Fristonのマルコフブランケット形式化
概要
Karl Fristonは、自由エネルギー原理(Free Energy Principle, FEP) の文脈でマルコフブランケットを用い、「自己組織化するシステムが環境から統計的に分離される」構造を形式化した。
1. マルコフブランケットとは(Pearlの定義から)
元々はJudea Pearlによる確率グラフモデルの概念:
ノード $\mu$ のマルコフブランケット $b$ とは、$b$ を条件付けると $\mu$ が残りのネットワークから条件付き独立になるノードの集合。
$$ p(\mu \mid b, \eta) = p(\mu \mid b) $$
ここで $\eta$ は $b$ の外部ノード群。
2. Fristonによる4分割の形式化
Fristonはシステムの状態を以下の 4つのパーティション に分割する:
$$ x = (\eta, s, a, \mu) $$
| 記号 | 名称 | 役割 |
|---|---|---|
| $\eta$ | 外部状態 (External states) | 環境・世界 |
| $s$ | 感覚状態 (Sensory states) | $\eta \to \mu$ への影響を媒介 |
| $a$ | 行動状態 (Active states) | $\mu \to \eta$ への影響を媒介 |
| $\mu$ | 内部状態 (Internal states) | 自律システムの内部 |
ブランケット $b = (s, a)$ が $\mu$ と $\eta$ を分離する:
$$ \boxed{p(\mu, \eta \mid s, a) = p(\mu \mid s, a), p(\eta \mid s, a)} $$
3. 結合確率の因数分解
動力学的な(確率微分方程式ベースの)定式化では、定常状態の結合密度が:
$$ p(\eta, s, a, \mu) = p(\eta \mid b), p(\mu \mid b), p(b) $$
と因数分解される。これは:
- $\eta \perp!!!\perp \mu \mid b$(外部と内部は、ブランケット条件下で独立)
を意味する。
4. 非平衡定常状態(NESS)との接続
Fristonは Langevin方程式 を出発点とする:
$$ \dot{x} = f(x) + \omega, \quad \omega \sim \mathcal{N}(0, 2\Gamma) $$
定常分布 $p^*(x)$ が存在するとき、NESS(非平衡定常状態) における確率流は:
$$ f(x) = (\Gamma – Q),\nabla \ln p^*(x) $$
ここで $Q$ は反対称行列(渦流成分)。マルコフブランケット構造は、この流れの スパース結合パターン として現れる:
$$ Q_{ij} = 0 \quad \text{(ブランケットを越えない結合)} $$
5. 変分自由エネルギーとの接続
内部状態 $\mu$ は、外部状態 $\eta$ の 変分ベイズ推論 を実行していると解釈できる:
$$ F(\mu, b) = \underbrace{D_{\text{KL}}\bigl[q_\mu(\eta) ,|, p(\eta \mid b)\bigr]}_{\geq 0} + \ln p(b)^{-1} $$
自由エネルギー $F$ を最小化することが:
- 知覚(Perception):内部状態 $\mu$ による $\eta$ の推論
- 行動(Action):$a$ による感覚状態の最適化
の両方を統一的に記述する。
6. 構造の階層的ネスト
マルコフブランケットは 入れ子構造(nested) を持つ:
[ 環境 η ]
↕ (感覚・行動)
[ ブランケット b = (s, a) ]
↕
[ 内部 μ ]
↕ (内部のブランケット)
[ さらに深い内部 ]
これにより、細胞 → 臓器 → 個体 → 社会 のような スケールをまたいだ自己組織化 を同じ形式で記述できる。
まとめ
| 概念 | 意味 |
|---|---|
| マルコフブランケット | 自己と環境の統計的境界 |
| NESS定常分布 | ブランケット構造の動力学的起源 |
| 変分自由エネルギー | 内部状態が最小化する目的関数 |
| 能動的推論 | 知覚+行動を自由エネルギー最小化に統一 |
Fristonの核心的主張は、「マルコフブランケットを持つあらゆるシステムは、必然的に(暗黙に)変分ベイズ推論を行っている」というものであり、これが生命・認知・社会を統一的に扱う理論的基盤となっている。

