シモーヌ・ヴェイユにおける摂食障碍と博愛思想
――摂食障碍理解への一寄与――
加藤 敏(自治医科大学精神医学教室)
(日本精神神経学会総会 教育講演 / 精神経誌 2010年 112巻 4号)
「欺かれない人」の創造性と精神逸脱
本稿では、フランスの思想家シモーヌ・ヴェイユにおける摂食障碍と博愛思想の関連に光をあてたい。あわせて、このことを通じ、現代の摂食障碍の病理を理解するための一つの精神病理学的な視点を提供できると考える。
この論考を進める上で著者が関心を寄せている付帯的な問題意識について述べておきたい。スケールの大きな創造的な思想の少なからぬものは、世俗社会でなされる人々の虚偽行為を根底から全面的に批判する人たちによって提出されている。しかも彼(彼女)らは、その挙句に、あるいは同時並行する形で、精神的な逸脱状態を呈する。
例えば、ルソーは『不平等起源論』を著し、「社会は存在を犠牲にして見せかけを、自分の意見より公衆の意見を、単純素朴よりも虚栄を高く買うので、社会制度は人間を堕落させる」と近代社会に対するラディカルな批判をした。その一方で彼は妄想性障碍を患い、周囲に対する体系的な被害妄想を抱き、逃亡の生活を送ることもあった。
また、フランスの演劇家、思想家であるアルトーは、「理性と神を学ぶ者は怠け者だけである。いかなる問題も決して解決はない。科学は怠け者の解決である」と近代に始まる科学、およびキリスト教を激しく糾弾した。そこには、科学や宗教が人間にとっての重要な問題を棚上げした形での解決の試みにすぎないという認識がある。見事なゴッホ論によりサント・ブーヴ賞受賞となった『ヴァン・ゴッホ―社会が自殺させた者』では、「ゴッホ以前においては、あの不幸なニーチェだけが魂をむき出しにして、人間の肉体を精神のごまかしから救い出した」と重篤な狂気に陥った2人の傑出人、つまりゴッホとニーチェを高く評価した。ところが、アルトーは被害妄想と宗教妄想に支配されてイギリスに渡り、精神病性興奮のため精神病院に強制入院となった。診断として統合失調症とする見解が支配的である。
このように、とりわけ統合失調症親和的なパーソナリティの人が、虚偽を見抜く感性に優れ、高い質の創造性を発揮する一方、精神的な破綻をきたす事例が少なくないのは無視できない重要な知見である。Lacan は 1973~74年のセミネールで「欺かれない者たちは逍遥する(さまよう)」(Non-dupes errent)という題をつけ、精神分析家のあり方について論じた。この題名は多義性を帯びさまざまな解釈が可能だと思われるが、さしあたり当面の関心にひきつけると――Lacan 自身はこの点について言及しておらず著者の類推の域を出ないのだが――、ルソーやアルトーなど虚偽に欺かれないきわめて明晰な人は、逆説的なことに精神的な狂いを余儀なくされるという意味が込められていると考えられる。本論の主題となるシモーヌ・ヴェイユにもこうした考え方が当てはまるというのが大枠の問題意識である。
シモーヌの精神科的診断に関しては、比較的最近フランス語圏で摂食障碍だと診断する見解が出されている(p.155-229)。確かにこの見解は説得力がある。著者はこれを認めた上で、分裂気質のパーソナリティ構造をもった人の摂食障碍であるという見解を補足的に提出したい。そして、この視点は現代の摂食障碍にも当てはまり、彼女(彼)らの中にはパーソナリティ構造からすると分裂気質、ひいては分裂病質と判断される事例が一部に存在することを指摘したい。
1. 摂食障碍の大量増加
高度資本主義の時代に入って、摂食障碍はますます増加し、加えて病態が多様化している観がある。1967年、島崎敏樹教授は東京医科歯科大学退官時の最終講義において、大学病院に入院した摂食障碍の1例を提示し、論じた。この頃、摂食障碍は臨床の現場でほとんど知られておらず、島崎教授は新種の興味深い病気があるという関心も手伝って最終講義で取り扱ったのだった。それから 40年ほどたった現在、摂食障碍は大学病院精神科外来、病棟では無視できない数を占め、ありふれた疾患となった。この大きな変化は実に驚きで、これを当時予想した人はほとんど皆無であったのではないだろうか。摂食障碍は時代とともに変化する精神疾患のなによりの例で、先進国にみられる社会・文化の在り方と密接に結びついていることが考えられる。世界的には 1970年以降、特に先進国において、若い女性に多く、男女比が 1対 6ないし 1対 10で、生涯有病率が 1~4.2%とされている。
