5.遺伝研究:統合失調症とうつ病の関連性をめぐって


5. 遺伝研究:統合失調症とうつ病の関連性をめぐって


精神疾患の遺伝的基盤を探る

精神疾患、とりわけ統合失調症および気分障害(うつ病、双極性障害)は、長らく遺伝的素因の関与が示唆されてきた。20世紀前半には家族歴研究により、統合失調症の親族においては同疾患の発症率が高いことが指摘され、気分障害にも同様の傾向が見られていた。こうした観察に端を発し、分子遺伝学的手法の進展とともに、各疾患における遺伝的要因の重なりと差異が明らかになってきている。


双極性障害と統合失調症の遺伝的近縁性

近年の大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS: Genome-Wide Association Study)により、統合失調症と双極性障害は遺伝的リスクの約15~20%を共有していることが報告されている(Cross-Disorder Group of the Psychiatric Genomics Consortium, 2013)。この発見は、「統合失調感情障害」という診断概念の妥当性を支持するのみならず、両疾患がスペクトラム上に連続的に存在している可能性を示唆している。

さらに、統合失調症と双極性障害に共通するCACNA1C, ANK3, ZNF804Aなどの遺伝子座が同定されており、これらは神経伝達、シナプス可塑性、感情調節に関連する分子群である。臨床的にも、双極性障害の躁状態における思考障害や幻覚・妄想と、統合失調症の急性期症状との類似性は、この遺伝的背景の共通性を反映していると考えられる。


単極性うつ病は別系統のカテゴリーか

一方、単極性うつ病(いわゆる大うつ病性障害)は、双極性障害や統合失調症とある程度の遺伝的共通点を持ちながらも、独立したカテゴリーであるという立場が強まっている。GWASにおいても、単極性うつ病に特異的なリスク遺伝子(例:SIRT1, LHPP, NEGR1など)が複数報告されており、それらはストレス応答や神経可塑性、神経栄養因子の調節に関連している(Howard et al., 2019)。

また、双極性障害の家系ではうつ病よりも躁病の発症リスクが高く、うつ病の家系では統合失調症や双極性障害の発症リスクは相対的に低いとする疫学的研究もあり(Lichtenstein et al., 2009)、単極性うつ病は双極性障害や統合失調症とは異なる遺伝的背景を有する可能性が示唆される。


統合失調症と神経発達症の遺伝的関連

統合失調症の遺伝子研究において注目すべきは、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)といった神経発達症との遺伝的重複である。CNV(コピー数多型)解析では、22q11.2欠失症候群、1q21.1重複、16p11.2欠失などが統合失調症とASDの両方に関連しており、統合失調症を神経発達スペクトラムの延長として理解する視点が提起されている(Malhotra & Sebat, 2012)。この点については次章でより詳しく述べる。


臨床的・診断的意義

これらの知見は、精神疾患を従来のカテゴリー診断から、より次元的・生物学的に再定義する必要性を強調している。とりわけ、統合失調症と双極性障害を異なる疾患と見なす従来の枠組みは、「精神病スペクトラム(psychosis spectrum)」という連続体モデルへと再構成されつつある

また、家族歴や遺伝的リスク情報の把握は、治療方針の決定や再発予防、早期介入の観点からも重要性を増しており、今後は**遺伝的プロファイルに基づく個別化医療(precision psychiatry)**の実現が期待される。


参考文献(第5章)

  • Cross-Disorder Group of the Psychiatric Genomics Consortium. (2013). Genetic relationship between five psychiatric disorders estimated from genome-wide SNPs. Nature Genetics, 45(9), 984–994.
  • Howard, D. M., Adams, M. J., Clarke, T. K., et al. (2019). Genome-wide meta-analysis of depression identifies 102 independent variants and highlights the importance of the prefrontal brain regions. Nature Neuroscience, 22(3), 343–352.
  • Lichtenstein, P., Yip, B. H., Björk, C., et al. (2009). Common genetic determinants of schizophrenia and bipolar disorder in Swedish families: a population-based study. The Lancet, 373(9659), 234–239.
  • Malhotra, D., & Sebat, J. (2012). CNVs: Harbingers of a rare variant revolution in psychiatric genetics. Cell, 148(6), 1223–1241.
  • Sullivan, P. F., Daly, M. J., & O’Donovan, M. (2018). Genetic architectures of psychiatric disorders: the emerging picture and its implications. Nature Reviews Genetics, 19(8), 537–551.

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