第12章:多職種連携とアウトリーチ型支援の可能性
はじめに
精神疾患に対する治療と支援は、もはや医師一人、施設内のケアだけで完結する時代ではない。特に、統合失調症とうつ病のように、医療的・心理的・社会的な複雑な要因が交差する疾患においては、多職種によるチームアプローチと、地域に出向いて支援を行うアウトリーチ型支援が極めて重要である。
本章では、多職種連携とアウトリーチ型支援の意義を、統合失調症とうつ病の特性を踏まえて比較検討しながら論じる。
1. 多職種連携の必要性
統合失調症の場合
統合失調症は、長期的な治療・再発予防・社会復帰支援を必要とする疾患である。そのため、以下のような多様な専門職の連携が不可欠である。
- 精神科医:薬物療法の調整と精神状態のモニタリング
- 看護師:服薬アドヒアランスの支援、生活状況の観察
- 精神保健福祉士(PSW):生活支援、行政サービスとの橋渡し
- 作業療法士(OT):社会技能訓練、職業支援
- 臨床心理士:認知行動療法、心理教育
- ピアサポーター:当事者視点による伴走支援
これらの職種が連携することで、統合失調症患者が地域で安定して生活を送るための包括的な支援が可能になる。
うつ病の場合
うつ病においても、重症例や反復性の場合には、多職種による介入が必要となる。
- 医師と心理士の連携による治療戦略の最適化
- 復職支援における産業医・保健師・職場との調整
- 家族支援を担う保健師・PSWの関与
- 自殺リスクに対する多角的評価と対応
特に、職場や家庭といった「生活の場」での支援の必要性が高い点が、統合失調症とやや異なる特徴である。
2. アウトリーチ型支援の展開
統合失調症におけるアウトリーチ
統合失調症患者の中には、受療中断や対人接触の回避によって医療にアクセスできなくなるケースが多く見られる。これに対応するため、訪問看護、ACT(包括型地域生活支援プログラム)やEIP(早期介入プログラム)といったアウトリーチ型支援が重要視されてきた。
- ACT(Assertive Community Treatment):重症患者に対して、医療・生活支援を一体的に提供
- 訪問看護:服薬指導や生活支援を行い、入院予防に寄与
- 地域支援センター:家族・近隣住民と協力し、患者の孤立を防ぐ
うつ病におけるアウトリーチ
うつ病においては、特に引きこもりや自殺念慮のあるケースでアウトリーチが有効である。また、高齢者のうつ、育児期のうつ(産後うつ)、職場のメンタルヘルス問題など、支援が届きにくい層へのアプローチが課題とされている。
- 地域包括支援センターや保健所による家庭訪問
- 自殺予防プログラムと連動した見守り支援
- 職場における産業保健スタッフによるフォローアップ
3. 両疾患に共通する課題と展望
- 地域連携体制の構築:医療・福祉・行政・教育機関のネットワーク化
- 情報共有とICT活用:電子カルテやケース会議のオンライン化による連携強化
- 当事者と家族の巻き込み:共同意思決定(Shared Decision Making)の導入
- 人材育成:多職種協働のための研修プログラムと制度整備
4. 対比によるまとめ
項目 | 統合失調症 | うつ病 |
---|---|---|
多職種連携の目的 | 社会復帰・服薬支援・再発予防 | 感情の安定・自殺予防・復職支援 |
主なアウトリーチ方法 | ACT、訪問看護、地域連携 | 家庭訪問、自殺予防支援、産業保健介入 |
支援の中心 | 社会機能の回復・維持 | 生活の質(QOL)の向上・再発防止 |
共通点 | 包括的な支援の必要性、社会的孤立の予防、家族支援 |
おわりに
統合失調症とうつ病は、異なる病態を持ちながらも、患者の「生活」と密接に結びつく疾患である。両者に共通するのは、「多職種が連携し、患者の生活の場で支援を届ける」必要性である。今後は、アウトリーチ型支援を制度的に強化し、当事者主体の包括的支援体制を構築していくことが求められる。
参考文献
- Burns, T., & Firn, M. (2002). Assertive Outreach in Mental Health: A Manual for Practitioners. Oxford University Press.
- Drake, R. E., Essock, S. M., Shaner, A., et al. (2001). Implementing dual diagnosis services for clients with severe mental illness. Psychiatric Services, 52(4), 469–476.
- Ito, J., et al. (2017). Development of outreach mental health services in Japan: The current situation and future directions. Psychiatry and Clinical Neurosciences, 71(8), 569–577.
- 橋本忠行(2015)『精神科訪問看護とアウトリーチ』医学書院.
- 厚生労働省(2023)「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に向けて」.