歴史的にみると、18世紀の近代ヨーロッパにおいて、上流階級の女性のあいだで細身の体型が理想像となり、コルセット付きの洋服が流行となった。それは自らの欲望を追及する性的主体としての女性が出現する兆しを指し示す。ヒステリーが精神科医の前に登場するようになったのは、ちょうどこのような状況下においてである。摂食障碍が最初に記述されたのは、1873年で、フランスの精神科医 Lassegue により「ヒステリー性無食欲症(anorexie hystérique)」、またイギリスの医師 Gull により「ヒステリー性消化不良(dyspepsia hysterica)」という呼称を与えられ、ともにヒステリー性の病態であると考えられた。
現代の摂食障碍にも(フロイトの意味での)ヒステリーの要素を明らかに認められる事例は少なくない。摂食障碍が出現する背景にも、女性が性的主体として自立することが問われるというヒステリーと共通な社会・文化事情が想定できるだろう。現代の摂食障碍の人格構造に関し、DSM の 2軸を指標にしてアメリカでなされた調査を参照して一般的に述べると、いわゆるクラスター A、つまり統合失調症親和的な病前パーソナリティに比べクラスター B、つまり境界性パーソナリティ障碍、回避性パーソナリティ障碍に特に多いという。他方で DSM による操作的診断をするなら、いわゆるアスペルガー障碍にも摂食障碍が前景にでる事例は少なくないことだろう。アスペルガー障碍と分裂病質との区別の問題はさておきとして、摂食障碍の患者の中には、パーソナリティ構造からすると分裂病質、ないし分裂気質の事例が一部確実に存在する。DSM でいう回避性パーソナリティ障碍は Kretschmer のいう分裂気質、あるいは分裂病質を包含する広いカテゴリーである点からすると、摂食障碍が回避性パーソナリティ障碍をもつ人にも多いというアメリカの知見は、この考え方を支持するといえる。統合失調症においても摂食障碍が前景にでる事例が稀ならず観察されていることからしても、摂食障碍は統合失調症圏のパーソナリティ障碍と全く無縁ではない。
摂食障碍について多くの研究がなされているが、病態解明が充分になされていないのが現状である。多数例研究が主流となっているが、あわせて摂食障碍を病む一人一人の患者の内なる声、個別の生き方、その規範(ノルム)に焦点をあてた個別記述的な視点への配慮が必要である。
以下、シモーヌ・ヴェイユの生活史と思想について述べる。そこから浮かぶ特性は少なくとも一部の摂食障碍の理解に参考になることだろう。生活史などの事項に関しては、Pêtrement による『詳伝シモーヌ・ヴェイユ』を主たる資料にし、シモーヌ自身が書いたものなども参照した。
2. シモーヌ・ヴェイユの生涯と病い
ユダヤの出自をもつシモーヌ・ヴェイユは 1909年にパリに生まれ、2009年が生誕100年であった。兄は有名な数学集団ブルバキの中心人物となったアンドレ・ヴェイユである。
シモーヌは、乳幼児期に重篤な消化管の障害を患い入院治療もした。これが摂食障碍の準備因子となったという考え方も否定できない。母親が不潔恐怖で、シモーヌや兄のアンドレが汚いものに触るのを必要以上に禁止したという。また、母親は細菌恐怖のために、子どもたちを抱くことをしないばかりか、子どもたちが母親を抱擁することを禁じたというエピソードもある(p.165)。母親は娘に対し、女性的性格よりはむしろ男性的美徳を育てようと努めた。シモーヌはその期待にこたえて勉学に励み、小さい頃から兄とともにずば抜けた知性を現した。その結果、名門のアンリ 4世校に入学した。ところが、一時、今で言うと思春期の抑うつにあたる状態に陥った。彼女はその抑うつを次のように、後にベラン神父への手紙のなかで告白している。
