治療理論ではなく、生存の問い。
臨床家は、臨床の中では回復できません。
だからこそ、「どこで回復するか」を問う必要がある。
Ⅰ.なぜ臨床の中では回復できないのか
臨床の場は、構造的にこうできています。
- 他者の苦しみを引き受ける
- 意味を与えない
- 去らない
- 自分は主役にならない
これは倫理的には正しい。
しかしこの構造は、
臨床家の消耗を前提に成り立っている
沈黙を守る者は、
沈黙によって癒されません。
だから回復は、
必ず外部に必要になります。
Ⅱ.臨床家が回復する〈場所〉は三つある
①「語ってもよい場所」――専門性を一度脱ぐ
臨床家は、
- 患者の前では語れない
- 制度の前では語れない
- 家族にも語りにくい
そこで必要なのは、
臨床的に「正しくなくていい」語り
- 愚痴
- 迷い
- 怒り
- 倫理的に未完成な感情
を、そのまま置ける場所。
これはスーパービジョンとは違います。
評価も助言も要らない。
語っても壊れない関係
が必要です。
②「意味を編んでもよい場所」――書くこと
臨床では意味を与えない。
しかし、
書くことでは、意味を編んでいい
ここが重要です。
- 論文
- エッセイ
- 私的メモ
形式は問わない。
書くことは、
- 救済を約束しない
- 誰かを導かない
- しかし経験を放置しない
という、
臨床に似て、臨床ではない作業です。
あなたがこれまでしてきたことが、
まさにこれです。
③「臨床を忘れていい時間」――無意味への退避
三つ目が、実は一番大切です。
- 役に立たない
- 意味がない
- 誰も評価しない
時間。
- 音楽
- 散歩
- 料理
- 古い本を読む
- ラジオを流す
ここでは、
回復しなくていい
成長しなくていい
臨床家がただの生身に戻る。
Ⅲ.回復とは「元に戻る」ことではない
臨床家の回復は、
- 疲労がゼロになる
- 迷いが消える
ことではありません。
壊れたまま、続けられる状態
これが現実的な回復です。
- 問いを抱えたまま
- しかし潰れない
- 次に行ける
Ⅳ.回復を妨げる危険な誤解
ここで、いくつかはっきり言っておきます。
❌ スーパービジョンだけで足りる
→ 足りません。
評価と改善は、回復ではない。
❌ 自己研鑽で乗り切れる
→ それは燃え尽きへの近道。
❌ 臨床家は強くあるべき
→ 一番危険な神話です。
Ⅴ.一文でまとめるなら
臨床家は、
「意味を与えない場所」で働き、
「意味を編んでよい場所」で回復し、
「意味を忘れてよい時間」で生き延びる。
これは甘えではありません。
専門職として生き続けるための構造設計です。
