調節)で欠損しているかが、適応の良し悪しを左右します。
3. 自己および他者の表象
パーソナリティの構造において、**「自分自身や他者をどのように経験し、描いているか」**という認識の枠組み(表象)は、対人関係の質を決定します。
- 複雑さと多面性: 健康的な構造では、自己や他者を多面的で立体的に捉えられますが、重度の障害がある場合、他者を「全善か全悪か」といった単純で一次元的な表象でしか捉えられないことがあります。
- メンタライゼーション: 自己や他者の心理状態を把握する能力もここに含まれ、この機能が不安定だと対人関係に深刻な支障をきたします。
構造の統合と臨床的意義
これらの3つのドメインは独立しているのではなく、互いに影響し合って一つのパーソナリティを構成しています。
- 例えば、**「高い知的能力(リソース)」を持ちながら、それを「情緒的接触を避けるための防御」として使い、「他者を単純な道具としてしか認識できない(表象の未発達)」**という構造を持つ人は、一見適応的に見えても深刻な対人トラブルを抱えることがあります。
- このモデルは、精神分析、認知心理学、発達心理学などの実証的な知見を統合しており、比較的健康な人から重症のパーソナリティ障害までを、同じ枠組みで連続的に記述できる点が大きな特徴です,,。
比喩による理解: パーソナリティの構造は、**「航海中の帆船」**に例えることができます。
- 動機(エンジン・帆): 船をどこへ進ませたいのか、あるいはどの嵐から逃げたいのかという「動力」です。
- 心理的リソース(船体と操縦技術): 船がどれだけ頑丈か、また、荒波(ストレス)が来たときに船長がどのような舵取り(防御・対処)ができるかという「能力」です。
- 自己・他者の表象(海図とレーダー): 自分たちがどこにいて、周囲の船や島(他者)をどのように認識しているかという「把握力」です。 これら3つの要素が調和していれば、船は目的地へ進めますが、どれか一つでも欠陥があれば、航海(社会生活)は困難なものになります。
