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第10章 支援が制度に回収される瞬間

第10章 支援が制度に回収される瞬間――善意が管理に変わるとき 一人の精神保健福祉士の話を聞いたことがある。 彼女は学生時代、精神科病院の長期入院患者たちと出会い、「この人たちが地域で生きられるよう支援したい」という強い思いで福祉の道に入っ...
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第9章 「回復しないという生き方」の倫理

第9章 「回復しないという生き方」の倫理――治らないこと、変われないことをめぐって 七十代の男性患者がいた。 統合失調症の診断を受けてから、四十年以上が経っていた。その間、入退院を繰り返し、薬を変え、さまざまな支援プログラムを経験した。症状...
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第8章 回復が義務になるとき

第8章 回復が義務になるとき――希望・自己決定・前向きさの超自我化 ある患者が、こう言った。 「回復しなければいけないとわかっています。前向きにならなければいけないとわかっています。でも、できないんです。できない自分が、さらに情けなくて」 ...
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第7章 回復モデルとは何だったのか

第7章 回復モデルとは何だったのか――反体制的思想としての出発点 一九七〇年代のアメリカに、一人の女性がいた。 パトリシア・ディーガンという名の彼女は、十七歳のときに統合失調症と診断され、精神科病院に入院した。医師からは「この病気は慢性的な...
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第6章 医療・福祉という最後の緩衝材

第6章 医療・福祉という最後の緩衝材――なぜここにすべてが押し寄せるのか 「先生、もうここしかないんです」 そう言って診察室に来る人がいる。 仕事を失い、家族とも疎遠になり、行政の窓口をいくつか回ったが「うちの管轄ではない」と言われ続け、最...
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第5章 社会的抑うつとパニック

第5章 社会的抑うつとパニック――臨床の比喩としての現代日本 精神科医は、個人を診る。 しかしときに、窓の外を見るような気持ちになることがある。目の前の患者が語る苦しみの輪郭が、社会全体の輪郭と重なって見える瞬間がある。これは錯覚ではないと...
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第4章 超自我化する国家

第4章 超自我化する国家――フロイト的視点から見た統治と自己責任論 ある患者のことを思い出す。 四十代の女性で、長年にわたって職場でのハラスメントに耐えてきた人だった。上司から繰り返し「お前は使えない」「なぜそんなこともできないのか」と言わ...
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第3章 なぜ危機は「怒り」にならないのか

第3章 なぜ危機は「怒り」にならないのか――超自我化する国家とアパシーの社会心理 フランスでは、燃料税の引き上げに反対する市民が「黄色いベスト」を着て街頭に出た。韓国では、大統領の不正が発覚するたびに、数十万人が広場に集まってキャンドルを灯...
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第2章 金融化される不安

第2章 金融化される不安――円安・債券安・トリプル安と国家の自己防衛 不安は、もともと私的なものだった。 夜中に目が覚めて、漠然とした胸苦しさを感じる。明日の仕事のこと、子どもの将来のこと、老後の生活のこと。その不安は、個人の心の中に生まれ...
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第1章 新自由主義日本という「症例」

第1章 新自由主義日本という「症例」――資本の論理と生活世界の疲弊 医師は患者を診るとき、まず「症例」として整理する。 症例とは、個々の症状をばらばらに列挙することではない。発熱・咳・倦怠感という三つの症状が、実は一つの感染症から派生してい...