SNS時代の集団的熱狂——アルゴリズムが加速させる「デジタルMPI」の正体


SNS時代の集団的熱狂——アルゴリズムが加速させる「デジタルMPI」の正体

かつて、フランスの心理学者ギュスターヴ・ル・ボンが『群衆心理』を著した時代、集団的熱狂が起こる場所は、広場や議場といった「物理的な空間」に限られていました。しかし現代、私たちはスマートフォンという窓を通じて、24時間365日、巨大な「デジタル群衆」の一部となっています。

最近の精神医学・神経科学の研究では、このネット上の熱狂を「デジタルMPI(Mass Psychogenic Illness:集団心因性疾患)」という新たな枠組みで捉え直す動きが加速しています。なぜ、現代の私たちはこれほどまでに理性を失い、集団的な暴走に巻き込まれやすいのでしょうか。その深層にあるメカニズムを解き明かします。

1. 「デジタルMPI」:SNSが媒介する心のパンデミック

精神医学において「集団心因性疾患(MPI)」とは、ウイルスや毒素などの物理的な原因がないにもかかわらず、特定の不安や症状が集団内で連鎖的に広がる現象を指します。かつては学校や地域コミュニティなどの狭い範囲で発生していましたが、現代ではこれがSNSを介して世界規模で発生しています。

2021年に医学誌『Brain』に掲載されたミュラー=ファールらの論文は、TikTokなどの動画プラットフォームを通じて「チック様の不随意運動」が若者の間で爆発的に広まった現象を報告し、これを「SNSを介した新しいタイプのMPI」と定義しました。

この現象の恐ろしい点は、「物理的な接触がなくても、視覚と感情の共有だけで脳のネットワークが同調してしまう」ことにあります。ネット上の熱狂や怒りの噴出は、もはや比喩ではなく、精神医学的な「伝染病」としての側面を持っているのです。

2. アルゴリズムという「熱狂の増幅装置」

なぜデジタルMPIはこれほどまでに強力なのでしょうか。その背景には、SNSの「レコメンド・アルゴリズム」によるブースト(増幅)効果があります。

プラットフォームのアルゴリズムは、私たちの滞在時間を最大化するために、より「強い感情」を呼び起こすコンテンツを優先的に表示します。

  • 怒りと不安の優先: 脳は生存本能として、ポジティブな情報よりもネガティブな情報(脅威)に強く反応します。アルゴリズムはこの本能を利用し、怒りや対立を煽る投稿を拡散させます。
  • エコーチェンバーの形成: 似た意見ばかりが強調される環境では、集団内の同質性が極限まで高まり、「異論」が視界から消し去られます。

この環境下では、集団全体の興奮状態が冷めることなく維持され、個人の判断力は持続的に削り取られていきます。

3. 脳内の「報酬系」が「論理」をハイジャックする

集団的熱狂の中で判断レベルが低下する理由は、脳の構造からも説明できます。

最新の社会的神経科学の研究によれば、人が集団に同調し、他者と同じ意見を持つとき、脳内の「報酬系(側坐核など)」が活性化し、ドパミンが放出されることが分かっています。つまり、私たちは「集団と同じ行動をとること」に快楽を感じるようにプログラミングされているのです。

一方で、集団に異を唱えようとすると、脳は「社会的排除の痛み」を検知し、強いストレス反応を示します。この結果、以下のような逆転現象が起こります。

  1. 前頭前野の機能抑制: 冷静な論理思考を司る前頭前野の働きが弱まる。
  2. 扁桃体の暴走: 感情と本能を司る扁桃体が優位になり、敵か味方かという極端な二分法的思考に陥る。

賢明な個人であっても、この「報酬系の誘惑」と「排除の恐怖」には抗いがたく、結果として集団全体の判断レベルは、その中の最も極端で感情的なレベルにまで引き下げられてしまうのです。

4. 没個性化と「責任の蒸発」

デジタル空間特有の「匿名性」も、判断力低下に拍車をかけます。

物理的な集団以上に、ネット上の群衆の中では個人のアイデンティティが消失しやすく、これを心理学で「没個性化」と呼びます。自分を「名もなき正義の軍団の一員」であると錯覚したとき、人は普段なら決して口にしないような過激な言葉を使い、攻撃的な行動に出ます。

ここでは「責任の分散」どころか、「責任の蒸発」とも呼べる現象が起きています。「みんなが言っている」「アルゴリズムが流してきた」という感覚が、個人の倫理的判断を麻痺させ、罪悪感を完全に消し去ってしまうのです。

5. 私たちはどう立ち向かうべきか

デジタルMPIの渦中で「個」の理性を保つことは、現代における最大の知的能力の試練と言えるでしょう。精神医学的な視点から提案できる対策は、以下の通りです。

  1. 「デジタル・デトックス」による情動の遮断: MPIの基本対策は「隔離」です。熱狂の渦中にいると感じたら、物理的にデバイスを離れ、脳の報酬系を沈静化させる必要があります。
  2. メタ認知のトレーニング: 「今、自分の扁桃体が興奮していないか?」「自分はドパミンの報酬欲しさに同調していないか?」と、自分の脳の状態を客観視する習慣を持つこと。
  3. アルゴリズムの意図を意識する: 目の前のタイムラインは「真実」ではなく、アルゴリズムによって「最適化された熱狂」であると常に自覚すること。

集団の熱狂は、一時の高揚感を与えてくれます。しかし、その代償として支払うのは、私たち自身の「思考の自由」です。デジタルMPIという現代の病理を理解し、あえて「群れから離れる勇気」を持つこと。それが、この不確実な時代に知性を守る唯一の防壁となるはずです。


参考文献

  • Müller-Vahl, K. R., et al. (2021). “Stop that! It’s not Tourette’s but a new type of mass sociogenic illness.” Brain, 144(12), e102.
  • Bartholomew, R. E., & Wessely, S. (2002). “Protean nature of mass psychogenic illness.” The British Journal of Psychiatry.
  • Schnuerch, R., & Gibbons, H. (2014). “A review of neurocognitive mechanisms of social conformity.” Social Response to Normative and Informational Influence.
  • ギュスターヴ・ル・ボン著、桜井成夫訳『群衆心理』(講談社学術文庫、1993年)
  • キャス・サンスティーン著『♯リパブリック――インターネットは民主主義を滅ぼすのか』(勁草書房、2018年)
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