日本の母性 


Ⅰ.母性はどう配置されたか

――「包むが、決めない」権力

1. 日本の母性は「対抗権力」ではない

西洋的な理解だと、

  • 父=法・禁止
  • 母=欲望・共感

になりがちですが、日本では少し違う。

日本の母性は

  • 父に対抗しない
  • 子の側にも立ちきらない
  • しかし 場を壊さない

👉 母は「決定を延期する存在」。


2. 天皇制との関係

天皇が

  • 決めない父
    だとすると、

母性は

  • 決まらない状況を
  • 日常として回す力

になります。

  • 争いを収める
  • 失敗をなかったことにする
  • 逸脱を「しょうがないね」で包む

👉 母性は
👉 空洞化した父性を下支えする潤滑油


3. 聖母ではない

重要なのは、

  • 日本の母は
    • 理想化されるが
    • 神聖化されない

犠牲にはなるが、

  • 教義を持たない
  • 正義を語らない

👉 倫理の源泉にはならない

だから母性は

  • 強く見えるが
  • 権威にはならない

Ⅱ.なぜ「長男」が重いのか

――父になれない父の代理人

1. 長男は「後継者」ではない

表向きは

  • 家督相続
  • 先祖供養
  • 家名維持

しかし実際は:

👉 責任だけを前借りされた存在


2. 父が決めないために起きること

  • 父が
    • 明確な命令を出さない
    • 境界を引かない

その結果:

  • 家の「未決定部分」が
    • 長男に集中する

👉 長男は

  • 判断権はない
  • しかし
  • 失敗の回収係になる

3. 象徴的な位置

長男は

  • 次の父
    ではなく
  • 父性の空席を示すマーカー

だから:

  • 重い
  • 逃げにくい
  • しかし偉くない

Ⅲ.なぜ責任が「集まる/集まらない」のか

――責任の奇妙な循環

ここが三点の核心です。


1. 日本では「決定」と「責任」が分離する

  • 決定:場・空気・流れ
  • 責任:特定の個人

この分離が常態。


2. 責任が集まるとき

責任が個人に集中するのは:

  • 失敗が
    • すでに起きてしまった後
  • 誰かが
    • 引き受けないと場が壊れるとき

👉 その役割を担うのが

  • 長男
  • 管理職
  • 現場責任者
  • 患者・当事者

3. 責任が集まらないとき

一方で:

  • 決定過程そのもの
  • 構造的問題
  • 集団的選択

には

  • 責任主体が立ち上がらない

👉 「みんなそう思っていた」
👉 「そういう流れだった」


Ⅳ.三点を一本に束ねる

要素役割
天皇決めない父(空の中心)
母性決まらなさを包む力
長男未決定の引受人
責任後から個人に落ちる

これを一言で言うと:

決めない社会は、引き受ける人を必要とする


Ⅴ.だから起きること

  • 優しさがある
  • 融通が利く
  • 暴力が表に出にくい

しかし同時に:

  • 責任の所在が曖昧
  • 罪悪感が個人に沈殿
  • 「自分が悪い気がする」人が量産される

Ⅵ.臨床的に見える風景(余韻として)

この構造は、

  • うつ
  • 適応障害
  • ひきこもり
  • 長男症候群
    に、ほぼそのまま現れます。

誰も決めていないのに
自分だけが悪い気がする

これは性格ではなく、構造の症状です。


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