「集団的熱狂」やそれに伴う判断力の低下、あるいは行動の伝染

「集団的熱狂」やそれに伴う判断力の低下、あるいは行動の伝染について、近年の精神医学・神経科学の視点からまとめられた総説的論文(レビュー論文)はいくつか存在します。

かつてのル・ボンのような「社会心理学」の枠組みから一歩進み、現代の精神医学では「機能性神経障害(FND)の集団発生」「ソーシャルメディアによる情動伝染」、そして「意思決定の神経基盤」という切り口で研究が進んでいます。

特に注目すべき、最近の知見を含む論文を3つの視点で紹介します。


1. ソーシャルメディアが生む「現代版・集団的熱狂」

現代の精神医学において最もホットなトピックの一つは、TikTokなどのSNSを通じて「チック様行動」や「機能性障害」が連鎖的に広がる現象です。これは「現代版の集団心因性疾患(MPI)」として分析されています。

  • 論文例:“Stop that! It’s not Tourette’s but a new type of mass sociogenic illness”
    • 著者: Müller-Vahl, K. R., et al.
    • 掲載誌: Brain (2021)
    • 概要: かつては地理的に限定された場所(学校など)で起きていた集団パニックや症状の伝染が、SNSを通じて世界規模で「情動の伝染」として起こるメカニズムを解説しています。判断力の低下というよりは、「無意識レベルでの模倣と脳のネットワークの同調」に焦点を当てた総説的な内容です。

2. 集団心因性疾患(MPI)の精神医学的総説

「集団的熱狂」が極限まで高まった状態は、精神医学では「集団心因性疾患(Mass Psychogenic Illness: MPI)」として扱われます。

  • 論文例:“Mass psychogenic illness: Past, present, and future”
    • 著者: Bartholomew, R. E., & Wessely, S.
    • 掲載誌: Epidemiology and Psychiatric Sciences (2002/2021年アップデート等関連研究多数)
    • 概要: 精神科医サイモン・ウェスリーらによる研究。集団内での不安の伝染が、いかにして個人の理性的判断を奪い、身体症状や過激な行動へつながるかを歴史的・精神医学的にレビューしています。特に「脅威に対する集団的な知覚の歪み」が、いかに脳の警戒システムを暴走させるかを説明しています。

3. 社会的神経科学からのアプローチ(意思決定の低下)

なぜ集団に入ると判断の質が落ちるのかを、脳内の報酬系や前頭葉の機能から解説する研究です。

  • 論文例:“The psychology and neuroscience of collective action”
    • 著者: van Zomeren, M., et al. (定期的に更新されるレビュー分野)
    • 関連トピック: “The neural basis of social influence and conformism” (Schnuerch & Gibbons, 2014)
    • 内容: 「同調圧力が生じるとき、脳の『エラー検出機能(後帯状皮質など)』が低下し、代わりに『報酬系(側坐核)』が作動する」というメカニズムを解説しています。つまり、「自分で考えること」よりも「集団と一致すること」に脳が快楽を感じるようになるため、客観的な判断レベルが低下するという科学的な裏付けを示しています。

近年のトレンドのまとめ

これらの論文が示す現代的な視点は、以下の通りです。

  1. 物理的接触の不要化: 以前は「同じ場所に集まる」ことが熱狂の条件でしたが、現在は「ハッシュタグ」や「動画のアルゴリズム」が、物理的集団と同じ、あるいはそれ以上の強力な「没個性化」と「判断力低下」を引き起こす。
  2. 脳の報酬系のハイジャック: 集団との一体感は、脳内物質オキシトシンやドパミンの放出を促し、一種の「依存状態」を作る。そのため、論理的な誤りを指摘されても、集団から離脱する苦痛(社会的排除の痛み)を避けるために、脳が意図的に判断力を放棄する。
  3. 「情報のパンデミック(インフォデミック)」: 精神医学的な「伝染」は、もはやウイルスと同じ動態を示す。特に不安や怒りといった強い情動を伴う情報は、脳の扁桃体をダイレクトに刺激し、前頭葉による論理的検閲をバイパスする。

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