Polyvagal Theory(ポリヴェーガル理論) はアメリカの神経科学者 Stephen Porges(スティーブン・ポージェス) 博士によって提唱された理論です。
✅ 概要:Polyvagal Theory(ポリヴェーガル理論)
ポリヴェーガル理論は、自律神経系の働きを従来の「交感神経と副交感神経」の二分法ではなく、より進化的・機能的に3つの反応システムで捉える理論です。
🧠 背景:従来の理解
自律神経系の2系統
- 交感神経系:戦う・逃げる(fight or flight)
- 副交感神経系:休む・消化する(rest and digest)
しかしこの二分法では、トラウマや解離、社会的つながりなどの「複雑な反応」が説明しきれませんでした。
🌱 ポリヴェーガル理論の特徴
🔹 ポージェス博士が示した「迷走神経(Vagus nerve)」の2系統
副交感神経の中でも、迷走神経が実は2種類あるというのが核心です:
- 背側迷走神経複合体(Dorsal Vagal Complex, DVC)
- 古い進化的系統(爬虫類的)
- 凍結(freeze)、解離、無気力、シャットダウンなど
- 命の危機に対する「シャットダウン反応」
- 腹側迷走神経複合体(Ventral Vagal Complex, VVC)
- 新しい進化的系統(哺乳類的)
- 安全感、社会的交流、安心、共感、遊びなど
- 他者とつながる時に働く「社会的関与システム」
🔺 三つの階層構造(Polyvagal Hierarchy)
- 安全状態(腹側迷走神経優位)
- 落ち着き、共感、遊び、対話、治癒が可能
- 脅威状態(交感神経優位)
- 不安、闘争、逃走、過敏
- 絶望状態(背側迷走神経優位)
- 無力、解離、シャットダウン、うつ的感覚
この順番は進化的な順番にも対応しています(哺乳類 → 爬虫類)。
👶 応用分野
- トラウマ治療(例:センサリーモーター心理療法、SE、IFSなど)
- 発達障害支援(ASD児への感覚調整)
- 愛着障害、解離症状への理解
- ソマティック心理療法(身体志向心理療法)
🛠 実践例:ポリヴェーガル理論に基づく介入
状態 | 特徴 | 支援方法 |
---|---|---|
腹側迷走神経優位 | 安心・つながり・遊び | やさしい声かけ、安全な場、アイコンタクト |
交感神経優位 | 不安・攻撃性・回避 | 呼吸法、運動、安心感の再獲得 |
背側迷走神経優位 | 無気力・フリーズ・解離 | ゆっくりした身体覚醒、体に注意を向ける |
📚 参考文献(和訳あり)
- Stephen Porges著『ポリヴェーガル理論:トラウマと自律神経に働きかける新しいアプローチ』(星和書店)
- Deb Dana著『ポリヴェーガル理論を実践する』(トラウマ臨床での応用に特化)
トラウマを抱えるクライアントに向けて「ポリヴェーガル理論」をやさしく説明。心理療法の導入や psychoeducation(心理教育)。
🌿からだが守ってくれていること 〜ポリヴェーガル理論のやさしいお話〜
わたしたちのこころとからだは、いつも一緒に働いています。
特につらい経験(トラウマ)をしたあと、からだは「もう二度とあんなことが起こらないように」とがんばって守ろうとします。
その働きをしているのが、**自律神経(じりつしんけい)**という体のしくみです。
🌀 からだの中には「3つのモード」があります
- 安心モード(社会とつながる)
- 心が落ち着いていて、人と笑ったり、やさしい声で話したり、音楽を楽しんだりできるとき。
- 「大丈夫」と感じているときです。
- このとき体の中では「腹側迷走神経(ふくそく・めいそうしんけい)」という部分が働いています。
- 戦う・逃げるモード(交感神経)
- 危険を感じて、体が緊張したり、心臓がドキドキしたり、イライラしたり、ソワソワするとき。
- からだが「逃げよう!」「戦おう!」と準備している状態です。
- シャットダウンモード(フリーズ)
- ひどく怖いことがあって、「もうムリ」「消えてしまいたい」「何も感じたくない」と思うとき。
- 体がストップしてしまうような感じ。無気力やぼんやり感、解離(かいり)の感覚もこの状態です。
- 「背側迷走神経(はいそく・めいそうしんけい)」が働いています。
🧭 どれも「あなたを守るため」の大切な反応です
つらい記憶や人間関係で傷ついたとき、あなたのからだは「何か危ない」と感じ、
自然にこの3つのモードを使って、守ろうとしてくれます。
「なぜ自分は、あのとき何もできなかったんだろう」
「どうしてすぐにイライラしてしまうんだろう」
そんなふうに思うことがあるかもしれません。
でも、それはあなたが弱いからでも、悪いからでもありません。
それは、あなたの神経があなたを守るために選んだ反応なのです。
