弱火で火を通す。
最初にオーブンで焼いて、最後にフライパンで表面を焼くとかもある。
ひき肉を焼くというのもおいしい。ハンバーグと違って、肉だけ。
でも、赤みが多すぎると固くなる。脂身が多いとおいしくて食べやすいが、フライパンは油まみれ。だから下に何か敷いて脂の処理をしたほうがいい。
ひき肉だけを固めて焼くときは、常温に戻して、弱火でゆっくり焼いていく。
こま肉でもよい。噛むのに疲れるという場合は、ステーキ肉よりもひき肉やこま肉がよい。
柔らかくて食べやすいステーキは、物理的につぶす、化学的に柔らかくする(場合によっては重層なども使うようだ、重曹が胃に入ったら、アルカリ性と胃酸が中和されるのかな、重曹は制酸剤ですね、悪いものではないが、鍋の焦げを落とすときに使うので、少し抵抗のある人もいると思う、使う量による)、脂身を多くする、薄くする、などがある。噛む元気がない人は、何かの方法で柔らかくしておいたほうがいいが、本来は、当たり前の一枚肉を、バーべーキューコンロで炭火で焼くのがいいように思う。もっとも原始的なステーキだ。バーべーキューコンロよりも原始的に、焚火をして、その火のわきに、肉を串刺しにして、立てておいて、いい匂いがしてくるまで待つ。でもそれは、噛む力が必要だと思う。和牛霜降りしゃぶしゃぶとかいうのは噛む気力のない場合の好物。ウナギなども、噛む力がいらない系だ。とろけろ系を求めるなら。
こちらは、フライパンでメイラード反応を起こしてから、オーブンを使う。
ーーー
いずれにしても、
1.表面をカリッとさせて焦がすことと(この延長が固くなる原因)
2.中まで適切な程度に火を通すこと(弱火やオーブン)
の二つを別々に考えたほうがいいという提案が多い。
名人は、これを一つのフライパンで両立させるのだろうが、
それを、誰でもできるように伝えるのは難しいので、
分離して説明しているのだと解釈している。
高級鉄板焼きの店で実演してステーキや海産物やいろいろを焼いてくれる人は、
変なことは何もしていない。
目の前で当たり前のように焼いて、
柔らかくておいしてステーキが出来上がっている。
肉の下準備として何かしているようでもない。
おいしいのでもっと食べたくなるが、少ししか食べさせてくれない。
焼肉食べ放題の店とは違う。
少しだけに何か秘密があるかもしれない。
ーーー
いっそのこと、ローストビーフにしたほうがいいとも思う。
牛、豚、鶏、いずれも、低温のまま中まで火を通して、おいしく食べられる。
ローストポークを作っておけば、次の日は気分によって、変化をつけられる。応用が利く。
たまにかたまり豚肉が安く出ているので作ったりする。
薄く切れば柔らかくなるから問題ない。
鶏ハムは健康に良い感じがする。皮も脂肪も捨てる。
鳥のソテーで皮をパリパリカリカリにするとおいしい。
焼き鳥も、皮はおいしい。
しかし最近はスーパーで、皮なしのももとかむねとかを売っている。
それでいいような気がする。
昔はささみを買っていたが、皮なし鶏肉なら、それでも良い。
ーーー
料理が上手な人は、焼き加減もあるけれども、味を決めるソースがうまいのかなと思っている。
いろいろな肉のソースが売られているが、手作りでフライパンでささっと作るようだ。
味というより、香りなのかもしれない。
作り置きのものは、味は残るが、香りは飛んでしまう。
人間の味の感覚は味蕾で感じるが、そんなに多種類の味を感じ分けているわけではない。
香りに関しては、これは人間は退化しているとは言うものの、味覚よりははるかに繊細である。
極端に言えば、味覚は、食べてはいけないものを吐き出すためにあるような気がする。
香りはモノの本質を嗅ぎ分けるためにあるような気がする。繊細な食欲は香りに依存しているような気もする。
お店でも、にんにくを焦がした香りとか、ウナギのたれの焦げた香りとかで客を呼ぶ。
ーーー
昔おいしくできたカレーライスのおいしい肉を再現したいがなかなかできない。
ただ肉が入っているというだけのものになってしまう。
まあまあおいしいからいいけれど。
再現できないのは、キノコの和風パスタだ。
おいしくできた記憶は確かにあるのに、いろいろ工夫するが、再現できない。
記憶の中で理想化されているのかもしれない。
キノコは一度冷凍したほうがおいしいとか言われる。個人的にははっきりしない。
調味料といっても、しょうゆが中心で、バター、あと何かくらいで、特に秘密があるわけでもない。
バターはできれば入れないで、作りたい。バターよりは味の素やハイミーのほうがいい。
ーーー
再現性が悪いのは私が悪い。
料理は科学実験のように、素材を軽量して、手順をメモして、時間や温度を管理すれば、再現性が高まる。必要ならできるだけの道具はある。
ミールキットを使えば、私でもおいしくできるので、ノウハウは確かにあるはずだ。こまめに料理ノートを作って、化学実験のようにすれば、上達が早いはずだ。
しかしそこまですることなのかと思う。材料も、そのために買い揃えることはめったになく、スーパーで安いものとかおいしそうなものを買って、順番に食べて行って、そろそろ食べないといけないものが何種類か出て、それを組み合わせてどうしようかなどと思ったりもする。
その時の気分もある。
そこで、私は深層学習のつもりで、思いついたままに作ってみる。
うまくできなかったら、責任食いをするだけ。どんな味になっても、栄養はとれるから、同じである。
そのように、思いついたとおりに料理をして、でたらめを多数回重ねていけば、私の脳は深層学習をするはずなのである。
歩き方を誰に教えられたわけでもない。
歩いてみて、失敗して、自分で学んで、歩けるようになった。
深層学習の回路がある。
それを回転させて、料理を学習すればよいのだ。
自分の体に合った料理ができるようになる。無限回の後に、というのが問題だけれど。
