生物心理社会モデルの興隆と衰退 S. Nassir Ghaemi 


BJPsych
The British Journal of Psychiatry (2009)
195, 3-4. doi: 10.1192/bjp.bp.109.063859

論説

生物心理社会モデルの興隆と衰退

S. Nassir Ghaemi

要約
生物心理社会モデルは、現代精神医学における概念的な現状維持(status quo)である。精神医学における独断主義との闘いにおいて重要な役割を果たしてきたが、現在では単なる折衷主義に成り下がっている。William Oslerの医学的人間主義やKarl Jaspersの方法論に基づく精神医学など、他の非還元主義的な医学・精神医学へのアプローチを再考すべきである。

利益相反の申告
過去12ヶ月において、S.N.G.はファイザー社から研究助成金を、ブリストル・マイヤーズ スクイブ社およびアストラゼネカ社から謝礼金を受領している。本人およびその家族は、製薬会社の株式を保有していない。

S. Nassir Ghaemi(写真)、タフツ大学精神医学教授。『The Concepts of Psychiatry』の著者であり、近刊『The Rise and Fall of the Biopsychosocial Model』の著者でもある。

概念的な現状維持

現代精神医学の主流イデオロギーは、生物心理社会モデルである。精神医学を生物学的すぎると考える多くの人々は、このモデルへのより強い忠誠を提唱している。「医学モデル」を公然と支持する者はほとんどいない¹。医学モデルと比較して、生物心理社会モデルを(心理社会的科学を含め)より科学的と見なす者もいれば(George Engelなど)²、より実用的あるいは人間主義的と見なす者もいる。生物学的精神医学への不満は、一部には、製薬会社、保険業界、あるいは国民保健計画によって心理社会的介入よりも薬理学的介入を優先するために利用される「エビデンスに基づいた」実践への反発と関わっている。生物心理社会モデルはその対抗策と見なされているが、精神医学の生物学化に抵抗するための説得力のある概念的または経験的根拠を提供できず、むしろその原因の一つとなっている可能性すらある。問題は、多くの人が想定するように、モデルの導入の失敗にあるのではなく、おそらくモデル自体の失敗に存在する。

このモデルの主張は、その創始者であるEngelの言葉を借りれば、「生物学的、心理的、社会的という3つのレベルすべてが、あらゆる医療ケアの課題において考慮されなければならない」³ということである。いかなる単一の疾患、患者、あるいは状態も、いずれか一つの側面に還元することはできない。それらはすべて、あらゆる場合に、多かれ少なかれ等しく関連しているのである。

起源

歴史は重要である。精神身体医学(フロイトの弟子であるFranz Alexanderによって創設された)にルーツを持つEngelは、医学を心理学化しようとしていた(現在の生物心理社会モデルの支持者は、精神医学の医学化を避けようとしている)。Alexanderのもとで精神分析の訓練を受けた内科医であるEngelは、機能性消化管障害(特に潰瘍性大腸炎)の専門家であった。Engelは、精神疾患ではなく、医学的疾患に焦点を当てた。彼の古典的な論文では、精神疾患ではなく、心筋梗塞や消化器系疾患の患者について記述している。彼は両者を区別しなかった。彼は、このモデルがあらゆる疾患に適用されると信じていたが、精神疾患への関連性を示すことは決してなく、それを当然のこととしていた。

生物心理社会という概念は1950年代には存在していた。Roy Grinker(フロイトの分析を受け、後にAlexanderのグループの一員となった神経学者兼精神科医)は、実際にはEngelよりもずっと早く(1954年 対 1977年)、『生物心理社会(biopsychosocial)』という用語を作り出していた⁴。Grinkerは精神分析的正統派に対抗して「生物(bio)」を強調するために精神医学にこの用語を適用し、Engelは心理社会的な側面を強調するために医学に適用した。Grinkerは生物心理社会アプローチの限界について率直であった。彼は精神医学の「統一場理論」を退け、特異性が必要とされる研究においては生物心理社会的な全体論を否定した。一方、Engelは、生物心理社会モデルが「研究の青写真、教育の枠組み、そして現実の医療世界における実践のための設計」であると主張した²。

生物心理社会の旗印が米国で掲げられたのは1980年頃であり、DSM-IIIと精神薬理学の台頭、そして精神分析の衰退と時を同じくしていた。ある歴史家が示唆するように、生物心理社会モデルは、精神分析を「裏口から」維持する方法だったのかもしれない⁵。この解釈は、最近の生物心理社会に関するマニュアルによって裏付けられている。これらのマニュアルは、モデルの定式化の一部として(防衛機制のような)精神分析的概念を圧倒的に記述しており、生物学的あるいは社会的特徴にはほとんど注意を払っていない⁶。

