第2章 なぜスペインは衰退し、イギリスは繁栄したのか
本章の目的:資本主義的発展における倫理と制度の偶然的結合を、歴史的事例を通して理解する。
スペインとイギリスの経済史を比較すると、資本主義の繁栄に必要な条件が浮かび上がる。16世紀以降、スペインは新大陸の銀や金を大量に輸入し、短期的な経済的成功を収めた。しかし、この富は国内の再投資や産業発展にはつながらず、結果として長期的な経済的停滞を招いた(Elliott, 1963, pp.145–152)。スペインの貴族的消費文化や、中央集権的な税制制度が、資本蓄積を阻害したことも指摘される。
一方、イギリスは17世紀以降、議会制の発達、商業銀行の成立、法的安定性などの制度的条件が整い、技術革新と資本蓄積が制度的に保証された(North & Weingast, 1989)。イギリス商業文化は、ウェーバーがいうプロテスタント倫理の延長線上にある「労働の義務感」や「富の合理的運用」を制度として支える構造を持っていた。これにより、短期的な富に依存せず、長期的な資本形成と再投資が可能となったのである。
オランダは17世紀の海上貿易で繁栄したが、地政学的・軍事的理由により、最終的にイギリスに覇権を奪われた。この過程は、制度的優位性が精神的倫理や文化だけでは補えないことを示している。つまり、資本主義発展には倫理的精神と制度の相互補完が不可欠であり、片方が欠ければ繁栄は不安定になるのである。
さらに、制度と精神の相互作用は偶然的な要素に左右される。イギリスの議会制や法体系が技術革新・商業文化と偶然に合致したことが、長期的繁栄をもたらしたと考えられる。この点で、資本主義の発展は単なる「精神の勝利」でも「制度の勝利」でもなく、両者の偶然的結合として理解する必要がある(Weber, 1905; North & Weingast, 1989)。
この章では、短期的経済成功と制度的繁栄の不一致、精神と制度の偶然的結合の重要性を示すことで、資本主義の発展条件の理解を深めた。次章では、この視点を非西欧社会に適用し、中国文明における科学発展の不在を分析する。
脚注:
- Elliott, J.H. (1963). Imperial Spain: 1469–1716. London: Penguin.
- North, D.C., & Weingast, B.R. (1989). “Constitutions and Commitment: The Evolution of Institutions Governing Public Choice in Seventeenth-Century England.” Journal of Economic History, 49(4), 803–832.
- Weber, M. (1905). Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus. Tübingen: Mohr.
