世界モデルは案外少数の素材から構成されている

人間の個人の世界モデルを考えてみて、
その素材と構造を考えると、
素材(つまり参照する体験)は無数にあるはずと思うが、主要なものは限られているように感じる。
案外少ない素材から世界モデルは組み立てられているのではないかと思う。
何度も繰り返し参照される自己体験は少数であるような気がする。
そうした少数の素材によって全体のトーンが決定されるのだろう。
あるいは逆説的に、全体のトーンの傾向があらかじめ決定されていて、それにふさわしいような、少数の素材が残ると言えるのかも知れない。

脳の情報処理システムを考えてみても、多数の素材を常時、第一線に表示しているわけではないだろう。

実際は、記憶は消滅しているのではないことも理解できる。
長い時間の後に、はっきりと表面に浮かび上がってくる記憶もあり、それは不思議である。

世界モデルは案外少数の素材から構成されているからこそ、
他人がその人を理解できるのかもしれない。

夫婦や友人が時間を共有するのは、そのような少数の素材を共有することなのだろう。

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