私は自分の体を、自分の意思で使っているだけだ。何が悪いのか

「私は自分の体を、自分の意思で使っているだけだ。何が悪いのか」という主張に対して、肯定(賛成・受容)と否定(反対・批判)の両方の立場から、多角的な視点で意見を構成します。


1. 肯定的な視点(「何が悪いのか」に理解を示す、または肯定する意見)

個人の自由、合理性、社会構造への抵抗といった観点からのアプローチです。

  • 自己決定権の尊重(リベラリズム的視点)
    「自分の身体をどう使うかは、憲法で保障された基本的人権に属する。他者の権利を直接侵害していない以上、たとえそれが性的なサービスの提供であっても、国家や他人が道徳を盾に介入すべきではない。」
  • 労働としての等価交換(経済的合理性)
    「労働とは本来、自分の時間や能力(肉体や頭脳)を切り売りして対価を得る行為である。オフィスワークで精神を削るのも、肉体労働で身体を酷使するのも、性的サービスを提供して稼ぐのも、本質的に『自分の資源を換金している』点では同じではないか。」
  • 弱者のサバイバル戦略(生存の肯定)
    「低賃金労働が蔓延し、セーフティネットが機能していない社会において、若者が手っ取り早くまとまった資金を得るための手段としてこれを選ぶのは、極めて合理的な生存戦略である。それを『はしたない』と切り捨てるのは、経済的に恵まれた者の傲慢である。」
  • 既存の価値観への異議申し立て(パターナリズムへの反発)
    「『女性の性は神聖なものだから売ってはならない』という規範自体が、男性優位社会が女性をコントロールするために作り上げた幻想である。自ら進んでそのタブーを破り、男性から資金を吸い上げる行為は、ある種のアナーキーな解放とも言える。」

2. 否定的な視点(「何が悪いのか」に異を唱える、または構造を批判する意見)

精神的影響、社会構造、搾取の再生産といった観点からのアプローチです。

  • 「魂への害」という価値的懸念(河合隼雄的視点)
    「論理的に説明できなくとも、自らの身体という、人格と不可分な領域を単なる『商品』として扱うことは、自己疎外を招く。自尊心や他者への信頼といった、目に見えない『魂』の部分が摩耗し、回復不能な空虚さを抱えるリスクがある。」
  • 「選ばされている」という構造的搾取(Bの視点:フェミニズム的批判)
    「彼女は『自分の意思』と言うが、その意思自体が、女性を性的対象としてしか評価しない男性社会の価値観によって規定されている。真に自由な選択肢(十分な教育、対等な雇用、生活保障)が与えられない中での選択は、自由意志ではなく『搾取の結果』である。」
  • 性的消費の固定化への加担(社会的責任)
    「個人の自由だとしても、その行為は『女性の性は金で買える』という社会通念を強化し、結果として他の全ての女性たちの地位を下げ、性的対象化を加速させることに加担している。それは間接的に他者に迷惑をかけていると言える。」
  • 将来的な機会損失とリスクの不可視化
    「若さという一過性の資源を切り売りする行為は、長期的にはスキル形成や健全な人間関係の構築を阻害する。また、暴力や性感染症、精神疾患といった高いリスクを伴うものであり、社会が『自己責任』として放置して良い問題ではない。」
  • 欲望の循環構造からの逃走の不可能性
    「稼いだ金をホストクラブ等に流す構造があるように、結局は男性優位の経済圏の中で『搾取する側』に回ったつもりで、別の場所で搾取されている。システムを利するだけで、本人の状況は根本的には改善されず、虚業の連鎖に組み込まれているに過ぎない。」

考察:対話の交差する点

これらの意見を並べると、以下の「問いのズレ」が浮き彫りになります。

  • 肯定側は、主に「いま、ここにある個人の自由と生存」を重視しています。
  • 否定側は、主に「その背後にある社会構造」や「長期的な内面への影響」を重視しています。

AとBの対話にあるように、この問題は「個人の権利(ロジック)」と「社会的な構造や魂の在り方(レトリック・価値観)」が衝突しているため、単一の正解が出にくい構造になっています。肯定派が「自由」と言うとき、否定派は「その自由は偽物だ」と返し、否定派が「魂」と言うとき、肯定派は「それは感情論だ」と返すという平行線が、現代の困難さを象徴しています。

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