This Quiet Dust and Other Writings ウィリアム・スタイロン

ウィリアム・スタイロンのThis Quiet Dust and Other Writings(1982年)について。


概要

これはスタイロンが長年にわたって書いたエッセイ、批評、回想録などを集めた散文集です。小説家としての名声(『ソフィーの選択』『ナット・ターナーの告白』)の陰に隠れがちですが、スタイロンの思想的・知的側面が最もよく表れた作品集とも言えます。


主要テーマと収録内容

1. 南部・人種・歴史

表題作「This Quiet Dust」は、スタイロンがThe Confessions of Nat Turner(ナット・ターナーの告白)を執筆するにあたって行ったリサーチと思索の記録です。ヴァージニアの土地を自ら訪れ、奴隷制の痕跡を辿る旅の記述であり、南部白人作家が黒人奴隷反乱の指導者の内面を描くことの困難と倫理的緊張が率直に語られています。

2. 文学論・作家論

親交のあった作家たちについての回想と批評が多数収録されています。とりわけ以下の人物についての文章が重要です。

  • ジェームズ・ボールドウィンとの友情と人種をめぐる対話
  • テネシー・ウィリアムズ
  • フロベールなどへの文学的オマージュ
  • 編集者マックスウェル・パーキンズについての考察

3. 戦争・軍隊体験

海兵隊員としての体験、第二次世界大戦・朝鮮戦争時代の記憶が複数のエッセイに登場します。軍隊という制度への批判的まなざしが一貫しています。

4. デューク・デーヴィッドスンと死刑

死刑囚についての考察を含む法と正義に関するエッセイも収録されており、スタイロンの人道主義的立場が鮮明です。

5. 自伝的回想

ヴァージニアでの幼少期、南部の記憶、作家としての形成過程についての省察が随所に織り込まれています。


文体・トーン

スタイロンの散文は、南部文学の伝統を引きながらも、重厚で省察的、時に告白的です。ファクトとパーソナルな記憶が溶け合う文体で、ジャーナリズムと文学の中間に位置するような書き物が多い。


位置づけ

この本は、スタイロンが人種・歴史・記憶・道徳的責任というテーマをいかに一貫して追い続けてきたかを示す証言として読めます。後にDarkness Visible(1990年、うつ病の回想録)へと結実する内省的傾向もここに萌芽が見られます。


エッセイ題名 初出 内容

“This Quiet Dust” Harper’s 誌 ナット・ターナー調査の記録(表題作)

“The Shade of Thomas Wolfe” Harper’s Magazine, 1968 トーマス・ウルフ論

“The Oldest America” McCall’s, 1968 ヴァージニア・タイドウォーター地方について

“In the Jungle” New York Review of Books, 1968 1968年民主党大会(シカゴ)について

“The Paris Review” Harper’s Bazaar, 1953 パリ・レビュー創刊について

William Blackburnの回想 Duke Encounters, 1977 恩師ブラックバーンへの追悼

Peter Matthiessenへの序文 書籍収録, 1979 ピーター・マシーセンについて

“Almost a Rhodes Scholar” South Atlantic Bulletin, 1980 デューク大学でのローズ奨学金挑戦の回想

“In the Southern Camp” New York Review of Books, 1981 メアリー・チェスナットの南北戦争日記評

“William Styron’s Nile Diary” Geo, 1981 ナイル川旅行記


エッセイ “This Quiet Dust” の実際の書き出しは、スタイロンが小説『ナット・ターナーの告白』の執筆に行き詰まっていた自身の状況を説明するところから始まります。
「1962年の晩秋、新しい小説の執筆に長く、かなり不安で厄介な時間を費やしたのち、私はどうにも抜け出せそうにない疲労と絶望の状態にあることに気づいた。」
(In the late autumn of 1962, after a long, rather anxious and troublesome period of work on a new novel, I found myself in a state of exhaustion and despair from which there seemed to be no release.)
このように、最初は彼自身のスランプの告白から入ります。
「壊れた器と黄金」の文章が登場する箇所
そして、エッセイが数ページ進み、彼が唯一の史料であるナット・ターナーの「告白録」とどう向き合ったかを語る場面で、ご記憶の文章が登場します。
スタイロンは、「告白録」がナット・ターナーの言葉をそのまま記録したものではなく、白人の弁護士トーマス・R・グレイによって聞き書きされ、編集されたものであることを指摘します。そのため、史料としては偏向しており、不完全である(=壊れている)と考えます。
しかし、その不完全な史料を繰り返し読むうちに、その向こう側にナット・ターナーという人間の真実の姿を見出します。その発見の瞬間を表現したのが、以下の箇所です。
I read it again and again, and was caught up in its mesmerizing poetry. For all its contradictions and its evident age-darkened strangeness, the document possessed a stark and gripping power, and I felt that it would be impossible for me not to try to use it as the foundation for a work of fiction. The vessel was broken, but the gold was there.
日本語に訳すと以下のようになります。
「私はそれを何度も何度も読み返し、その魅惑的な詩情に捕らえられた。あらゆる矛盾をはらみ、時代を経て明らかに異様なものにはなっていたが、その文書はむきだしの、人を捉えて離さない力を持っており、これを土台にしてフィクション作品を書こうと試みないわけにはいかないと感じた。確かに器は壊れていた、しかしそこには黄金があった。

