40歳女性、結婚していて夫と10歳の娘と暮らしている。職場で知り合った男性と恋愛し肉体関係もあった。しかし家事は怠らず、夫との性関係も普通通りに維持していた。恋愛関係が夫に知られることとなり、離婚を請求された。最近の、正当な離婚事由として不倫が挙げられている。 この場合、例えば職場の男性と「将棋仲間になった」と「肉体関係を含む恋愛関係になった」の違いがあるから、離婚事由にも上げられると思うが、本質的に違いはあるのだろうか。 避妊はしていたし、妊娠した場合には中絶する予定でいた。 夫の立場に立てば、自然な感情として、嫌悪や怒りを感じるのは理解できるが、それは「テニス仲間になった」のは許せる範囲だが、「肉体関係を含む恋愛関係になった」のは許せないということの違いが説明しにくいと考える人もいると思う。
この問いは、法律の論理と人間の感情・関係の論理とが、ずれて噛み合っていない点にあります。
- 1️⃣ 法律は「本質」を見ていない
- 2️⃣ 本質的に違うのか?──かなり微妙
- 3️⃣ それでも社会が「性行為」に線を引く理由
- 4️⃣ 夫の怒りは「論理」ではない
- 5️⃣ 本質を言えば、問題は「性」ではない
- 6️⃣ だからこの問いは「説明しにくい」ままでいい
- Ⅰ.この女性の心理構造――「壊していない」という自己理解
- Ⅱ.日本社会が不倫に過剰反応する理由
- Ⅲ.回復や再構築は理論的に可能か
- Ⅳ.臨床的に見ると
- Ⅰ.この女性が「罪悪感を持てない」理由
- Ⅱ.夫が怒りを手放せない心理
- Ⅲ.子ども(10歳の娘)の「無言の位置」
- Ⅳ.三者は同じ場所で止まっている
- ● 夫からではない理由
- ● 子どもからは絶対に動かしてはいけない
- ● なぜ女性からなのか
- ● 正しい出発点
- ● 言語化の順番
- 1️⃣ 彼は「奪った」つもりではない
- 2️⃣ 彼が引き受けていた役割
- 3️⃣ 彼の罪悪感は遅れてやってくる
- ● 娘が本当に欲している言葉
- ● 実際に渡す言葉(例)
- ● 娘の沈黙を尊重するというケア
- ● 怒りが続く本当の理由
- ● 怒りが言葉に変わる唯一の瞬間
- ● 怒りが終わる条件
- ● 不倫相手の正しい位置づけ
- ● 退場とは「関係を終える」ことではない
- ● 実務的に必要なこと(冷静に)
- 回復とは「元に戻ること」ではない
- Ⅰ.女性に残りうる回復
- Ⅱ.夫に残りうる回復
- Ⅲ.娘に残りうる回復
- Ⅳ.関係そのものに残る回復
- Ⅴ.それでも、喪失は残る
- 序 回復という言葉への違和感
- 第一節 離婚は失敗なのか
- 第二節 女性に残りうる回復
- 第三節 夫に残りうる回復
- 第四節 子どもに残りうる回復
- 第五節 関係そのものに残る回復
- 終章 喪失を消さない回復
1️⃣ 法律は「本質」を見ていない
まず確認しておくと、日本の民法で不倫(不貞行為)が正当な離婚事由とされる理由は、性行為そのものが悪だからではありません。
法律が問題にしているのは、
- 婚姻関係が「排他的な性的関係」を含む制度として設計されている
- それが破られると、夫婦共同生活の基盤が損なわれたと推定される
という制度的・形式的な理由です。
つまり法律は、
「将棋仲間」と「肉体関係を含む恋愛関係」の本質的差異
を深く哲学的に考えているわけではありません。
線を引かないと裁けないから、引いているだけです。
2️⃣ 本質的に違うのか?──かなり微妙
あなたの問いの核心はここですね。
将棋仲間は許されて、肉体関係は許されない
その違いは本質的に説明できるのか?
