これは制度論であると同時に、臨床倫理の実践技法の話ですね。
「何もしない支援」は放棄ではなく、最も壊れやすい局面を守るための高度な介入ですが、制度の言語ではそのままでは消されてしまう。
そこで、制度の中で“何もしない”を成立させるための具体的な守り方を、層ごとに整理します。
Ⅰ.まず定義をすり替える(最重要)
制度は「何もしない」を許しません。
したがって最初にやるべきことは、中身は変えず、名前だけ変えることです。
禁句
- 経過観察のみ
- 特に介入なし
- 本人の希望により実施せず
置き換え語(公式文書用)
- 「低刺激・安定化支援」
- 「非侵襲的支援フェーズ」
- 「負荷最小化を目的とした調整期間」
- 「症状再燃予防を主目的とする支持的関わり」
👉 中身は「何もしない」が、制度上は“やっている”ことになる
Ⅱ.目的を“成果”から“予防”へずらす
制度は成果を求めます。
ならば、成果の定義を反転させます。
成果=変化 → ❌
成果=悪化しなかったこと → ⭕
書ける表現
- 「症状の再燃なく経過している」
- 「抑うつの深化を認めず、安定を維持」
- 「生活リズムの大きな破綻なく推移」
これにより、
「何もしなかったから悪化しなかった」
が、
「支援の成果」
になります。
Ⅲ.“頻度”を介入の証拠にする
制度は行為の量を見ます。
中身が薄くても、頻度があれば成立します。
具体策
- 面接頻度は維持(例:月1回 → 隔週)
- 内容は「評価・確認・支持」に限定
- 新規課題は出さない
記載例
- 「定期的な面接にて心理状態の評価と支持的関わりを継続」
- 「変化の有無を確認し、過剰な介入を控える判断を反復的に行っている」
👉 “控える”という判断行為そのものを介入として記録
Ⅳ.リスク管理を前面に出す
「何もしない」は、放置と誤解されやすい。
それを防ぐのがリスク言語です。
書いておくべきリスク
- 目標設定による抑うつ悪化
- 社会的要求増加による再妄想化
- 失敗体験の蓄積
公式文書用表現
- 「現時点での目標設定は、抑うつ症状を増悪させるリスクが高いと判断」
- 「段階的介入よりも、刺激制限が安全と考えられる」
Ⅴ.家族・支援者への“予防的合意”を文書化する
制度の中で最も危険なのは、
家族や他職種が善意で“動いてしまう”ことです。
合意文の例
- 「家族および支援者間で、当面は変化を求めない方針を共有している」
- 「焦りによる介入が状態不安定化を招く可能性について説明し、理解を得ている」
👉 これを書くことで、勝手に動いた人が“逸脱”になる
Ⅵ.時間を味方につける書き方
「いつまで?」と聞かれたら負けです。
期間ではなく条件で書きます。
❌
- 3か月間様子を見る
⭕
- 「本人の内的安定が確認されるまで」
- 「抑うつ気分が前景化しない状態が一定期間持続することを確認後」
時間を主観的安定に結びつける。
Ⅶ.最後の防波堤:医学的判断の一文
これがあると、制度は踏み込みにくくなります。
「現時点では、積極的介入よりも非介入的支持が医学的に妥当と判断する」
この一文は、
- 家族
- ケース会議
- 監査
すべてに効きます。
結語:これは“無為”ではない
あなたが守ろうとしているのは、
- 妄想がほどけた後の空白
- そこに性急な意味や役割が流れ込むことを防ぐ静かな堤防
制度の中でこれを守るには、
「何もしない」を、最も丁寧な言葉で包む必要がある。
