原因不明の痛み

痛みが確かにある。しかし検査しても、それを裏付ける所見はない。
そして試みに、神経遮断をしたり、鎮痛系の薬剤を順番に試してみるが、効果はない。
激痛で生活に支障があると訴えても、客観的所見がないので、対応は困難になる。

そのようなことは珍しいかと思えば、そうではない。かなりたくさんいる。

特有の性格があるかといえば、あるようにも思うが、多様ではある。

昔なら、フロイト的とか精神分析的とかの物語が有効で、
患者も治療者もそうした物語を共有して、治療にあたることもできたけれども、
最近では、そうした物語の共有もできない。

一面ではよいこと・進歩であるが、一面では困ったことである。

中には遠く離れた場所から波動を送ってもらって楽になるとか、咬合の問題とか、いろいろなことをやってみる人もいる。その場合には、そうしたことを提供する側の情報提示と、提供される側の認識や感情の一致が生じているらしい。そのためにネット情報が役に立っているらしい。そのような脳の仕組みは興味深い。人間はそういうものだと改めて思う。この場合は、フロイトの昔と何も変わっていない。

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