率直に言うと、
論理的・哲学的に厳密な意味では、説明はかなり難しいです。
なぜなら、
- 夫婦関係の破壊性は
- 性行為の有無
- 感情的な親密さ
- 秘密の共有
- 心の依存
- 「こちらに向いていない」という感覚
などが複合的に作用するからです。
極端に言えば、
- 肉体関係があっても心がほとんど動いていない場合
- 肉体関係はなくても、深い恋愛的結びつきがある場合
後者の方が、配偶者にとってはより破壊的なこともあります。
3️⃣ それでも社会が「性行為」に線を引く理由
ではなぜ社会は、そこまで曖昧なのに、性行為に特別な意味を与えるのか。
理由は3つあります。
① 可視性・証明可能性
感情の裏切りは証明できないが、性行為は比較的証明できる。
法は「測れないもの」を扱えません。
② 生殖・血縁の混乱
あなたが書かれているように、
避妊していた
妊娠したら中絶する予定だった
これは個人としては合理的ですが、
制度は「予定」や「意志」を信用しません。
- 誰の子かわからない可能性
- 家族制度の混乱
これを社会は極端に嫌います。
③ 排他性の象徴
性行為は、多くの文化で
「あなたを特別に選んでいる」
という象徴行為として扱われてきました。
論理ではなく、文化的・象徴的な意味づけです。
4️⃣ 夫の怒りは「論理」ではない
あなたが書かれている通り、
夫の立場に立てば、嫌悪や怒りを感じるのは理解できる
これは重要です。
夫が感じているのは、
- 家事がどうとか
- 性生活が維持されていたか
- 実害があったか
ではありません。
多くの場合、
「自分が唯一ではなかった」
「自分が選ばれていなかった」
「知らないところで、別の世界があった」
というナルシシズムの傷つきと存在的裏切り感です。
これは理屈で説明できません。
だからこそ、
テニス仲間はOKだが、肉体関係はダメ
という線引きは、
論理ではなく感情の境界線なのです。
5️⃣ 本質を言えば、問題は「性」ではない
臨床的・人間学的に言えば、この事例の本質はここです。
- 彼女は家庭機能を壊していない
- しかし、夫に開示されていない親密な世界を持っていた
つまり問題は、
性行為をしたかどうか
ではなく、
「夫が知らないところで、彼女が誰と、どの深さで生きていたか」
です。
社会と法律はそれを扱えないので、
性行為という分かりやすい代理指標に押し込めています。
6️⃣ だからこの問いは「説明しにくい」ままでいい
あなたが感じている違和感は、非常に健全です。
- 法律的には不倫=離婚事由
- しかし人間的には、線はもっと曖昧
- そして感情的には、論理を超えて痛い
この三層は、本来一致しません。
一致しないまま社会は動いています。
そのズレを見抜いてしまった人ほど、
「これは本当に性の問題なのか?」と考え込む。
あなたの問いは、まさにそこにあります。
Ⅰ.この女性の心理構造――「壊していない」という自己理解
まず、この女性の内的世界から。
彼女の特徴ははっきりしています。
- 家事・育児を怠っていない
- 夫との性生活も維持している
- 家庭を壊す意図はない
- 避妊し、妊娠リスクも管理している
つまり彼女の自己理解は、
「私は妻として・母としての役割を果たしている」
「誰かを犠牲にしていない」
というものです。
● 分裂ではなく「並立」
ここが重要です。
この女性は人格が分裂しているわけではありません。
- 家庭の私
- 恋愛する私
を同時に成立させようとした。
これは病理というより、
現代的で、かなり高度な心理操作です。
彼女の中では、
- 家庭=責任・持続・生活
- 恋愛=生命感・他者からの承認・身体性
が、役割分担されていた。
つまり彼女は、
「夫は生活のパートナー」
「恋人は“私が女であること”を確認する存在」
という構図を、意識的か無意識的かは別として作っています。
● 欠けていたもの
ただし、決定的に欠けていたのはこれです。
「配偶者の主観世界を想像する回路」
彼女は、
- 夫がどう感じるか
- 夫にとって自分が何を意味しているか
を論理的には理解していても、情緒的には引き受けていない。
臨床的に言えば、
- 共感性が低い、というより
- 「傷つける想像」を意図的に遠ざけていた
状態です。
これは自己防衛でもあり、
日本社会で多く見られる**「波風を立てない善良さ」**とも連続しています。
Ⅱ.日本社会が不倫に過剰反応する理由
次に、社会の側。
日本社会は、不倫に対して異様なまでに道徳的に激昂します。
これは性倫理の問題ではありません。
① 共同体が弱く、家族に過剰な意味を背負わせている
日本では、
- 宗教
- 市民的連帯
- 公的な価値共同体
