リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』に代表されるような、徹底した進化生物学的・唯物論的な視点を提示する。
この考え方は、一見すると「冷たい」「虚無的だ」と感じられがちですが、実は「過剰な意味付けという重荷から解放してくれる」という、極めて合理的で自由な側面を持っています。
君は「壮大な実験」の真っ最中。――人生に意味を求めないという、もっともクールな生き方
「自分の生きる意味って何だろう?」
「自分は何のために生まれてきたんだろう?」
思春期になると、一度はこんな悩みにぶつかるよね。道徳の時間には「命は尊い」「夢を持とう」なんて言われるけれど、どこか綺麗事のように聞こえて、モヤモヤしている人も多いんじゃないかな。
今日は、そんなモヤモヤを一気に吹き飛ばす、ちょっと「ドライ」で、でも「究極に論理的」な世界の見方を紹介したい。
結論から言おう。
僕たちが生きることに、特別な「意味」や「目的」なんて、実はない。
「えっ、それって悲しいことじゃない?」と思うかもしれない。でも、この考え方を知ると、世界がまったく違った景色に見えてくるはずだ。
1. 僕たちは、遺伝子の「乗り物」にすぎない
想像してみてほしい。君の体の中には、何十億年も前から途切れることなく受け継がれてきた「設計図」がある。それが「遺伝子(DNA)」だ。
イギリスの生物学者リチャード・ドーキンスは、僕たち生物のことを「遺伝子の乗り物(サバイバル・マシーン)」と呼んだ。
どういうことか。遺伝子には「自分自身のコピーを残して、増え続けたい」という性質がある。でも、遺伝子はただの化学物質だから、自分一人では動けないし、身を守ることもできない。
だから遺伝子は、自分を守り、運び、次の世代に受け渡すための「頑丈な箱」を作り上げた。それが、僕たちの体であり、心であり、脳なんだ。
ライオンが獲物を襲うのも、クジャクが美しい羽を広げるのも、そして君が誰かに恋をするのも。すべては「遺伝子が次の世代に生き残る確率を高めるため」のプログラムにすぎない、というわけだ。
2. 人生は、遺伝子が環境に合うかを試す「テスト」だ
宇宙がなぜ生まれたのか、この世界の終わりがどうなるのか。それは誰にもわからない。
でも、この何十万年、何百万年の地球で起きていることは、実はとてもシンプルだ。
- バラエティ豊かな遺伝子が生まれる(突然変異)
- それが「今の環境」でうまくやっていけるか試される(適応)
- うまく適応できたものは子孫を残し、できなかったものは消える(自然選択)
ただこれだけだ。
君の人生も、実はこの「壮大な実験」の一部なんだ。
君が持っている性格、才能、体質、考え方のクセ。それら一式セットになった「君という遺伝子の組み合わせ」が、21世紀のこの日本という環境において、「どの程度うまくやっていけるか」を今まさにテストしている最中なんだよ。
うまくいって子孫を残せば、君のコードは未来へ拡散される。そうでなければ、そこで消滅する。それ以上の意味も、それ以下の目的もない。ただの「現象」なんだ。
3. 「善悪」さえも、生き残るための戦略
「でも、人間には道徳や善悪があるじゃないか」と思うかもしれない。
けれど、このドライな視点に立てば、善悪すらも「生き残るためのツール」に見えてくる。
例えば、なぜ「人を殺してはいけない」というルールがあるのか。それは、殺し合いばかりしている集団よりも、協力し合う集団の方が、結果的に遺伝子を安全に残せる確率が高かったからだ。
僕たちが「優しさ」や「正義」を美しいと感じるのも、そう感じた方が集団の中でうまく生き残りやすかったから。善悪というのは、宇宙が決めた絶対的なルールではなく、僕たちの遺伝子が生き残るために編み出した「生存戦略」にすぎないんだ。
4. 意味がないからこそ、自由になれる
「意味がない」という言葉は、突き放しているように聞こえるかもしれない。でも、よく考えてみてほしい。
もし人生に「正しい目的」や「決められた使命」があるのだとしたら、そこから外れてしまった人は「失敗」ということになってしまう。それって、すごく息苦しいことじゃないだろうか?
でも、事実はこうだ。
君は、ただ「試されている」だけだ。
自分の持っている遺伝子が、今の環境でどう反応するか。どんなふうに振る舞い、どう生き残るのか。それをただ確かめるだけの存在だ。
「こう生きなきゃいけない」という正解なんてない。君がどんな生き方をしようと、それは「こういうパターンで試してみた結果」というデータの一つになるだけ。
そう考えると、少し肩の力が抜けないかな?
結びに:この「暇つぶし」を観察しよう
僕たちは、宇宙という巨大な実験場に放り込まれた、精巧なバイオロボットのようなものだ。
「生きる意味」という幻想を追い求めて苦しむ必要はない。ただ、自分の遺伝子がこの複雑な環境(学校、友人関係、SNS、現代社会……)に対して、どう適応し、どうあがくのか。それを特等席で眺める観察者になればいい。
「へぇ、自分の遺伝子は、この状況でこんなふうに感じるんだな」
「あ、この環境には少し適してないみたいだ。じゃあ場所を変えて試してみようか」
そんなふうに、論理的で客観的な視点を持ってみよう。
意味も目的もないこの世界で、ただ「適合テスト」を淡々と、あるいは好奇心を持ってこなしていく。
それが、この世界を最も賢く、そして楽に生き抜くための「最強の生存戦略」である。
