ネット時代になって、人々の思考や感情が単純になって、だまされやすく、扇動されやすくなっているのではないかとの話題はある。
従来、知識は、断片では価値がなく、全体の体系の中で、意味があると考えられていた。一口知識とか、二、三行の断片は、知識の全体の中で、どこに位置づけられるかが大切だった。法律学とか経済学とか、内科学とか物理学とか数学とか、体系が大切で、その中のどのあたりの話かということで、意味付けができた。つまり、基本になる教科書が頭の中にあって、その目次があって、その後に新しい知識が出てきたときには、その目次の中のどのあたりのことなのかと、位置づけられて、取り込まれていった。あるいは画期的な場合には、目次が変更されて、新しい教科書になった。
ネット時代になると知識は断片的になった。熱が出たらどうしろとか、妄想があったらどうしろとか、一行知識があふれている。
それは知識の体系の中での位置づけがあいまいな場合が多い。そのあいまいさを利用していろいろな商売が成立したりする。商品コマーシャルはそのようなあいまいさの中で勝負している。
教科書の体系がない人は騙されやすい。
まあ、教科書を信じていること自体が騙されているともいえるので、別の騙され方をしているというだけとも、一部は言えるのであるが。厳密な実験ができる自然科学はまだましな方だが、実験自体に考え違いもあり、捏造もあり、データの使いまわしもありで、何でもありのところもある。困ったものだ。時代を経過して残ってゆくものは多分信用していいものなのだろうという程度は言える。
そんなことを前提にして考えるのだが、
人間の脳は、情報を切り捨ててゆくプロセスだとも思える。
例えば、光が網膜に入る、神経信号に変換される。その時点で、信号は圧倒的に単純化される。次に脳内で処理されるのであるが、次々に処理されるプロセスは、元の情報が単純化されるプロセスではないかとも思われる。
ときには元の情報が複雑化することもあると思う。現在の新しい情報に、古い情報が加味されて複雑化するとか。目からの情報と耳からの情報が総合化されて複雑化して認知されるとか。
しかし、神経細胞の中で起こっていることを考えると、有用な情報抽出と単純化が主な仕事だとも言えそうだ。
目に見えるものを、そのままの外在の形として認識するなどと言うことは、画家でもない限り、無駄なことで、赤ん坊なら、それが母親かどうかだけ分かればいいわけだ。単純化している。何か物音がしたとき、それが外敵かどうかわかれば、逃げるなり、闘うなりすればよいので、敵か味方か分かればそれでよいという場面もある。これも単純化である。目的に応じた単純化が脳の一大機能である。
例えば、漫画は、絵としても輪郭だけだし、時間経過としても、連続ではなく、不連続な場面を並べている。それを時間的な輪郭と言ってもよい。人間は、そうした輪郭だけで、物語を理解できる。泣くこともできる。
映画なら、2時間の長さで、人の一生を描くこともできる。見る人は、一生分の感想を覚える感覚にもなる。これも輪郭を認知していると考えてよい。
目も耳も非常に密度の高い情報が入力している。それなのに、必要な情報を抽出して、その他は捨てている。抽出の仕方を変えて、実用的ではない抽出の仕方をすると芸術になることもある。
文章表現は情報抽出である。それを読む側は、自分なりに情報を付加して、意味のある内容として理解している。
ネット情報をトイレの落書きと言ったりするが、それは、書き手の情報が欠落し、さらに非常に短く、断片的であることによる。
そして、意味を受け取るにあたっては、読み手のほうが、たくさんの推測をしなければならない。つまり、書き手の言いたいことそのものよりも、読み手の事情が多く反映されることになる。
長編小説では、書き手の世界が詳細に展開される。反対に俳句では、読む側の理解が強く反映される。
長編小説や分厚い教科書は、筆者の世界観が濃厚に厳密に存在していて、読む側は、自分の精神をそれに合わせてゆくことによって、成長を感じたりする。
断片を読む作業では、それがない。あくまで知識や世界観の体系（システム）は、読む側の内側にあり、そのどこに位置づけられるかを、その時々で判断している。こちらは、その時々の印象があるだけで、世界観の拡張とか価値観の影響とかはあまりないだろうと思われる。
もともと他人の世界観や価値観、人間観を学ぶつもりのない人間が、断片を読むと、自分の都合のよいようにしか解釈できない。それは当然のことだ。自分の世界観の中に埋め込むようにして読む。自分の世界観を訂正したり拡張したりすることはない。
そのような状況を利用して、商品コマーシャルをしたり、政治的宣伝をしたりしている。断片を繰り返し発信する。これらは、発信者が伝えたい内容があって伝えているのではなく、ただ良い印象を与えて、支持してもらい、商品を購入し、投票するように、人を動かすことが目的である。
買え、投票しろと言うのがメタメッセージである。
自分はこう考えた、こう感じたということと、買わせたい、投票させたいといこととは、大きな違いがある。メッセージとメタメッセージになる。
通信性能やマシン性能によって、情報がかなり制限されている。YouTubeなどの動画ではかなり情報量が多くなったが、それでも、人間が目で見て耳で聞く生の情報とは比較にならない粗雑さである。それでも、まあまあ十分な情報だと感じているのは、どうせ大事な情報を抽出して、その他は捨ててしまうのだという習慣があるからだろう。通信性能とマシン性能が向上し、発信する側の技術も向上すれば、体験はもっとリアルになると当然考えられるが、どうせ脳で処理されて、粗雑な情報になってしまうのだと考えられる。だとすれば、大した変化はないかもしれない。
変化をもたらすのは、文脈付きの情報ではないかと思う。背景にあるコンテクストがはっきりと読み取られる情報は、現在の断片的な情報とは異なる意味を持つかもしれない。