が弱い。
そのため、
家族だけが「無条件の居場所」
になっています。
だから不倫は、
- 配偶者への裏切り
ではなく - 唯一の居場所の破壊
として受け取られる。
過剰反応は、不安の裏返しです。
② 「恥」の文化と可視化された逸脱
日本は罪の文化ではなく、恥の文化です。
- 不倫そのものより
- 「不倫している人間として見られること」
が問題になる。
だから、
- 当事者間で完結していた関係が
- 外に知られた瞬間
一気に制裁が始まる。
これは道徳ではなく、集団による境界維持行動です。
③ 女性の身体に「秩序維持」を担わせてきた歴史
特に女性の不倫に対して、社会は冷酷です。
なぜなら日本社会では、
女性の身体=家族秩序の管理装置
という無意識の前提がある。
- 男性の逸脱は「だらしなさ」
- 女性の逸脱は「秩序破壊」
として扱われる。
この女性が受ける非難の強さは、
個人の行為を超えた象徴的制裁です。
Ⅲ.回復や再構築は理論的に可能か
結論から言います。
理論的には可能だが、条件は極めて厳しい。
● 何が壊れたのかを誤認すると失敗する
多くの夫婦は、ここで誤ります。
- 「不倫した/された」
- 「性行為があった/なかった」
という行為レベルで処理しようとする。
しかし実際に壊れたのは、
「自分は、この人にとって何者だったのか」という自己像
です。
夫は、
- 信頼を失ったのではなく
- 自分の存在意味を失った
この喪失を言語化できない限り、再構築は無理です。
● 再構築に必要な三条件
理論的に必要なのは次の三つ。
① 彼女が「正しさ」を捨てること
彼女は論理的には多くの点で正しい。
しかし再構築には、
「私は正しかった」という立場を放棄する
必要があります。
これは自己否定ではなく、
相手の主観を現実として引き受けるということ。
② 夫が「被害者でいる権利」を一度引き受けること
夫は怒っていいし、崩れていい。
早すぎる理性化は、
「もういい」「忘れた」
という形で、後に歪みとして噴き出します。
③ 二人とも「以前の結婚には戻れない」と理解すること
再構築とは、
壊れたものを修理すること
ではありません。
別の関係を新しく作ること
です。
この覚悟がない限り、「再構築」はただの延命になります。
Ⅳ.臨床的に見ると
この女性は、
- 欲望を持ち
- 生活を維持し
- 自分なりに責任も果たそうとした
ある意味で、誠実な不誠実さを生きています。
日本社会は、こうした複雑な生を許容する語彙を持たない。
だから、
- 法が単純化し
- 世間が断罪し
- 当事者が孤立する。
あなたが感じている違和感は、
「倫理の崩壊」ではなく、
人間理解が制度に追いついていないことへの感覚です。
Ⅰ.この女性が「罪悪感を持てない」理由
――罪が成立するための条件が、彼女の中に欠けている
まず重要な点から。
この女性は、反省していないのではありません。
むしろ、
- 論理的には状況を理解している
- 社会的には非難されると知っている
- 夫が怒る理由も「分かる」
それでも罪悪感が湧いてこない。
これは冷酷さではなく、罪悪感が成立する心理条件が揃っていないからです。
● 罪悪感が生まれるには何が必要か
臨床的に言えば、罪悪感は次の条件で生まれます。
- 自分が「相手の内面」を傷つけたと感じられる
- その傷を、自分の責任として引き受けられる
- 代替不能な関係を壊したという実感がある
この女性の場合、②と③が成立していません。
● 「役割倫理」で生きている
彼女の倫理は、
- 妻としての義務
- 母としての責任
- 社会人としての役割
という役割倫理で構成されています。
そして彼女は、そのすべてを守った。
だから内心では、
「私はやるべきことをやった」
という感覚が揺らがない。
罪悪感は、役割違反に対しては生じやすいが、
意味の裏切りに対しては生じにくい。
彼女は「意味」のレベルで裏切ったが、
自分自身はその次元で生きていない。
● 欲望を「管理対象」にしている
もう一つ大きいのは、
- 恋愛
- 性
- 身体的欲望
を、彼女が
「暴走するもの」ではなく
「適切に管理できるもの」
として扱っていた点です。
避妊・中絶の想定まで含めて、
彼女は欲望を事故ではなく計画として扱った。
そのため、
「うっかり傷つけてしまった」
という感覚が生じない。
罪悪感は「事故性」から生まれます。
管理された行為からは、罪が立ち上がりにくい。
Ⅱ.夫が怒りを手放せない心理
――怒りは感情ではなく「自己修復行為」
夫の怒りは、単なる感情反応ではありません。
これは重要です。
● 怒りは「最後の自己防衛」
夫の内部で起きているのは、
- 妻に裏切られた
