不安ビジネス

1 不安ビジネスの基本構造

不安を煽る支配・商売には、かなり共通した型があります。

① 不安の生成

  • 「このままでは危険だ」
  • 「あなたは気づいていないが、実は損をしている/遅れている/汚れている」
  • 「普通の人には見えない真実がある」

不安は“欠如”として提示される
(意味・安全・承認・将来・所属の欠如)


② 敵・原因の外在化

  • 新興宗教:社会、悪霊、既存宗教、科学
  • 自己啓発:無知な大衆、古い価値観、ネガティブ思考
  • IT産業:非効率、旧世代、アナログ、人間的な曖昧さ

→ 不安の原因は「自分の内」ではなく
外部の何かとして説明される


③ 即効性のある解決策の提示

  • 信仰・修行・献金
  • セミナー・教材・サロン
  • アプリ・アルゴリズム・最適化

→ 「複雑な問題を、単純な操作で解決できる」という約束


④ 依存の固定化

  • やめると不安が再燃する
  • 成果が出ないのは「努力不足」「信仰不足」
  • アップデート・次の講座・新機能が必要

不安が“解消されない形で管理”される


2 なぜ人は引っかかるのか(責めない理解)

対処を考えるには、まずここが重要です。

人は「不安を持つ存在」だから

  • 不安は病理ではなく、人間の基本条件
  • とくに
    • 孤立
    • 競争
    • 不透明な将来
      が強い社会では、不安は慢性化する

新興宗教も自己啓発もITも、
不安を新しく作っているだけでなく、既にある不安に“名前と物語”を与えている


3 対処の原則(個人レベル)

① 「不安を消そうとしない」

最重要ポイントです。

  • 「この不安をなくせば大丈夫」という発想自体が罠
  • 不安は
    • 管理されると支配になる
    • 引き受けられると自由になる

対処とは

不安をゼロにすること
ではなく
不安があっても判断できる状態を保つこと


② 不安の“時間軸”を引き延ばす

不安ビジネスは「今すぐ」「この瞬間」を強調します。

対抗策:

  • 今すぐ決めなくていい
  • 1週間寝かせる
  • 誰にも説明しない前提で考える

時間を取り戻すこと=主導権を取り戻すこと


③ 「問いの形式」を疑う

彼らは答えを売っているのではなく、
問いの形を独占しています。

例:

  • 「成功するか/失敗するか」
  • 「正しいか/間違っているか」
  • 「救われるか/滅びるか」

対処:

  • その二択以外はないのか?
  • 誰がその問いを立てたのか?
  • その問いに答える必要は本当にあるのか?

④ 身体と生活に戻る

不安ビジネスは、頭の中で完結します。

対処は逆方向:

  • 睡眠
  • 食事
  • 具体的な人間関係
  • 手で触れる作業

身体に戻ると、抽象的な恐怖は弱まる

これは心理技法というより、存在論的な話です。


4 対処の原則(社会・制度レベル)

① 「安心」を商品化しない制度

  • 教育・医療・福祉が弱いほど、不安ビジネスは強くなる
  • 公的制度の空白を、宗教・啓発・ITが埋める

→ 対処は「啓蒙」よりも
不安を生みにくい社会設計


② 専門家が沈黙しない

  • 専門家が「断定を避ける」ほど
  • 断定する怪しい言説が力を持つ

必要なのは:

  • 分からないことは分からないと言う
  • それでも判断するための材料を出す

不確実性に耐える言葉を公共空間に残すこと


5 最後に:決定的な対処法はあるか?