折衷主義

上記の正式な定義を超えて、生物心理社会モデルにはもう一つの、めったに明言されない究極的な論理的根拠が存在する。それは折衷主義である。Grinkerは、精神分析的独断主義に対抗して「折衷主義のための闘い」を率直に主張した⁴。しかし、Grinkerが冷静かつ目標を限定していたのに対し、Engelは誇大的であった。Grinkerはその要点を特定していた。生物心理社会モデルの支持者は、実際には折衷的な自由、すなわち「患者に合わせた治療の個別化」能力を求めているのである。これは、実際には、自分がやりたいことは何でもできるということを意味するようになった。この折衷的な自由は無政府状態に瀕している。望むなら「生物」を強調することも、「心理」(多くの生物心理社会モデル支持者の間では通常、精神分析的)を強調することも、「社会」を強調することもできる。しかし、どちらの方向に向かうべきかという論理的根拠は存在しない。それは、レストランに行ってレシピではなく材料のリストを渡され⁷、好きなように組み合わせることができるようなものだ。これは究極のパラドックスを生む。何でも自由に選択できる結果、人は(意識的か無意識的かにかかわらず)自分自身の独断(ドグマ)を実行することになる。ヘーゲル的悲劇のように、折衷主義は独断主義を生み、無政府状態は専制政治へとつながる。そして誰もが不満を述べ、さらなる自由を要求する。それは、そもそも現状維持(status quo)を招いたモデルそのものを、さらに求めることに他ならない。

擁護論

生物心理社会モデルの支持者は、概念的および経験的な擁護論を提唱するかもしれない。一つの概念的な擁護論は、

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還元主義に対抗するものとしての、全体論(holism)の利点に基づいている。GrinkerとEngelは、生物学における一般システム理論を用いてこのアプローチをとった⁸。基本的な考え方は「多ければ多いほど良い」というものであり、より多くの視点を加えることで、非常に複雑な現実にますます近づき、真理に到達するというものである。これは常識かもしれないが、科学的な意味ではない。還元主義が常に誤りであるとは限らない。長年、古典的な精神身体疾患と考えられてきた消化性潰瘍は、ヘリコバクター・ピロリ菌が原因であることが証明された。科学の真骨頂として、一見複雑なものが単純であることが証明されたのである。

もう一つの概念的な擁護論は、生物心理社会モデルを発見的に(heuristically)捉え、疾患の3つの側面に注意を払うよう我々に促すものと見なす。その場合、問題は「どのように選択するか?」ということになる。一つの側面を他の側面よりどのように優先順位付けするのか? エビデンスに基づいた医療が選択のメカニズムを提供すると提案する者もいるかもしれないが、多くの場合、エビデンスは限定的か、あるいは存在しない。古典的に提唱された生物心理社会モデルは、どのように優先順位付けすべきかについて我々を導かない。その結果、優先順位付けは個々人の好みによってその場しのぎで行われ、モデルは洗練を装いながら単なる折衷主義に成り下がる。

「多ければ多いほど良い」という哲学に対する経験的な擁護論は、薬物療法と心理療法は、常に、そして本質的に、どちらか一方だけよりも効果的であるという、折衷的な生物心理社会の直感に基づいてなされることがある。経験的には、そうである場合もあれば、そうでない場合もある。一つの方法や治療法を純粋に用いる方が、複数のアプローチを併用するよりも良い結果を生んだり、より妥当であったりすることも多い。

代替案

選択肢はこれらだけなのだろうか? すなわち、生物医学的還元主義(「医学モデル」)か、生物心理社会モデルか。加算的折衷主義(多ければ多いほど良い)か、独断主義か。生物心理社会アプローチは、藁人形論法(の藁人形)を相手にするときにのみ輝きを放つ。独断主義に対する代替案は、加算的折衷主義の他にも、Karl Jaspersが提唱した方法論に基づく精神医学がある。また、「冷たく非人間的な」生物医学モデル²に対する代替案として、William Oslerが展開した医学的人間主義モデルがある⁸。

理論がその方法論とともに興亡することに気づいていたJaspersは、精神医学における二つの主要な方法論を見出した。すなわち、客観的/経験的なものと、主観的/解釈的なものである。方法論が理論の長所と短所を決定する。Jaspersは、どちらか一方の方法論を擁護するのではなく、方法論的意識(methodological consciousness)を求めた。我々は、どの方法論を用いているのか、その長所と限界、そしてなぜそれを用いるのかを意識する必要がある。独断主義者は一つの方法論で十分だと考え、生物心理社会的な折衷主義者は方法論は常に組み合わせるべきだと考え、Jaspersは(状態に応じて)あるときは一つの方法論が、またあるときは別の方法論が最善だと考えた⁹。多くの臨床家は多元論的(pluralistic)と折衷主義的(eclectic)という用語を混同しているため、おそらくJaspersの非独断的・非折衷主義的アプローチは、(エビデンスに基づいた医療になぞらえて)方法論に基づく精神医学(method-based psychiatry)と呼ぶべきだろう。