よりも - 自分が誰だったのか分からなくなった
という事態です。
彼は、
- 良き夫だったのか
- 選ばれていたのか
- 家庭は現実だったのか
それらすべてが遡及的に崩れてしまった。
怒りは、
「私は無意味ではなかった」
「私は軽んじられていなかった」
という自己像を守るための、
最後の支えです。
● 怒りを手放す=自分が空洞だったと認めること
彼が怒りを手放せない理由は単純です。
怒りを手放した瞬間、
自分が「知らされていなかった人間」
「蚊帳の外にいた存在」
だったことを、受け入れねばならない。
これは耐えがたい。
だから彼は、
- 法律
- 道徳
- 世間
- 「正義」
を借りて怒る。
怒りは、尊厳を回復するための代替物です。
Ⅲ.子ども(10歳の娘)の「無言の位置」
――誰にも言葉を与えられていない存在
ここがいちばん見過ごされやすく、
しかし臨床的には最重要です。
● 娘は「知らされていないが、分かっている」
10歳の子どもは、
- 事実は知らされなくても
- 家の空気は正確に読む
存在です。
彼女は、
- 父の怒り
- 母の理屈
- 家庭の緊張
を、言葉以前のレベルで引き受けています。
しかし彼女には、
「どの立場にも立ってはいけない」
という暗黙のルールがある。
● 娘の位置は「関係の緩衝材」
この子は無意識に、
- 父の怒りを刺激しない
- 母を責めない
- 家庭が壊れないように振る舞う
という役割を引き受けやすい。
つまり、
大人が処理できない感情を、
子どもが沈黙で吸収している
状態です。
この沈黙は、
- 問題行動
- 反抗
- 抑うつ
としてすぐには現れない。
むしろ、
「いい子」「聞き分けのよい子」
として現れる。
● 臨床的に最も危険なのはここ
この娘にとって最も危険なのは、
「誰も悪くない」
「仕方がなかった」
という大人の言葉です。
なぜならそれは、
「私は何も感じてはいけない」
というメッセージとして受け取られるから。
彼女の感情は、
いま誰の言語にも翻訳されていない。
Ⅳ.三者は同じ場所で止まっている
最後にまとめると、
- 女性は「正しさ」の場所で止まっている
- 夫は「怒り」の場所で止まっている
- 娘は「沈黙」の場所で止まっている
誰も嘘はついていない。
誰も悪意もない。
しかし、
誰も、相手の内部で起きていることを
自分の現実として引き受けていない。
これが、この家族の現在地です。
Ⅰ.誰から動くべきか
――いちばん「言葉を持てる人」からしか動けない
結論から言います。
動くべきなのは、この女性です。
理由は道徳ではありません。言語化能力がいちばん残っているからです。
● 夫からではない理由
夫は怒りの只中にいます。
怒りはエネルギーが強い反面、
- 言葉が単純化する
- 世界が二分される
- 相手の内面が見えなくなる
という特徴があります。
この段階で夫に
「気持ちを話して」
「理解し合おう」
は、ほぼ不可能です。
怒りは語る感情ではなく、守るための感情だからです。
● 子どもからは絶対に動かしてはいけない
娘は「無言の緩衝材」です。
彼女が何かを言い始めたとき、それは
家庭が崩れたあと
です。
子どもは、
「大人が言葉にできないもの」を代わりに引き受けているだけ。
治療的に言えば、
子どもが語り始めたら、もう遅い
● なぜ女性からなのか
この女性は、
- 感情を抑えられる
- 論理を使える
- 自分の行為を説明できる
つまり、言葉の資源を持っている。
だから彼女からしか、
「関係について語る言語」を立ち上げられない。
ただし条件があります。
Ⅱ.どこから言語化すべきか
――「不倫」ではなく、「意味のズレ」から
ここを間違えると、すべてが失敗します。
❌ やってはいけない言語化
- なぜ不倫したか
- どこが悪かったか
- 反省しているか
- 二度としないか
これはすべて裁判用の言葉です。
家庭再構築には毒になります。
● 正しい出発点
出発点は、ここです。
「あなたが私にとって、
どういう存在だったかを
私はちゃんと想像できていなかった」
これは謝罪でも自己弁護でもありません。
視点の欠如を認める言葉です。
罪を認めるよりも、
この一文のほうが、はるかに深く刺さります。
● 言語化の順番
女性が語るべき順番はこうです。
- 夫の世界が、自分には見えていなかったこと
- 自分は「壊していないつもり」で生きていたこと
- それが、相手には「存在の否定」に見えた可能性
- その事実を、いま初めて引き受けようとしていること
ポイントは、
「私はこう感じた」
「私はこう思っていた」
を一切言わないこと。
まず語るのは、相手の不在です。
Ⅲ.では、不倫相手の男性の心理は?
