排除社会と包摂社会 「40年」の間に起こる環境変化のスピード

ご指摘の点は、社会学や経営学においても「効率性(Efficiency)」と「適応性(Adaptability)」のトレードオフとして古くから議論されてきたテーマです。

たしかに、目標が明確で環境が安定している場合、同質性の高い集団(排除社会・組織)は、阿吽の呼吸で意思決定が速く、摩擦コストが低いため、短期的・中期的には極めて高いパフォーマンスを発揮します。

しかし、一人の人間のキャリアや企業の寿命である「40年」というスパンで考えたとき、それでもなお「包摂社会(組織)」が合理的であるという論理を、以下の4つの視点から提示します。


1. 「40年」の間に起こる環境変化のスピード

かつて、ひとつのビジネスモデルの寿命は30年〜50年と言われ、一人の現役期間と重なっていました。その時代なら「排除型(同質型)」の組織で逃げ切ることが可能でした。

しかし、現代においてビジネスモデルの寿命は10年以下に短縮されています。40年の現役生活の中で、少なくとも3〜4回は「これまでの正解が通用しなくなる」局面が訪れます。

  • 排除型組織の弱点: 成功体験を共有する同質的な集団は、環境が変わった瞬間に「集団思考(グループシンク)」に陥り、変化を拒絶して共倒れ(タイタニック号化)するリスクが極めて高い。
  • 包摂型組織の強み: 内部に多様な視点があるため、危機の予兆をいち早く察知する「異分子」が存在します。40年という期間を生き残るための「自己変革能力」は、包摂性に依存します。

2. 「心理的安全性がもたらす」リスクマネジメント

排除社会は、突き詰めれば「同調圧力」によって秩序を維持します。これは、40年という長期スパンでは致命的な「隠蔽」のリスクを生みます。

  • 排除の論理: 「異論を唱える者」「失敗した者」を排除する空気がある組織では、不都合な真実がトップに届かなくなります。
  • 包摂の論理: どんな属性や意見であっても居場所が保証される(心理的安全性がある)組織では、小さなミスや不正の兆候が早期に共有されます。40年間のうちに一度でも起きれば致命傷になるような巨大不祥事や判断ミスを防ぐ力は、包摂的な組織の方が圧倒的に高いのです。

3. 労働力希少化と「選ばれる」ための戦略

40年という単位で考えたとき、最も確実な外部環境の変化は「人口動態」です。

  • 排除のコスト: 特定の属性(例:若くて健康で日本人男性で長時間労働可能)だけを選別する組織は、労働力が希少化する中で、採用候補者の9割を最初から捨てていることになります。これは経済合理性に欠けます。
  • 包摂の合理性: 高齢者、育児・介護中、外国人、障がい者、あるいは異なるキャリアパスを持つ人々を包摂できるシステムを構築した組織は、労働市場における「買い手市場」を維持できます。40年という長期にわたって優秀なリソースを確保し続けるには、包摂性は「善意」ではなく「生存戦略」になります。

4. 「排除される側」への転落という個人のリスク

「一人の人間」の視点で40年を考えたとき、最も切実なのがこの点です。
人間は40年間、常に「強者」であり続けることはできません。

  • 人生の不確実性: 突然の病気、家族の介護、メンタルヘルスの不調、あるいは単なるスキルの陳腐化。排除社会は、これら「平均から外れた状態」になった瞬間に、その人をシステムの外へ放り出します。
  • セーフティネットとしての包摂: 包摂社会を支持する論理は、「自分がいつか『弱者』や『少数派』に回ったときでも、これまでのキャリアを無にせず、再起したり貢献し続けたりできる仕組み」への投資であると言えます。40年という長い航海において、自分が一度も嵐に遭わない(排除の対象にならない)と賭けるよりも、嵐に遭っても沈まない(包摂される)仕組みを支持する方が、個人にとっても期待値が高いのです。

結論

排除社会が強く見えるのは、「特定の環境下での全力疾走」においてです。
しかし、40年という月日は、もはや全力疾走で駆け抜けられる距離ではなく、何度も天候が変わり、路面状況が変化する「長距離の冒険」です。

  • 排除社会: 晴天の直線道路では速いが、一度のパンクや雨でリタイアする「F1マシン」。
  • 包摂社会: スピードは劣るかもしれないが、泥濘も雪道も進め、修理しながら走り続けられる「全地形対応車」。

「40年を生き抜く」という個人の生存・企業の存続をゴールに置くならば、変化への対応力、リスク検知能力、そしてリソース確保の観点から、包摂社会の方が「実利的に強い」と言えるのではないでしょうか。

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