二〇二六年二月投票の衆議院議員選挙が近づいている。
新聞の片隅や、夜のテレビのニュースで、折にふれて知らされる。知らされる、というよりは、寒気のようなものが、少しずつ身にしみてくる感じに近い。
高市政権は、軍事費の大幅な膨張を掲げ、消費税の減税を唱え、積極財政を進めるという。明らかに矛盾している。
軍事費は、アメリカの要求に従えば、まもなくGDP比五パーセントに達し、三十兆円規模になるらしい。数字だけを聞くと、現実感はない。ただ、重たいものが、確実にこちらへ向かって転がってきている、そんな気配だけがある。
一方で、消費税は減税し、その穴は五兆円ほどになる。財源について問われると、インフレが進んで税収が上振れしているから賄える、と言う。昨日は、所得税を一パーセント上げるという話まで出ていた。言葉は軽やかだが、帳尻はどこかで合わされる。合わされる場所が、どこになるのか、それが見えない。あるいは隠されている。隠されたままでだまされるのだろうか、人々は。
中国との関係は悪化し、貿易は縮小し、レアアースも入りにくくなっているという。生活の中では、全体の値上がりだけが実感される。壊れた機械の部品が手に入らない、薬の原料が届かない、そういうかたちで、徐々に現実になるのだろう。
非核三原則は見直され、核の持ち込みは容認したいという。核兵器を持つことが、安上がりな自衛策だという考えを、少しずつ浸透させたいらしい。命の話をしているはずなのに、事務的な話をしているような調子である。
新成長産業の育成は、思ったようには実らなかった。結局、軍事産業に投資し、武器を輸出したいのだという。ここまで来れば、憲法九条二項の変更や、安保法制の見直し、そのほかの法律も変えたいのだろう。選択的夫婦別姓は阻止し、日本国旗棄損罪も作りたいという。長期国債の利率は急に上がりはじめた。
全体としてみると、高市周辺を支持してきた団体の、かねてからの主張が、そのまま並んでいるようにも見える。私は、そのあまりにそのままの現実に、大きな不安を覚える。
石破氏が総裁に選出された総裁選の時、小泉候補は選択的夫婦別姓に賛成とうっかり口を滑らせ、その団体の不興を買い、支持が得られず、総裁になれなかった経緯がある。
今回、高市氏はその団体の意向に沿う方向で口を滑らせ続けている。どこまでいけるか測っているようである。
原発と軍事は、金があるから強い。
今日のテレビでは、九州のある地方で、自衛隊を誘致して地元経済を活性化したいという意見と、戦争に巻き込まれるのは嫌だ、平和を守りたいという意見が、並んで紹介されていた。どちらの声も、切実だった。切実であるがゆえに、互いに噛み合わない。
原発も、発電再開を決めたものの、相次ぐ故障で一度は中止し、それでもすぐに再開されたという。事故が起きた場合の住民避難の具体策は、まだ決まっていないままだ。走りながら考える、という言い方があるが、ここでは、止まること自体が許されていないように見える。
自衛隊の人員構成についても聞いた。上層部は九割以上が充足しているが、下層部、つまり現場で動く若い人たちは七割程度だという。待遇を改善し、スカウトを強化し、経済的な理由で人を集めたいようだが、うまくいっていないらしい。そもそも、若者が少ない。数字の上では説明できても、現実はそう簡単ではない。
選挙は、右派政党がいくつも出てきて、にぎやかである。主張は大衆迎合的でもあり、ある種の団体の意見をそのまま写したようでもある。それでも、市会議員から県会議員まで、全国的に組織を張り巡らせている。その組織力と資金力が、どこから来ているのか。いろいろな噂はあるが、どれもはっきりしない。わからない、ということ自体が、不安を増幅させる。排外主義的主張が大きく響いている。多くの人が賛同の拍手をしている。
総じて、私は、大変不安で、大変憂鬱である。
そんな折に、少し前、新しい相談者が来た。
秋田生まれの女性で、いまは東京で働き、子育てをしているという。都会の生活にも慣れたはずなのに、言葉の端々に、まだ雪国の湿り気のようなものが残っていた。声は低く、急がず、こちらの反応を確かめるように話す人だった。
秋田の旧家で、親は頭が古すぎる、と彼女は言った。
家の決まり、親戚の目、黙って耐えることを美徳とする空気。そうしたものを一つ一つ挙げながら、彼女は、どこか申し訳なさそうに微笑んだ。愚痴を言う資格が自分にあるのか、まだ迷っているようにも見えた。
言葉は憂うつで、表情も沈んでいたが、全体にどこか優美なところがあった。姿勢がよく、身振りが小さく、感情を大きく外へ出さない。その控えめな様子は、長い時間をかけて身についたものだということが、こちらにも伝わってくる。
秋田美人。秋田は自殺が多いことで知られている土地。美しさと、消えやすさ。そんな言葉を結びつけるのは不謹慎だと分かっていながら、その二つは、私の中で、ふと、自然につながってしまった。
彼女の話は、決して特別なものではなかった。
仕事と育児の両立の苦しさ。実家との距離。助けを求めるたびに、「あなたが選んだ人生でしょう」と返される虚しさ。だが、そのどれもが、深く沈んだ声で語られると、まるで長い冬の話を聞いているような気分になった。
昔、京都に都があり、北前船が日本海を行き来していた。
北海道の昆布やニシンなど、日本海側の特産品は、北前船に積まれて京都へ運ばれた。華やかな都と、厳しい雪国とが、一本の航路で結ばれていた時代である。
その帰り道、京都からは、お公家さんの娘が秋田へ送られた、という話を、私は思い出した。史料として確かなものではない。ただ、地方に伝わる、半ば伝説のような話である。
お公家さんの家では、どの娘を秋田へやるか、ひそかに話し合われた。
誰が一番、田舎暮らしに耐えられるか。誰が一番、文句を言わずに従うか。そんな基準が、言葉にされぬまま、共有されていたのではないかと、私は勝手に想像する。
結局、選ばれたのは、おとなしく、聞き分けがよく、気の弱い娘だった。
気の強い娘、ものをはっきり言う娘は、京都に残った。残ることができた、と言ってもいい。
そうして秋田へ嫁いだ娘は、その土地で子を産み、暮らし、やがて土に還った。
美しく、従順で、耐えることを身につけたまま、遺伝子を残した。その遺伝子は、世代を越えて、少しずつ形を変えながら、今もどこかで息づいているのかもしれない。
美人で、我慢強く、そして、どこか自分を責めやすい。
何かうまくいかないことがあると、まず自分を疑ってしまう。声を上げる前に、沈黙を選んでしまう。そんな気配を含んだ遺伝子である。
もちろん、根拠はない。
科学的な裏づけもない。ただの連想にすぎない。それでも、秋田美人という言葉と、自殺の多さという数字が、私の中では、細い糸で、どうしてもつながってしまった。
相談室で向かい合っていた彼女は、何百年も前の話など、知る由もない。
それでも、静かにうつむく横顔を見ていると、その細い糸が、時間を越えて、確かにこちらへ伸びてきているような気がした。
国家のことと、一人の女性の憂うつは、直接には関係がない。だが、遠くから見れば、どちらも、声を上げにくいものが、静かに押しつぶされていく風景の一部なのかもしれない。
ニュースでは連日、北国の大雪が伝えられている。降り積もった雪が、今日はいったん融けて、また土曜日くらいから冷えて大雪が積もるという。雪の重さによる建物の損壊が報道されている。日曜日が投票日にあたる。北国の投票率は低くなりそうだ。