「14歳のとき私は思春期の底なしの絶望の一つに落ち込みました。自分の生来の能力の凡庸さに苦しみ、真剣に死ぬことを考えました。兄の異常な天賦、才能がどうしても私の凡庸さを意識させずにおかないのでした。」(p.35)。
この抑うつは、兄とのある種のライバル関係、広い意味の兄妹葛藤に根ざす挫折体験といえるもので、そこにはシモーヌの大変勝気な性格が窺えるだろう。
彼女はフランスのエリートが集まる高等師範学校に入学し、そこで社会主義運動に深い共感を寄せて、この運動に参加した。彼女の身だしなみは黒の地味な洋服がほとんどで、学生時代から食は細く、体はきゃしゃだったという。またシモーヌは、人から抱擁されることを好まなかったという(邦訳 p.48,以下、邦訳のあるものについてはそのページを記す)。彼女は学生時代を想起し「男性の友情が愛の感情の色彩を帯びることを恐れた」と自ら書いている。こういうことから、シモーヌには、自分が女性と見られることを拒否する気持ちがあったことが推察される。
高等師範学校を卒業後、22歳時、哲学教師としてル・ピュイ国立女子高等学校に赴任した。独創的な授業を熱心に行った。そこでは知的な誠実さ、純潔さ、禁欲、清貧の輝きが生徒の心をとらえた。ただ、チョークの持ち方がいかにも不器用で、生徒を面白がらせたというアネクドートが残っている。
学校で教職の仕事を終えた後、鉄工夫たちの組合活動の支援に駆け回り、失業者の陳情、請願などの運動に関わった。そして、25歳より自ら志願してアルストン電気会社に入社し一女工として働きだした。このような職業選択は、輝かしい将来が約束されていた高等師範学校の卒業者ではきわめて異例のことであった。しかし、実際に労働者として仕事をしてみたが、体力も続かないため仕事がこなせず、4カ月で解雇になってしまった。シモーヌはこれに懲りずに、今度は鉄工所に職を見つけて働いたのだが、そこでも仕事の要領をなかなか得ず、1カ月で解雇になった。
彼女の左翼運動に対する思いは強く、各種の会合に参加し、労働者を激励した。彼女の大きな関心は、いかにして労働者を飢えの状態、また隷属状態から救えるのかという問題であり、労働者と同じ境遇において社会主義運動に強い使命感をもって参加を企てた。
特徴的なことは、彼女自身が自ら飢えを意図し、自ら選択するという振舞いである。例えば、シモーヌは、冬の寒い時期に失業者が満足な住環境がないために寒い思いをしていることを考えて、自ら暖房をしないで寝ることにした。また、貧しい失業者のことに思いをいたして、人がベッドを用意してもベッドの下であえて寝た。このような振舞いは、隷属状態にあった労働者への同一化といえる。
第二次世界大戦が始まり、33歳時に、ユダヤ人迫害から逃れてロンドンの下宿屋の一部屋を借りて下宿生活を始めた。フランスにいた仲間たちの身の上を案じて、みずから進んで食事を断つようになり食事量が激しく減ってしまった。他方で、頭は冴えわたっていて、哲学、神学の思索を深めさまざまな文章を書いた。身体の衰弱が進行して下宿の部屋の床に倒れていたところを発見されて、イギリス、ロンドンのミドルセックス病院に緊急入院となった。
結核の診断がなされたのだが、回復の可能性は十分にあるレベルのものと判断された。彼女は医師からの栄養補給の提案を拒否し、食事はまったく口にせず、いかなる治療もかたくなに拒否した。その結果、34歳の短い生涯を閉じた。
入院時の状態に関し、意識障碍はなく、目には輝きをたたえて、読むことも書くこともできて、精神の明晰さはまったく失われなかったという記載がブロデリック医師によってなされた(p.402)。
シモーヌの診断は、DSM に照らせば、彼女の思想と連動しているという付帯条件をつけてのことだが、やせ願望があったことを斟酌すると神経性無食欲症・制限型が支持される。しかし全般的な布置に目をやると、彼女の思想が持つ比重が大きいことをふまえ普通の制限型とは質を異にする点から「特定不能の摂食障碍」とするのが妥当だろう。