正直に言えば、

不安を煽る支配を完全に防ぐ方法はない

です。

ただし、これだけは言えます。

  • 不安を「利用されるもの」から
  • 「共有され、考えられるもの」へ戻すこと

これができると、

  • 新興宗教は「絶対性」を失い
  • 自己啓発は「魔法」でなくなり
  • ITは「道具」に戻る


1 臨床の場で「不安言説」をどう扱うか

1-1 不安言説は「症状」ではない

新興宗教・自己啓発・陰謀論・IT万能論などの言説は、
臨床的にはしばしばこう誤解されます。

  • 「誤った信念」
  • 「認知の歪み」
  • 「依存・退行」

しかし多くの場合、
**それは症状ではなく、患者が“耐えようとした結果”**です。

不安言説は

世界を理解可能なものとして保つための仮設的構造
であることが多い。


1-2 正誤で切らない

臨床でやってはいけない典型:

  • 「それは科学的に間違っている」
  • 「騙されていますよ」
  • 「考えすぎです」

これをやると、

  • 不安言説は「防衛」として硬化する
  • 治療者=敵/無理解な側になる

代わりに何を見るか

  • その言説が
    • どの不安を
    • どの程度
    • どんな形で
      支えているのか

機能を見る


1-3 「不安を奪わない」介入

重要なのは、

不安言説を剥がすこと
ではなく
不安言説がなくても、崩れない足場を増やすこと

具体的には:

  • 言葉にできない不安を、言葉にする
  • 生活時間・睡眠・食事を回復させる
  • 判断を「先送りできる」感覚を取り戻す

不安言説は、
現実に立つ力が戻ると、自然に薄くなる


1-4 治療者自身の姿勢

治療者が

  • 「答えを持つ者」
  • 「正しい世界像を示す者」

になると、
それ自体が不安ビジネスと同型になります。

治療者はむしろ:

  • 不安を一緒に保持できる他者
  • 決断を急がせない存在
  • 分からなさを共有できる人

であることが、最大の介入になる。


2 日本社会で「不安が商品化されやすい」理由

これは文化論・制度論・臨床論が重なります。


2-1 恥の文化と不安

日本では、不安は

  • 個人の内的問題
  • 説明してはいけないもの
  • 弱さ・未熟さの証

として扱われやすい。

結果:

  • 不安は共有されず
  • 市場に回収される

→ 誰にも言えない不安ほど、金になる。


2-2 「中間集団」の消失

かつてあった:

  • 地域
  • 職場の共同体
  • 宗教(制度宗教として)

これらが弱体化した結果、

  • 不安を雑に受け止める場所が消えた
  • 代わりに
    • 専門家
    • 商品
    • アプリ
      が介在する

不安が
関係ではなく、取引で処理される


2-3 責任の個人化

日本社会では、

  • 構造的問題 → 個人の努力不足
  • 適応できない → 心の弱さ

と翻訳されやすい。

自己啓発・IT・新宗教は、

「あなたが変われば世界は解決する」

という、
一見優しく、実は残酷な物語を提供する。


2-4 専門家の沈黙と断定の空白

  • 専門家は慎重
  • メディアは単純化を好む

この隙間に、

  • 強い言葉
  • 明快な断定
  • 善悪二元論

が流れ込む。

不安は、説明されないと、利用される。


3 回復モデル・実存療法との接点


3-1 回復モデル:不安は消すものではない

回復モデルは、

  • 症状の消失
  • 不安のゼロ化

を目標にしません。

むしろ:

  • 不安があっても生きられる
  • 不安と折り合いながら意味を持てる

不安を人生の構成要素として再配置する

これは、不安ビジネスの真逆です。


3-2 実存療法:不安は条件である

実存療法では、不安は

  • 避けるべきものではなく
  • 生の条件(死・自由・孤独・意味)

不安言説は、

この条件から目を逸らすための仮構

と読むことができる。

治療は:

  • 仮構を暴くことではなく
  • 条件に耐える力を育てること

3-3 「意味」を商品にしない

フランクル的に言えば、

  • 意味は「与えられるもの」ではない
  • 教えられると、むしろ空洞化する

回復モデル/実存療法が大事にするのは、

  • 小さく、個別的で
  • 他人には売れない意味

これが市場に回収されない理由です。


3-4 臨床の役割の再定義

臨床は、

  • 不安を治す場所
    ではなく
  • 不安が語られ、考えられ、共有される場所

である。

この場所が存在する限り、

  • 不安は宗教にならず
  • 不安は商品にならず
  • 不安は支配にならない

結語

不安をなくそうとする社会は、
必ず不安を売る者を生む。

臨床ができる最小で最大の抵抗は、
不安を急がせないことである。



1 まず前提:CBTそのものは「不安ビジネス」ではない

これははっきりさせておきたい。

  • 本来のCBTは
    • 技法の束
    • 仮説検証の枠組み
      であって、
  • 人生観・世界観・倫理を一つに決める理論ではない

問題は
CBTが社会の要請と結合したときに起きる変質です。


2 CBTに対する典型的な誤解

2-1 「不安は歪みである」という誤解

よくある理解:

不安=非合理
修正すべき認知

しかし実際にはCBTでも:

  • 不安はしばしば
    • 合理的
    • 現実的
    • 適応的

問題にされるのは
不安そのものではなく、不安が行動を硬直させる点

誤解されたCBTは、不安を「悪」にしてしまう。


2-2 「正しい考え方がある」という誤解

誤った運用では:

  • 治療者が「正解」を持つ
  • クライアントはそれに近づく

これはCBTの皮をかぶった規範訓練です。

本来のCBTは:

  • 思考は仮説
  • 現実で検証する
  • うまくいかなければ捨てる

思想ではなく道具


2-3 「すぐ効く=よい治療」という誤解

CBTは:

  • 構造化
  • マニュアル化
  • 効果測定が可能

ゆえに:

  • 短期
  • 即効
  • 成果主義

と結びつきやすい。

しかし、

  • 早く効くことと
  • 深く効くこと
    は別です。

3 CBTと不安言説の“危険な接点”

ここが重要です。


3-1 「不安はコントロール可能」というメッセージ

社会がCBTを使うとき、
しばしばこう翻訳されます。

不安はスキルで管理できる
できないのは努力不足

これは:

  • 自己啓発
  • IT最適化
    完全に同型

CBTが
自己責任論の補助輪になる瞬間です。


3-2 測定可能性の罠

  • スコア
  • 評価尺度
  • 改善率

これらは研究には必要ですが、

臨床では:

  • 数値が下がっても、生は痩せる
  • 不安は減っても、意味が消える

という逆転が起きる。


3-3 文脈の剥奪

CBTは「ここ・いま」を扱いやすい。

その結果:

  • 歴史
  • 関係
  • 社会構造

が見えなくなる。

不安が
個人の頭の中に閉じ込められる


4 回復モデル・実存療法との決定的な違い

4-1 不安の位置づけ

観点CBT回復モデル/実存
不安介入対象生の条件
目標機能回復生き方の回復
評価行動・症状意味・関係
治療者技法提供者同伴者

4-2 時間の扱い

  • CBT:
    • 未来の改善を設計する
  • 実存:
    • 過去・現在・未来を抱える

不安言説は常に
「未来の恐怖」を使う。

実存療法は
時間を厚くすることで対抗する。


5 それでもCBTを使うとしたら

ここが現実的な落としどころです。


5-1 CBTを「主治療」にしない

  • CBTは補助輪
  • 松葉杖
  • 道具箱の一つ

世界観にしない


5-2 不安を“検証”ではなく“翻訳”する

  • この不安は何を守っているか
  • どんな価値を含んでいるか

CBT技法を
意味の探索に従属させる


5-3 成果指標を一つにしない

  • スコアは下がったか
  • 生活は広がったか
  • 関係は回復したか
  • 判断を急がなくなったか

複数の軸を持つ。


6 よくある臨床的誤解への一言ずつ

  • 「CBTは浅い」
    → 浅く使われやすいだけ
  • 「CBTは人間を型にはめる」
    → 型にしたがるのは制度
  • 「CBTは実存と対立する」
    → 対立するのは誤用されたCBT

結語

CBTは、
不安を「減らす力」を持つ。

しかし臨床が守るべきなのは、
不安に耐えながら生きる力である。

CBTがそれに従う限り、
有用であり、危険ではない。


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