ここも、とても大事です。
なぜなら、この男性は三人目の当事者ではなく、
一種の装置として機能しているからです。
1️⃣ 彼は「奪った」つもりではない
多くの場合、この男性は
- 家庭を壊した
- 夫から奪った
という意識を、ほとんど持っていません。
むしろ、
「彼女が自分で選んだ」
「彼女は満たされていなかった」
という物語を生きている。
これは自己正当化ですが、
同時に彼女の主体性を尊重しているつもりでもある。
2️⃣ 彼が引き受けていた役割
この男性の心理的役割は、だいたい次のどれかです。
- 「彼女を女として肯定する存在」
- 「家庭とは別の時間を与える存在」
- 「責任を問わない安全な他者」
重要なのは、
彼は「生活」を引き受けていない
という点です。
- 娘の将来
- 家計
- 老後
- 日常の摩耗
これらを一切引き受けずに、
純粋な親密さだけを担う立場。
だから彼は、
関係が露見した瞬間、
構造的に退場するしかない
3️⃣ 彼の罪悪感は遅れてやってくる
不倫相手の男性は、
- 関係の最中 → 罪悪感が薄い
- 露見後 → 急激に引く/消える
ことが多い。
これは冷酷さではなく、
自分が「物語の外」にいたと
初めて理解する瞬間
だからです。
彼は、
- 彼女の人生の中心にはいなかった
- 家族の物語に参加していなかった
それを悟ったとき、
彼の役割は終わる。
Ⅳ.全体を貫く一本の線
整理すると、
- 女性:意味のズレを管理で覆った
- 夫:存在の崩壊を怒りで守っている
- 娘:大人の感情を沈黙で引き受けている
- 不倫相手:責任を伴わない親密さを担った
動けるのは、
まだ言葉を失っていない人だけ。
だから、
女性が
「正しさ」ではなく
「見えていなかった世界」から
語り始める
ここが唯一の入口です。
Ⅰ.娘にどう「言葉を渡すか」
――説明ではなく、位置を与える
まず、最重要の原則から。
❌ 娘にしてはいけないこと
- 事情を詳しく説明する
- 正解を教える
- 理解させようとする
- 大人の感情を吐露する
これはすべて、言葉の暴力になります。
● 娘が本当に欲している言葉
10歳の娘が必要としているのは、
「事実」でも「真実」でもありません。
必要なのは、たった三つです。
- あなたは関係の責任者ではない
- 感じていることは間違いではない
- 言わなくても、守られている
この三つが同時に伝わらない限り、
どんな説明も害になります。
● 実際に渡す言葉(例)
母からでも、父からでもいい。
ただし、一度きりで、短く。
「いま家の中で、
ちょっと難しいことが起きている。
でもこれは、大人の問題で、
あなたが何かする必要はない。
もし嫌な感じや、変な気持ちがあっても、
それは自然なことだから、
しまっておいてもいいし、
いつか話したくなったら聞くよ。」
ポイントは、
- 問わない
- 迫らない
- 解釈しない
「言葉を持っていい未来」だけを残すことです。
● 娘の沈黙を尊重するというケア
多くの大人は、
「何も言わないのが心配」
と言います。
しかし臨床的には逆です。
いちばん危険なのは、
大人のために言葉を出し始めること
沈黙は、
この娘が選んでいる自己防衛です。
沈黙を「問題」にしない。
これが、最大のケアです。
Ⅱ.夫の怒りが「言葉」に変わる瞬間
――怒りが不要になる地点
怒りは、
言葉がない状態を支える仮設構造です。
だから、
怒りを抑える
怒りを鎮める
は不可能です。
● 怒りが続く本当の理由
夫は、怒っているのではありません。
「自分は何者だったのか」
「この結婚は何だったのか」
それを語る言語を持っていない。
怒りは、
- 物語を失った人が
- 物語の代わりに持つ感情
です。
● 怒りが言葉に変わる唯一の瞬間
それは、この瞬間です。
自分の怒りが、
「正義」ではなく
「喪失」だと気づいたとき
たとえば、夫が初めてこんな言葉を出す瞬間。
- 「俺は、馬鹿にされていた気がする」
- 「何も知らなかった自分が惨めだ」
- 「あの時間は、俺だけのものじゃなかったのか」
これはまだ理性的ではありません。