シモーヌは自分の状態について「疲労が募っている」「自分ではどうしようもなく私の思考の自由が奪い去られてしまいそうな気がする」、「対象が見当たらないために、そのまま立ちどまってしまうよりほかない」と述べている。知人の観察によると、「彼女が別人のように憔悴しきっている」「精神ばかりが極度に張り詰めていた」という(p.402)。こうした状態は身体疲弊によって引き起こされていると説明することもできるが、すべてをこれによって説明することは無理で、入院を余儀なくされた前後には、抑うつも存在していたと推測される。
今日、栄養補給をしなければ不幸な転帰をたどってしまう摂食障碍の患者はかなりいる。シモーヌの場合、もしも強制的な栄養補給を行えば、助かっていたかもしれないわけで、この病態は、現在の日本においてなら、医療保護入院の入院形態にして精神科病棟で治療をする適応例といえる。もっとも彼女の場合、人々に対する揺るぎない博愛思想を背景にした拒食の側面をもつだけに、治療は困難を極めることは予想される。担当のベネット医師は、「自分の出会った中で一番難しい病人だった」(p.412)と述べたというが、この点は今日、精神科医が関わっても同様なことがあてはまりそうである。イギリスの地方紙は彼女の死を「フランス人の女教師が餓死する」、「飢えで死ぬフランス人教師の奇妙な犠牲行為」などという見出しで報じた(p.425)。確かに、彼女の死は自殺行為の色彩が強い。しかしそれは、摂食障碍と抑うつを基礎にした自殺行為である。この点は、現代の摂食障碍の患者にも認められることである。
歴史的にさかのぼると、西欧のキリスト教修道女の中に食べる量が極度に減り、ひいては食を絶ってやせ細った状態で神に祈りをささげる女性があり、こうした事例を聖なる無食欲症者としたり、あるいは宗教性無食欲症(anorexie religieuse)と診断したりする考え方がある。西欧中世の時代、神への敬虔な祈りの中で極度のやせが続いたり、まったく食べないで 100日ぐらい生きていた女性聖職者の記録が残っている。彼女らにおいて、精神の糧となる祈り自体が文字どおり食物となっているといって間違いではない。
シモーヌはユダヤ教には関心を示さず、むしろカトリックに関心を持ったが、入信には疑問を持った。しかし、彼女の摂食障碍には宗教的な信念が裏打ちされていることから、聖なる摂食障碍者、あるいは宗教性無食欲症の要素を色濃く持っていることは間違いない。他方で、われわれが外来や病棟で出会う摂食障碍の患者の中にも、広い意味での宗教性をもった人が、あるいは潜在的な意味での宗教性をもった人が少なからずいることに注意を促したい。その点では現代の摂食障碍にも微細にみると、後に言及する事例にも示されるように宗教性摂食障碍の側面を見て取ることができる事例があるはずである。
摂食障碍をもつ人の人格特性として、一般に、元々何でもきちっとこなし、成績優秀であること、繊細な感受性および負けず嫌いで勝気な性格などがあげられる。また幼少期に親に従順でいい子であったこともあげられる。摂食障碍の治療で知られる Pierreはそれらに加えて、彼女(彼)らは、「自分のことよりも他人の心配ばかりしている」(p.216)と要を得た指摘をする。こうした特性は、シモーヌにもよくあてはまる。苦しい生活を強いられている労働者を救済しようとする彼女の使命感、また自分は食事をとらないで、それを捕虜になっているフランスの同胞に食べてもらいたいと望むことなどは、摂食障碍者の自己犠牲的な人道主義といえるだろう。
また Pierreは摂食障碍者には常に自信欠乏があるとし、摂食障碍を「習慣性自己否定癖(confirmed negativity condition)」のひとつだとする(p.52)。シモーヌが幼少期を回想して、兄の卓越した才能を知り絶望の淵に落とされたというエピソードを語ったが、彼女にとって、兄妹コンプレックスの中での挫折体験は摂食障碍の準備因子となったことは十分考えられる。
3. シモーヌにおける恩寵の思想:摂食障碍の宗教性、祈り