確かに瓶は割れてしまった。しかしそれは黄金でできていた。割れても黄金であることに変わりはない。


ウィリアム・スタイロンのエッセイ・評論集 『This Quiet Dust and Other Writings』(1982年刊行、邦題:『静かなる塵』など)について、どのような批評や論考があるかをご紹介します。

この本は、スタイロンが数十年にわたり雑誌などに発表したエッセイ、書評、回想録をまとめたもので、彼の長編小説(『ナット・ターナーの告白』や『ソフィーの選択』など)の「思想的・歴史的背景を明かす副読本」として、アメリカ文学研究者や批評家の間で非常に重視されています。

主に以下のようなジャンルで評論・研究がなされています。


1. 当時の主要紙誌による書評(1982〜83年)

本が出版された当時、アメリカの主要な新聞や文芸誌が一斉に書評を掲載しました。

  • ニューヨーク・タイムズ紙(The New York Times Book Review, 1982年12月12日)
    • 批評家ベンジャミン・デモット(Benjamin DeMott)による評。スタイロンの「道徳的真剣さ」と「歴史への深い沈潜」を称賛しつつ、南部人としての彼の自己認識を分析しています。
  • カーカス・レビュー(Kirkus Reviews)
    • 「スタイロンの小説のファンだけでなく、20世紀後半のアメリカ文学と歴史の交差点に興味があるすべての人にとって不可欠な一冊」と評されました。
  • ワシントン・ポスト紙などの文芸欄でも、彼の文体の美しさと、重厚なテーマ(奴隷制、ホロコースト、精神の危機)に向き合う姿勢が高く評価されました。

2. 文学研究における主な論点(評論のテーマ)

アカデミックな文学研究(論文など)においては、主に以下の3つのテーマでこの本が引用・論評されています。

① 「人種問題」と「南部文学」の継承者としてのスタイロン

スタイロンはウィリアム・フォークナー亡き後の南部文学の巨頭と目されていました。この本に収録されているフォークナー論や、南部についての省察は、「いかにして現代の作家が過去の奴隷制の罪と向き合うか」という視点で多くの論文に引用されています。

② 『ナット・ターナーの告白』をめぐる弁明と歴史認識

ご存知の通り、『ナット・ターナーの告白』は黒人知識人から激しいバッシングを受けました。表題作の “This Quiet Dust” を含む一連のエッセイは、スタイロンが「なぜ、どのように白人である自分がナット・ターナーを書いたのか」という創作論・歴史観を語ったものであり、アフリカ系アメリカ文学研究の文脈で必ず言及される重要文献となっています。

③ アウシュビッツと奴隷制の接続

この本には『ソフィーの選択』の背景となる、アウシュビッツ訪問記なども収められています。批評家たちは、スタイロンが「アメリカの黒人奴隷制」と「ナチスのホロコースト」という、人類史の二大悲劇を同列の「絶対悪」として捉え、文学によってそれに抗おうとした作家である、と論じています。


3. 具体的な研究書・資料の探し方

もし英語の論文やより専門的な評論をお探しの場合、以下のキーワードや学術データベースが役立ちます。

  • 著名なスタイロン研究者:
    • ジェームズ・L・W・ウェスト3世 (James L. W. West III):スタイロンの公式伝記作家であり、彼のノンフィクション作品の編集・研究の第一人者です。
  • 日本の研究:
    • 日本の「日本アメリカ文学会」などの紀要でも、スタイロンの歴史認識を論じる際にこの『This Quiet Dust』がテキストとして使われています。CiNii(日本の学術論文検索)で「ウィリアム・スタイロン」や「ナット・ターナー」と検索すると、邦人学者による優れた論文が見つかります。
  • 海外のデータベース:
    • JSTORGoogle Scholar"This Quiet Dust" William Styron と検索すると、多くのアメリカ文学の論文がヒットします。

まとめ

『This Quiet Dust and Other Writings』は、単なる「エッセイ集」の枠を超え、「20世紀のアメリカを代表する知識人・作家が、自国の最大の闇(奴隷制・人種差別)と文学を通じていかに格闘したか」を示す第一級のドキュメントとして、今なお高く評価され、研究され続けています。

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