パーソナリティ障害(PD)の診断モデルの統合は、従来のカテゴリカルな分類(特定の診断名に当てはめる手法)の限界を克服し、「重症度」と「スタイル」を組み合わせた包括的な評価を目指して進められてきました。
1. 診断モデル統合の背景
従来のDSM(DSM-IIIやDSM-IV)におけるパーソナリティ障害の診断は、各疾患を独立したものとして扱ってきました。しかし、これでは「典型的なケース(プロトタイプ)」のみに焦点を当てようとすると、多くの患者が複数の診断名に該当してしまう(診断の併存)という問題がありました。
この問題を解決するため、**「すべてのPDの根底にある共通のメカニズム(中核的障害)」**を特定し、それを評価の軸に据えるというアプローチが取られるようになりました。
2. 統合モデルの4つの目的
Morey(2005)は、診断モデルを統合・整理するにあたって、以下の4つの目的を掲げました。
- PD全体の「重症度」を示す最良の指標を特定すること。
- 全般的な重症度とは独立した「パーソナリティ・スタイル」の要素を分離すること。
- 重症度とスタイルの両方を並行して評価すること。
- これらの要素が、患者の予後や経過に対してどのような付加価値を提供できるかを判断すること。
3. パーソナリティ機能レベル(LPFS)による統合
この統合的な試みの中心となったのが、**「パーソナリティ機能レベル尺度(LPFS)」**です。これは、多様な理論的背景(カーンバーグ、コフート、ライブズリーなど)を統合し、実証的なデータに基づいて作成されました,。
- 構成要素: LPFSは、**「自己(アイデンティティ、自己決定)」と「対人関係(共感、親密性)」**という、PDの中核的な障害を反映する4つの領域で構成されています,。
- 実証的根拠: 研究により、DSM-IVの各PD診断基準の分散の約90%が、この「全般的な重症度」という単一の要因(g因子)で説明できることが示されています。
4. 統合モデルの臨床的・実証的意義
診断モデルを統合し、LPFSのような機能レベル評価を取り入れることには、以下のような大きな利点があります。
- 高い予測妥当性: LPFSによる「重症度」の評価は、従来の10種類のPD診断をすべて合わせたものよりも、患者の心理社会的機能、将来のリスク(自傷など)、治療の必要性をより正確に予測できることが証明されています,。
- 臨床現場での有用性: 臨床医を対象とした調査では、DSM-IVの基準よりもLPFSの方が、患者の状態を記述し、治療計画を立て、患者自身に病態を説明する上で有用であると評価されています。
- 重症度に応じた識別の変化: アイデンティティの問題は軽度〜中等度の障害で中核的な特徴となり、対人関係(共感や親密性)の障害は、より重症度が高いレベルで顕著な識別力を持ちます。
結論
診断モデルの統合は、単なる分類の整理ではなく、「パーソナリティの全般的な機能不全(重症度)」を中核に据え、そこに個別の特徴(スタイル)を重ね合わせるという、より実態に即した評価体系への転換を意味しています,。
比喩による理解: 診断モデルの統合を理解するには、**「総合的な体力測定」**を想像してください。 かつての診断は「100m走が得意か、水泳が得意か」といった種目別(カテゴリ別)の評価に終始していました。しかし統合モデルでは、まず「基礎体力(=パーソナリティ機能レベル)」がどれくらいあるかを測定し、その上で「どの筋肉が発達しているか(=スタイル)」を評価します。基礎体力が分かれば、その人がどれほど過酷な環境に耐えられるか、どのようなリハビリが必要かを、種目名だけで判断するよりもはるかに正確に見極めることができるのです。