シモーヌの死後、『重力と恩寵』(1947)、『根をもつこと』(1949)、『神を待ちのぞむ』(1966)などが相次いで出版された。人がこの世で生きることとはどういうことなのかという究極的な問題に、わが身を挺して取り組んだ高潔な思想は、読む人を感動させずにはおかず、多くの読者を得た。例えば、主著と目される『重力と恩寵』は、出版後まもなくベストセラーとなり、哲学書、宗教書において確固たる位置を占め、シモーヌ・ヴェイユはフランスを代表する思想家の一人に数えられている。そこで、シモーヌの思想について少しみておきたい。
1)人間の(世俗的)欲望の批判と恩寵、無の思想
シモーヌは、人間の世俗的、かつ動物的な欲望を、自然にしておけば、人が押し流されていく「重力」にたとえ、これに対し、人間にとり本来の方向性である「恩寵」を対置した。
「たましいの自然な動きはすべて、動物における重力の法則と類似の法則に支配されている」(p.9)。
「たましいは、与えられた空間の全部に完全に充たそうとする性質がある」(p.24)。
ここでシモーヌが言っているたましいとは、権力欲、支配欲、また食欲など人間のありきたりの生きる欲望一般を指す言葉であることがわかる。この動物的な生の欲動に対し、シモーヌは強い忌避の念をあらわにし、これを乗り越えるものとして恩寵の思想を主張し、自ら実践した。
「恩寵だけがそこ(物質における重力の法則と類似の法則)から除外される」(p.9)。
「すべてをもぎとられることが重要である。なにかしら絶望的な事が生じなければならない」.
「なんの報いもないひと時をすごす必要がある」(p.25)。
「真理を愛することは、真空を持ち堪えること、その結果として死を受け入れることを意味する。真理は死の側にある」(p.26)。
こうした恩寵の思想によって、世俗的な欲望に代えて、この世の一切の執着を断ち切った「無の欲望」が打ち出される。本質的にはキリスト教、とりわけカトリックの思想を突き詰める形で導き出されていると考えることができるシモーヌの哲学は、仏教の空(くう)の思想に通じるが、次の言葉から察せられる。
「煩悩を滅却すること(仏教)―― または執着を離れること―― ――または絶対的な善への願望,これらは常に,同じものである。すなわち,欲望をむなしくすること… むなしく真空を望むこと」(p.28)。
摂食障碍の患者の中には、底なしとも言える空虚を体験している一方、ある時期から、祈りの境地にあることを語る人がいる。例えば、当初拒食と過食を繰り返しながら、段々過食と嘔吐が習慣化してきたある患者は次のように内心を打ち明ける。
「こんなに過食を極めながら私のどこかにブラックホールのような空洞があり、飢え、渇え、瀕死の状態で生きているのかもしれません。痩せれば必然的にそのブラックホールも収縮するような気がしてなりません」。また過食,嘔吐が和らぎ、「拒食のひと時」がやってきて「祈りの時間がもてるようになった」という。信心深い母が送ってくれた仏像の前で祈るようになったという。
この患者が述べている「私のどこかにあるブラックホールのような空洞」は、シモーヌの言う「すべてをもぎとられた末の真空」にあたる。それは、主体にとって核となるであろう存在の喪失が露呈する事態に関わる。かつて筆者は、この事態をいかなる主体にも備わっている「構造的メランコリー」の露呈と呼んだ。シモーヌにも、この患者にもみられる「真空」状態に身をおいた中での祈りは、主体における「ブラックホール」とも「真空」とも表現される、存在の裂け目に自己を同一化し、構造的メランコリーを受容する禁欲的な態度とみることができる。他方、過食は、この植物的状態から動物的欲望に転じて、存在の裂け目を埋めようとする試みと理解される。筆者の観点からすれば、シモーヌが発展させた恩寵の思想は、構造的メランコリーの受容に基づくといえる。
2)肉の拒否と純粋無垢の愛の思想、愛による外傷
無の欲望に駆動されるシモーヌの恩寵の思想は、肉体、愛、食べることについて鋭い言葉を発する。中には、かなり大胆な、時に普通の見方では理解に苦しむ言葉が散りばめられている。それは摂食障碍者ならではの表現と考えられる。