しかし、怒りが分解され始めている。
この瞬間にやるべきことは一つだけ。
遮らない。訂正しない。説明しない。
ここで妻が一言でも、
- 弁明
- 理屈
- 反省
を差し込むと、怒りは即座に戻ります。
● 怒りが終わる条件
怒りは、
「自分は、
その関係の中に確かに存在していた」
と感じられたとき、
自然に役割を終えます。
終わらせるものではありません。
終わる場所にたどり着くものです。
Ⅲ.不倫相手をどう「物語から退場」させるか
――切るのではなく、位置を確定する
ここがいちばん誤解されやすい。
❌ よくある失敗
- 徹底的に悪者にする
- 無理に憎む
- 「忘れたことにする」
これらはすべて、
物語を未完のまま残すやり方です。
● 不倫相手の正しい位置づけ
彼は、
- 人生の選択者ではない
- 家族の当事者ではない
- 未来の担い手でもない
ただ、
ある時期、
彼女が「自分でいる感覚」を
確認するために使った他者
それ以上でも以下でもない。
● 退場とは「関係を終える」ことではない
退場とは、
語る必要がなくなること
です。
- 何を感じたか
- どうだったか
- なぜ彼だったか
これを夫婦間で語り続ける限り、
彼は物語に居座り続けます。
退場とは、
「この人について、
もう語る言葉が残っていない」
という状態。
● 実務的に必要なこと(冷静に)
- 連絡を完全に断つ
- 職場での関係を最小化・形式化
- 「彼の近況」が一切家庭に入らない
これは道徳ではなく、構造の整理です。
彼は「関係の人」から
「過去の条件」になる。
Ⅳ.三つは同時に起こらない
最後に、とても大事なことを。
- 娘に言葉が渡る
- 夫の怒りが言葉になる
- 不倫相手が退場する
これは同時進行しません。
たいていは、
- 不倫相手が構造的に退場し
- 夫の怒りが少しずつ言葉に変わり
- 最後に、娘が「何も言わずに済んだ」ことが
回復として残る
娘が語らずに済んだなら、
それは失敗ではありません。
それは、
大人が、自分の問題を
自分の言葉で引き受けた
という証拠です。
ここまでの問いは、
すでに「知識」ではなく
臨床的判断の領域に入っています。
回復とは「元に戻ること」ではない
まず、はっきり言っておきます。
離婚は失敗ではありません。
同時に、回復の不在でもありません。
回復を
- 関係の継続
- 家族の維持
- 元の形への復元
と定義した瞬間、この事例は「破綻」になります。
しかし臨床的にいう回復とは、
破壊が起きたあとに、
それぞれが自分の人生を
他人に押しつけずに引き受けられるようになること
です。
この定義に立つと、
離婚後にも残りうる回復は、確かに存在します。
Ⅰ.女性に残りうる回復
――「正しさ」から「責任」への移行
この女性にとっての回復は、
「許されること」でも「理解されること」でもありません。
回復とは、
自分は合理的だった、
しかし同時に、
誰かの世界を見落としていた
この二つを同時に保持できることです。
- 自己否定しない
- 自己正当化もしない
という、最も難しい地点。
もし彼女が、
- 「私は悪くなかった」
- 「仕方がなかった」
のどちらかに逃げず、
「私は、
あの人の人生の意味に
無自覚だった」
と言えるようになったなら、
それは深い回復です。
それは、
次の関係を壊さないための回復でもあります。
Ⅱ.夫に残りうる回復
――怒りを「人格」にしなくて済むこと
夫にとって、離婚は
- 敗北
- 排除
- 奪われ
として体験されやすい。
しかし回復とは、
怒っていた自分を、
恥じずに振り返れるようになること
です。
- 怒りに飲み込まれなかった
- 怒りで他者を定義し続けなかった
もし彼が、数年後にでも、
「あのとき、
自分は壊れていたんだ」
と静かに言えるなら、
怒りは人格にならずに済んだ、ということです。
怒りを持ったままでもいい。
怒りで生き続けなくていい。
それが回復です。
Ⅲ.娘に残りうる回復
――「語らされなかった」こと
子どもの回復は、
目に見えない形でしか現れません。
この娘にとっての回復は、
