夏樹静子『椅子がこわい―私の腰痛放浪記』
「ミステリーの女王」として知られる作家・夏樹静子による、実体験に基づいたノンフィクションの闘病記です(文春文庫ほかで刊行。新潮文庫では『腰痛放浪記 椅子がこわい』として改題収録)。
発症と症状
1993年1月、著者は原因不明の激しい腰痛と、それに伴う奇怪ともいえる異様な症状・障害に苦しみ始めます。柔らかい椅子にはとうてい座れず、何かに凭れないとじっとしていられないほどの痛みで、眠りを何度も破られるほどでした。レストランにも劇場にも行けず、電車にも飛行機にも乗れないため旅行もできず、取材を必要とする作家にとっては致命的な状態でした。
「放浪」の日々
腰痛の原因を突き止めるため、内科・整形外科・眼科・鍼灸・整体・漢方・脳神経科、さらには民間療法やお祓いまで、あらゆる治療を渡り歩きます。しかし器質的には何の異常も見つかりません。「何の異常もないのにこんなに激しい痛みが起こるはずがない」と各地の名医を「放浪」し続けますが、どれも効果なく悪化するばかりでした。
絶望と「死」の影
発病後2年ほどで著者はほとんど仕事ができなくなり、不治の病と思い込み、「このまま死ぬか、自殺するか」という考えにとりつかれるようになっていきました。「この記録は、もしかしたら私の遺書になるかもしれない」という書き出しで本書は始まります。
転機と「心因性」という発見
水泳療法でも改善しない著者に、担当医がついに「これは骨や筋肉の問題ではなく、原因はメンタルなところにあるのではないか」と告げます。心因性だという指摘でした。後半では、心療内科医・平木英人との出会いと入院治療の過程が描かれます。
劇的な結末
苦しみ抜き疲れ果てた闘病の果てに、医者は「夏樹静子のお葬式を出しましょう」と言いました。鋭い腰の疼痛は、実は抑制された内なる魂の叫びだったのです。3年間の地獄の責め苦は、指一本触れられずに完治しました。
読みどころ
身体の痛みが心の抑圧から生じるという「心身症(心因性疼痛障害)」の実態を、当事者の筆力で生々しく描いた作品です。腰痛に悩む人はもちろん、「なぜ治らないのか」と迷走した経験を持つ方や、心と身体のつながりに関心がある方に広く読まれています。