「この世においては、肉をまとって自分を隠すことが出来る。死ぬときには、もうそんなことは出来ない。裸のままで光にさらされなければならない」(p.101)。
「植物の段階にいたるまで、無となること。その時神が糧となる」(p.66)。
人間が「肉をまとっている」という考え方は、精神と肉体の乖離、および真の自己は精神の側にあることを指し示す。人間がまとう肉こそ、人間の所有欲、支配欲、食欲などの動物的な欲望の源泉に他ならない。それゆえ、恩寵を大事にするシモーヌは肉を文字通りそぎ落とし「植物の段階」に達することをめざす。この植物的な生への希求は摂食障碍によく認められるところである。
愛についても、動物的な欲望を完全に否定した、高潔な愛が説かれる。
「純粋に愛することは、隔たりへの同意である。自分と愛するものと間にある隔たりを何より尊重することである」(p.111)。
「ひとりの女性のたましいを愛するとは、自分の快楽のためにとかといったふうな関連において、その女性のことを考えないことである。愛はもはや静かな注視でなくなると、所有しようと欲する」(p.113)。
摂食障碍の患者は、とりわけ制限型では肉体的な快楽を忌避し、シモーヌの言う純粋な愛を希求することが多いのではないか。従来、摂食障碍の特徴として女性性の拒否、成熟拒否があげられていた。これは、シモーヌの言葉をふまえれば、純粋な愛に憧れ、男性の性的欲望の対象となることを嫌悪し、拒否する態度表明といえる。思春期に入り一過性に拒食をする若い女性がかなり多いことからも、そのことが窺える。
女性は、純粋無垢の少女から性愛性をおびた「女性」になっていく成長過程において、性愛的欲望に対する忌避の時期がありうるのであり、この時期にこそ拒食が生じるといえる。その意味では、女性の思春期に「生理的な摂食障碍」を想定可能で、このレベルの摂食障碍の多くは成長過程の中で自然に消えていくので、精神科での治療適応とはならない。したがって、この種の軽症の摂食障碍は、周囲が過干渉にならずゆっくり見守っていればよい。しかし、われわれが臨床の場でみる多少とも長期化している摂食障碍の症例は、この「生理的な摂食障碍」の締めくくりが首尾よくなされず、遷延し重篤になったものであるものが少なくないと思われるので、生理的な摂食障碍と、病的な摂食障碍の線引きはそう単純にできない場合が少なくないだろう。
ここで問題にした女性思春期の「生理的な摂食障碍」をパーソナリティ構造の見地からみると、全体には神経症のパーソナリティの群が多いと思われるが、一部に分裂気質、分裂病質のパーソナリティの群が存在すると考えられる。
3)愛の絆による外傷
シモーヌ・ヴェイユには人が他人と接する中で及ぼす「外傷」についての言及がしばしばみられる。
「わざわいを加えられるひと,その人は自分のなかにわざわいをしみこませるのである.…(中略)…人間には,おたがいに善を施しあう力があるように,おたがいにわざわいを加えあう力がある」。
「外傷という形で,外部から人間にくわえられられるわざわいは,善への願望を一層つのらせる.受けた傷が体に深くくいこんでしまった場合には,希求される善は完全に善となる」(p.40)。
シモーヌがここで述べている外傷とは、戦争による人間同士の傷つけあいだけでなく、人間の愛における心的外傷(トラウマ)を念頭に置いているのは間違いない。子細にみるなら、人が他人を愛し、その愛に応える形で生じる熱烈な愛には、相手への愛の刷り込みがある限りでは、心的外傷を問題にできるはずである。事実、母親が子供を熱愛するとき、子供は母親の愛による外傷を受けている可能性を完全に排除することはできない。人はお互いに心理的に接近すればするほど、お互いに傷つけあう可能性が高くなる。このような人間の親密な交流に伴う外傷の性差について言えば、さしあたり神経症レベルのパーソナリティ構造をもつ人に関しては、男性より女性の方が外傷を受けやすいように思う。
シモーヌの場合、深層心理のレベルでは母親との愛の絆による外傷を問題にすることが可能である。うがった見方をすれば、この外傷に対する練り上げられた「対応策」、つまり昇華として、「善」、つまり「恩寵」ひいては「無」の思想への傾倒が生じたとみることもできるかもしれない。
