パーソナリティ障害の「重症度」

パーソナリティ障害の「重症度」を理解する:DSM-5の新しい視点

導入:なぜ「ある/ない」だけでは不十分なのか?

人の心の状態を理解するとき、私たちはしばしば「病気があるか、ないか」という二つの選択肢で考えがちです。しかし、この考え方は、複雑な心の働きを捉えるには十分ではありません。例えば、体調が悪いとき、単に「熱がある/ない」と判断するだけでなく、体温計で「38.5度」と測ることで、その深刻さや対処法がより明確になります。これと同じように、パーソナリティ(その人らしさ)の問題も、その「度合い」つまり重症度という視点で見ることが、その人の苦しみを深く理解し、適切な支援を考える上で非常に重要です。

この解説では、パーソナリティ障害を単なる「症状のチェックリスト」としてではなく、「その人らしさを支える機能がどのくらいうまく働いているか(機能のレベル=重症度)」という次元で捉える、**DSM-5の新しいアプローチ(パーソナリティ機能のレベル尺度、LPFS)**の基本的な考え方を、初めてこのトピックに触れる方にも分かりやすく解説します。これは、診断のあり方における画期的な進歩であり、臨床家と当事者の双方にとって大きな意味を持ちます。

では、なぜこれまでの「チェックリスト方式」では不十分だと考えられるようになったのでしょうか。その背景を見ていきましょう。

——————————————————————————–

1. これまでの考え方:カテゴリカル診断の限界

かつての診断マニュアル(DSM-IVまで)では、パーソナリティ障害の診断は、特定の基準(症状)をリストアップし、「このうちいくつ以上を満たせば診断がつく」という「チェックリスト方式」が採用されていました。これはカテゴリカルモデルと呼ばれ、病気をカテゴリー(分類)として捉える考え方です。

しかし、このアプローチにはいくつかの限界がありました。

  • 洞察1:典型的なケースに偏る問題 診断基準を厳しくして、教科書に出てくるような「典型例」だけを診断しようとすると、基準を完全には満たさないものの、現実に深刻な苦痛を抱える多くの人々を、診断体系からこぼれ落としてしまうという重大な問題がありました。1989年の研究(Widiger et al.)でも、この点が指摘されています。
  • 洞察2:「重症度」の示唆 そして皮肉なことに、このような「典型例」を重視する考え方は、基準を満たした症状の「数」そのものが重症度を示すという、意図せざる結果を生み出しました。例えば、境界性パーソナリティ障害の診断基準を7つ全て満たす人は、診断基準を最小限満たす人よりも、他のパーソナリティ障害の特徴も併せ持つ傾向があることが分かっていました。これは、基準を満たした数自体が、暗黙のうちにその人の困難さの**「重症度」**を示していたことを意味します。

このような背景から、専門家たちは単に症状を数えるのではなく、パーソナリティ機能そのものの「重症度」を直接測定する必要がある、と考えるようになりました。

——————————————————————————–

2. 新しい視点の中核:「パーソナリティ機能」とは何か

DSM-5で新たに導入されたアプローチの中核にあるのが、**「パーソナリティ機能のレベル(重症度)」**という考え方です。これは、表面的な症状の数ではなく、「その人らしさ」を支える中核的な心の機能が、どの程度うまく働いているかを見る視点です。

この「パーソナリティ機能」は、大きく2つの領域に分けられます。

  • 自己に関する機能(自分自身との関係): 自分をどう捉え、どう人生の舵を取るかに関わる能力です。アイデンティティの混乱や、人生の目標が定まらないといった問題は、この領域の機能不全と関連します。
  • 対人関係に関する機能(他者との関係): 他者とどう関わり、健全で満たされた関係を築いていくかに関わる能力です。共感性や親密性の欠如といった問題は、この領域の機能不全と関連します。

そして、この2つの重要な機能を測定するために開発されたのが、「パーソナリティ機能のレベル尺度(LPFS)」です。

——————————————————————————–

3. 「重症度」を測る”ものさし”:LPFSの仕組み

**パーソナリティ機能のレベル尺度(Levels of Personality Functioning Scale: LPFS)**は、パーソナリティの健全さを測るための具体的な”ものさし”です。この尺度は、先ほど述べた「自己機能」と「対人関係機能」という2つの領域を、さらに具体的な4つの要素に分けて評価します。

機能領域説明
自己機能 (Self)アイデンティティ: 「自分とは何者か」という感覚が安定しているか。自己の感覚が混乱していないか。<br>自己の方向性: 人生において一貫した目標を持ち、それに向かって進む力があるか。
対人関係機能 (Interpersonal)共感性: 他者の気持ちや経験を理解し、尊重できるか。<br>親密性: 他者と持続的で相互に満たされるような深い関係を築けるか。

研究によれば、これらの機能障害の現れ方にはパターンがあることも示唆されています。自己機能(特にアイデンティティ)の問題は比較的軽度なレベルから見られますが、対人関係機能の深刻な問題は、より重度なレベルで顕著になる傾向があります。このパターンは、パーソナリティの病理構造に関するカーンバーグ(Kernberg, 1984)の理論的洞察を実証的に裏付けるものであり、自己機能の障害がより基盤的な問題で、対人関係の深刻な障害はさらに重度なレベルで顕在化するという理解を深めるものです。

LPFSによる評価は、「機能障害なし」から「極度の機能障害」までの5段階で行われ、個人の困難さの度合いをよりきめ細かく捉えることを可能にします。

では、この新しい”ものさし”を使うことには、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。

——————————————————————————–

4. なぜLPFSが重要なのか?その実用的な価値

Morey(2013)が行った研究では、このLPFSというアプローチがもたらす実用的な価値が明確に示されました。主な利点は以下の3つです。

  1. より正確に困難さの度合いを捉える LPFSで評価された重症度のスコアは、従来のDSM-IVの診断基準を数える方法よりも、その人の全般的な機能(社会生活での困難さ)や、将来必要となる治療のレベルをより正確に予測できることが分かりました。
  2. 臨床家にとって非常に有用である 実際に患者を診る臨床家たちに尋ねたところ、患者の状態を理解し(概念化)、他の専門家と情報を共有する上で、LPFSは従来のチェックリスト方式よりも**「はるかに有用である」**と評価されました。
  3. よりシンプルで本質的である 特筆すべきことに、機能、治療経過、必要な支援のレベルといった4つの重要な指標のうち3つにおいて、79項目もあったDSM-IVの基準リスト全体よりも、単一のLPFSスコアの方が優れた情報を提供することが示されました。これは、LPFSがパーソナリティの問題の本質を効率的に捉える力を持っていることを意味します。

最後に、これまでの話をまとめて、この新しい視点が私たちに何をもたらすのかを考えてみましょう。

——————————————————————————–

5. まとめ:ラベルから理解へ

パーソナリティ障害の理解は、単に症状に「境界性」「自己愛性」といったラベルを貼ることから、その人の自己機能や対人関係機能がどのレベルにあり、どこで困難を抱えているのかを深く理解することへと移行しています。

LPFSという”ものさし”は、診断名というレッテルで個人を判断するのではなく、その人固有の困難さと強みを全体的かつ尊重をもって把握するための強力なツールです。この視点は、より個人に寄り添った支援を考える上で、非常に大きな一歩と言えるでしょう。なぜなら、支援の目標を「診断名に当てはまる症状を減らす」ことから、「その人固有の自己機能や対人関係機能を育む」ことへと、より建設的に設定できるからです。

タイトルとURLをコピーしました