🌤 安全を感じると、自然と安心モードに戻ってきます
- やさしい音(小鳥の声、穏やかな音楽)
- ゆっくりとした深呼吸
- 信頼できる人とのやりとり
- 心地よい温度、やわらかい毛布、好きなにおい
こうした**「今ここに安全がある」という体験**が、神経のスイッチを「安心モード」に戻す手助けになります。
🌱 少しずつ、体と心の信頼を育てていく
ポリヴェーガル理論は、「心の問題は、からだの声も聴いてあげることが大切」という考え方です。
セラピーでは、あなたのからだの反応を責めたり抑え込んだりせず、
「その反応が生まれた理由」に寄り添いながら、
少しずつ、安全とつながりを取り戻す道を歩んでいきます。
💬 最後に
あなたの体は、ずっとあなたを守ってきました。
その働きを理解し、やさしく見守っていくこと。
それが、回復の一歩となるのです。
ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)とACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)やCBT(認知行動療法)との理論的な接続は、以下のように整理できます。特にトラウマケアや情動調整の観点からの統合的理解が進んでいます。
🧠【1】ポリヴェーガル理論 × CBT(認知行動療法)
▶ 接続点:自動思考と自律神経の「状態依存性」
項目 | CBT | ポリヴェーガル理論 |
---|---|---|
基本前提 | 思考・感情・行動は相互に影響 | 神経系の「状態」が、思考・感情・行動を左右 |
焦点 | 自動思考の修正、行動の再構築 | 神経系の安全・脅威・フリーズ状態の認識 |
介入例 | コラム法、行動活性化、暴露 | 安全リソースの構築、腹側迷走神経へのアクセス |
🧩 接続的解釈
- CBTの「自動思考」は、**交感神経優位(闘争・逃走)や背側迷走神経優位(フリーズ)**のときにネガティブになりやすい。
- つまり、自律神経の状態(身体)を整えなければ、思考の再構成は難しい。
- ポリヴェーガル理論は、CBTの前段階に必要な身体の「安心状態」づくりを理論的に支える。
🌱 統合アプローチの例
- セッション前にグラウンディング・呼吸法を導入し、安全感をつくってから認知再構成を行う
- 認知コラム記入時に「そのときの身体の感覚」も記述させる → 状態依存性を可視化
💫【2】ポリヴェーガル理論 × ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)
▶ 接続点:身体感覚への気づき・コンパッション・価値志向
項目 | ACT | ポリヴェーガル理論 |
---|---|---|
中心概念 | 「今ここの体験」へのアクセプタンス | 自律神経系の「状態」と安全の探索 |
介入法 | マインドフルネス、脱フュージョン、価値の明確化 | 神経系を調整する呼吸・社会的関与 |
共通目的 | 苦痛と共に生きながら価値に従って行動する | 状態を理解し、安全とつながりを取り戻す |
🧩 接続的解釈
- ACTの「今ここに気づく練習(マインドフルネス)」は、腹側迷走神経を活性化し、安全な神経状態へと導く。
- 脱フュージョン(thought ≠ self)とポリヴェーガルの「状態と自己の分離」は互いに補完的。
- ACTの「自己への思いやり(セルフ・コンパッション)」は、神経系を安心モードに導く力を持つ。
🌱 統合アプローチの例
- 「今どの神経モードにいる?」を体験と一緒に言語化 → 認識することが脱フュージョンを促進
- 状態の変化と「価値との距離」をマッピングし、自己選択感を回復する
🪴【3】実際の統合的活用場面
クライアント状態 | CBTだけで難しい場面 | ポリヴェーガル理論の統合 |
---|---|---|
過覚醒(パニック、不安) | 認知再構成が難しい、暴露が逆効果 | 安心モードをつくるボトムアップアプローチが先行 |
解離(感情がわからない) | セルフモニタリング困難 | 背側迷走神経優位の理解と、穏やかな覚醒の促進 |
倦怠・無力(うつ傾向) | 行動活性化が進まない | 「安心できる感覚」による内的安全の回復が鍵 |
📌 補足:三者の視点まとめ
理論 | 主な焦点 | 強み | 弱点の補完対象 |
---|---|---|---|
CBT | 思考と行動 | 構造化・実証性 | 身体感覚やトラウマ反応の軽視 |
ACT | 受容と価値 | 自己との関係・柔軟性 | 身体調整の明確な理論が弱い |
ポリヴェーガル | 自律神経と安全 | 状態変化の理解と調整 | 認知や行動変容の枠組みが弱い |
🔧 統合的実践のキーワード
- 状態 → 気づき → 受容 → 行動
(安全な神経状態を土台に、マインドフルに選択し、価値に沿って行動する)