摂食障碍患者では全般的に、人と交流する中で、特に愛の絆の中で傷つきやすい。実際に、シモーヌにもあてはまることだが、幼少期に受けた親の過剰な愛による外傷を問題にできる事例も少なくない。自分をさしおいて他人のことを心配する彼女(彼)らの心性は、精神分析的には、親しい人からこうむった外傷をめぐる症状形成物とみることも不可能ではない。他人からの愛に傷つきやすいのは、神経症性パーソナリティをもつ人もさることながら、それ以上に統合失調症親和的なパーソナリティもつ人ではないだろうか。
4)見ること(regarder)と食べること(manger)の分離
シモーヌは、「見ること」と「食べること」が分離してしまっているという事態に異常ともいえる大きな注意を払い、そこに人間の大きな不幸をみる。以下のように同じことが何度か述べられている。
「幼児期から始まり,死にいたるまで続く人間の大きい苦悩は,見ること(regarder)と食べること(manger)がふたつの違った行為であることである.…人が食べるものは破壊され,もはや現実的ではない.…永遠の至福は,見ることが食べることになる状態である」(p.117)。
「人間の不幸は,人が見ることと食べること を同時に出来ないことである.子供たちはこの不幸を感じている.人が食べるものを,人は破壊してしまう」。
子どもたちが食事をすることの「不幸を感じている」というシモーヌの言葉は、彼女自身の食べることに関する罪悪感がいかに強いものであったのかの傍証となるだろう。そして、彼女は、食物を食べる代わりに真理を<食べる> ことに傾注する。そこには、文字通りの食物を食べることと真理を<食べる> ことの二者択一を自分に課し、真理を食べることを選択する。
食物を口に入れ摂取する食べる行為は、この世に誕生して以来もともと本能に属し、多くの人間にとって正面から疑問に付されることはまずない自明な事に属す。ところが、シモーヌはそうではない。確かに、摂食行為は、とりわけ肉食の場合に顕著なことだが、食物の破壊を必然的に伴う。シモーヌはそのため幼少期より食べることに罪悪感を抱き、食べることに苦悩を抱いたというのである。その一方で、食べ物を口に入れて歯で嚙まないことには、人は食べ物のリアリティを感じることはできない。しかし、食べることの破壊性には耐えられない。また、食べておなかに入ったものは形をかえてしまい、人は、もはやもとの食べ物を見ることができない。シモーヌは、こうした食行動のジレンマに苦しむ。
実際、食べることの罪悪感を彼女は何度も述べている。
「子供はお菓子を長い間見つめ,そして後悔しつつ手に取り食べる」.「悪・犯罪は美しいものを食べること.ただ見つめなくてはならないものを食べること」(p.736)。
これらの言葉は, シモーヌ自身の現実の体験なしには表現不可能なものだと思われる。食べること自体が悪だということに関し、エデンの園からアダムとともに追放されたイブこそ食べることを最初に行った人物であるとも述べる(p.736)。最初の悪が食べることだという考えは、確かに聖書の中で語られていることなのだが、このことを主題的に論じたのは、シモーヌの創見ではないだろうか。
「見ること」と「食べること」の分離という表現で言われていることをより一般化すれば、人間が自然に与えている攻撃・破壊性に対する罪悪感の自覚で、それは動物・植物をも仲間にいれた博愛・共存の思想,今日的にはエコロジーの思想につながるものといえる。シモーヌの後期の思索には「世界の美」という言葉が一つの鍵言葉になっている観があり、食べることが世界の美を崩壊してしまうとさえ明言している(p.733)。自分を無にしてまで博愛思想を説く高潔な人についてパーソナリティ構造を問題にすると、最も多いのは分裂気質ではないだろうか。
摂食障碍の病前性格として、(フロイト意味での)神経症性性格,とりわけヒステリー性格,強迫性格があげられるが,分裂気質も少なくないと思われる。シモーヌの場合,身体と精神の乖離は著しく,これは分裂気質に親和的なありようといえる。上述した最初の悪が食べることだというような考えは分裂気質の摂食障碍の鋭い感性によって初めて述べられたとみることができる。