Osler(ヒポクラテスを近代化させた)は、医師の役割は、疾患を持つ人間そのもの、すなわち人に注意を払いながら、身体の疾患を治療すること(生物医学的還元主義)であると論じた。Oslerは医学モデルを非還元主義的に適用した。疾患が存在する場合は身体を治療し、疾患が改善はするが治癒はしない場合はリスクに注意を払いながら治療を続け、疾患が存在しない場合(例えば、咳はあっても肺炎ではないなど、症状や兆候はあるが疾患はない患者)は、人としての人間に注意を払う¹⁰。このアプローチ(ヒポクラテスの目的、すなわち「ときに癒し、しばしば和らげ、つねに慰める」を捉えている)は、生物心理社会モデルのすべての長所を持ち、弱点は一つもない。

Oslerは、医学は科学に基づく技術(アート)であり、単なる科学ではなく、また単なるアートでもないと教えた。Engelは、医学のアートという概念を明確に否定し、それが心理社会的要因を特異な対人スキルへと貶めるものだと論じた。Oslerは医学の科学を生物学的なもの、アートを人間主義的なものと見なした。それゆえ彼は、古典、文学、詩といった人文科学から人間について学ぶことを提唱した。Engelはこの見解を明確に否定した²。Engelの生物心理社会モデルは、この意味で反人間主義的である。医学は、科学と人文科学という有名な二分法をまたいでいる。Oslerは医学的人間主義を通じて両者の橋渡しを試み、Engelは心理学化された科学主義を通じて橋渡しを試みた。

未来

社会疫学や発達生物学/精神病理学などにおいて、EngelやGrinkerのものよりも優れた、新しく改良された生物心理社会アプローチが出現するかもしれない。そのような努力は賞賛に値するが、それらがどのようにして医学や精神医学のための新しいモデルを提供するのか、あるいは医学的人間主義やJaspersの方法論に基づく精神医学をどのように改善するのかは不明確である。

生物心理社会モデルは、生物医学的還元主義への反動として、その時代においては価値があったが、その歴史的役割は終わった。精神疾患は複雑であり、生物学だけでは不十分である。しかし、だからといって生物心理社会モデルが必然的に導かれるわけではない。より折衷的でなく、より一般的でなく、より曖昧でない他の代替案が存在する。精神医学は、使い古されたレッテルを再訪するのではなく、それらに目を向けるべきであろう。

S. Nassir Ghaemi, MD, MPH, Tufts Medical Center, Department of Psychiatry, Box
1007, 800 Washington Street, Boston, MA 02111, USA. Email:
nghaemi@tuftsmedicalcenter.org

初投稿 2009年1月15日、最終改訂 2009年3月20日、受理 2009年3月24日

参考文献

1 Craddock N, Antebi D, Attenburrow MJ, Bailey A, Carson A, Cowen P, et al. Wake-up call for British psychiatry. Br J Psychiatry 2008; 193: 6-9.
2 Engel GL. The need for a new medical model: a challenge for biomedicine. Science 1977; 196: 129-36.
3 Engel GL. The biopsychosocial model and the education of health professionals. Ann N Y Acad Sci 1978; 310: 169-87.
4 Grinker Sr RR. A struggle for eclecticism. Am J Psychiatry 1964; 121: 451-7.
5 Shorter E. The history of the biopsychosocial approach in medicine: before and after Engel. In Biopsychosocial Medicine: An Integrated Approach to Understanding Illness (ed P White): 1-19. Oxford University Press, 2005.
6 Campbell W, Rohrbaugh R. The Biopsychosocial Formulation Manual. Routledge, 2006.
7 McHugh P, Slavney P. Perspectives of Psychiatry (2nd edn). Johns Hopkins University Press, 1998.
8 Osler W. Aequanimitas (3rd edn). The Blakiston Company, 1932.
9 Ghaemi SN. The Concepts of Psychiatry: A Pluralistic Approach to the Mind and Mental Illness. Johns Hopkins University Press, 2007.
10 Ghaemi SN. Toward a Hippocratic psychopharmacology. Can J Psychiatry 2008; 53: 189-96.

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https://doi.org/10.1192/bjp.bp.109.063859 Published online by Cambridge University Press

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