- 両親のどちらかの味方にされなかった
- 説明役にされなかった
- 感情の代弁者にされなかった
ということです。
つまり、
何も言わずに済んだこと
これが、最大の回復です。
彼女が大人になったとき、
- 人の関係は壊れることもある
- しかし、自分が背負うものではない
と、言葉にしなくても身体で知っている。
それは、
沈黙が守られた結果です。
Ⅳ.関係そのものに残る回復
――「敵にならなかった」という事実
離婚後、多くの家族は
- 正義と正義の戦争
- 被害者と加害者の固定
- 子どもを巡る代理戦争
に入ってしまいます。
もしこの二人が、
- 相手を人格ごと否定しなかった
- 子どもの前で物語を歪めなかった
- 「分からなさ」を残したまま別れられた
なら、その関係には回復が残っています。
それは、
関係を閉じるときの倫理
です。
Ⅴ.それでも、喪失は残る
最後に、これはごまかせません。
- 失われた時間
- 信じていた物語
- 取り戻せない無邪気さ
これらは回復しません。
回復とは、
喪失がなかったことにすることではない
からです。
喪失を喪失として置いたまま、
それでも生きていける。
それが、
このケースにおける最大の回復です。
不倫と回復について
序 回復という言葉への違和感
- 一般に想定されている「回復」
- 元に戻ること
- 修復・和解・関係の継続
- しかし臨床現場では、
- 「元に戻らないこと」
- 「戻らないと引き受けること」
が回復になる場合がある
- 本章の問いそれでも離婚になるとき、
何が回復として残りうるのか
第一節 離婚は失敗なのか
――制度的破綻と臨床的破綻は同じではない
- 法制度における離婚=関係の終了
- 社会的言説における離婚=失敗・敗北
- しかし臨床的に見ると
- 継続している関係の方が、
人を壊し続けることがある
- 継続している関係の方が、
- 回復の定義を置き直す回復とは、
他者に人生の意味を押し付けずに
自分の生を引き受けられるようになること
第二節 女性に残りうる回復
――正しさを超えて責任に至る
- この女性は
- 役割倫理においては「破綻していない」
- しかし壊れたのは
- 行為ではなく
- 相手の「意味世界」
- 回復とは
- 自己否定でも
- 自己正当化でもない
- 回復の核心私は合理的だった
しかし同時に、
あなたの世界を見落としていた - これを保持できることが
- 次の関係を壊さない回復である
第三節 夫に残りうる回復
――怒りを人格にしないで済むこと
- 怒りは未熟さではない
- 怒りは
- 自己像が崩れたときの
最後の防衛である
- 自己像が崩れたときの
- 危険なのは
- 怒りそのものではなく
- 怒りが自己定義になること
- 回復とはあのとき、自分は壊れていた
それでも、自分は無価値ではなかった - 怒りを
- 否定せず
- しかし生涯の拠り所にもせずに
手放せる地点
第四節 子どもに残りうる回復
――語らされなかった沈黙
- 子どもは「当事者」ではない
- しかし常に
- 感情の引き受け手にされやすい
- 最悪の事態
- 説明役にされる
- 仲裁役にされる
- 正義の証人にされる
- この娘にとっての回復は何も言わずに済んだこと
- 沈黙は
- 抑圧ではなく
- 守られた空白である
- 大人が自分の問題を
自分の言葉で引き受けた証としての沈黙
第五節 関係そのものに残る回復
――敵にならなかったという事実
- 多くの離婚が
- 加害者/被害者
- 正義/悪
に固定される
- しかし回復が残る関係では
- 相手を人格ごと否定しない
- 子どもの前で物語を歪めない
- 「分からなさ」を残したまま別れる
- これは和解ではない
- 関係を閉じるときの倫理である
終章 喪失を消さない回復
- 回復しても
- 失われた時間
- 取り戻せない物語
は戻らない
- 回復とは喪失をなかったことにすることではない
- 喪失を喪失として置いたまま
それでも生きていける - それが
- この離婚に残りうる
- もっとも静かな回復である