Kretschmer は,分裂気質の人たちの一群は上品で感覚が繊細で,「徹底的にストイックな無欲や自己犠牲を示す」(p.234-5)と述べる。そうした分裂気質をもつ女性は宗教的,神秘的な考えを抱き,聖なる女性の追求をすることは十分考えられる。Kretschmerにあって,分裂気質と摂食障碍の関係については言及されていないものの,この分裂気質の規定は摂食障碍の心性にもあてはまるもので,分裂気質には摂食障碍を発展させる下地があることを示唆するものと今日的には受け取ることができる。シモーヌ・ヴェイユはこのような考え方を裏づける格好の事例といえる。
4. 症例:エレン・ウェスト
統合失調症初期状態において典型的な摂食障碍と診断される事例がある。また顕在発症した事例において,病的な摂食行動が目立ち,統合失調症の診断を括弧入れすれば摂食障碍と診断される事例も散見される。
Binswanger が『精神分裂病』(p.75-293)の中で統合失調症として提示したエレン・ウェストもその種の事例と位置づけることができる。この事例は,摂食障碍中核群の病態をあわせもち,明確な幻覚や妄想が認められないため,DSM に照らせば,神経性無食欲症・むちゃ喰い/排出型が主診断になると思われる。20歳時に肥満恐怖が出現した。その後,抑うつ,死への憧れを伴う抑うつが出現した。エレンは結婚し,慈善事業に力を入れるようになり,同時に菜食主義者になった。31歳時,急速なやせを生じた。肥満恐怖及びやせ願望を持ち,下剤乱用もして食事をとろうとしない半面,過食のエピソードもあった。周囲の人にはしっかりたくさん食べるように要求する振舞いも認められた。まじりけの一切ない純粋な空気の精の世界に生きることを志向していたエレンは,大変残念なことに自死してしまった。
この事例をめぐって当時の一流の学者による診察に基づき,様々な別の診断が下された。精神分析家は強迫神経症とし,Kraepelin はメランコリーと診断をした。これらに対し,Binswanger は現象学の見地から彼女の世界,他者との関わり方に注目し,世界に安心して身を寄せ,生きることができないことが際立つ点から,単純型統合失調症に属す多形性統合失調症(Polymorphe Form der Schizophrenie)と診断した。その後,摂食障碍が問題になりだした時期に入って,ドイツの精神病理学者 Lang は,肥満恐怖,痩せ願望や空気の精の世界への強い憧憬が明確に存在することから摂食障碍と診断されるべき事例であると述べている。
当面のわれわれの考えからすると,エレン・ウェストは,統合失調症親和的なパーソナリティの人に生じた摂食障害と把握できる。筆者は,精神疾患の診断は,生命力動の視座と人格構造の視座の双方からなされるべきであることを提唱している。この見方からすると,エレン・ウェストの場合,情動面,つまり生命力動面できわめて不安定で,Janzarik のいう力動の不安定(Unstetigkeit)が一次的な障碍であると考えた方が妥当であるとみなせる。この力動不安定を基礎にして自己身体を無にして純粋な空気の世界への強い願望が生じ,その臨床的表現として摂食障碍が結実したとみなせる。人格構造面では,世界との自然な共鳴的結びつきがもともと希薄であることが臨床病像からも推測され,分裂気質,ないし分裂病質であったことが考えられる。エレン・ウェストは顕在発症した統合失調症で,摂食障碍の中核群の病態が前景にでた事例といえる。
以上,本論においてシモーヌ・ヴェイユを手引きにしながら,摂食障碍の人の心性を理解する一つの視点を示し,摂食障碍の事例の中には分裂気質,ないし分裂病質のパーソナリティ構造をもつ一群,さらに統合失調症の病態と近縁関係にある摂食障碍があることを指摘した。
文献
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改めて、シモーヌ・ヴェイユに驚嘆。
