第一に、子供または妻子への愛着。早く家に帰って妻子
の顔を見たいため、宴をやめてしまいたいという歌が挙げられる。第二に老年の悲惨。第三に
貧困、飢えと寒さ、税吏の苛酷。これらの題材はいずれも後の時代に歌われない題材であった。
他の歌人には見えなかったものが、憶良の眼には見えた
「自分自身を含めての対象への
知的な距離」としながら、憶良は大陸古典の背景を念頭に入れて模倣した
憶良は大陸文学を通して単なる模倣ではなく、自ら「知的距離」を以て日本社会の当時の現
実を見つめた日本人である。日本の現実を見つめたことは彼の独自性であり、例外性でもある。
彼は日本人の感受性と大陸文学の視点の両方を持ててこそ表現できる歌を詠んだ
そういう意味で彼は日本人の「例外」でありながら、「普通」なのである。この特異な人物こそ「日本的なもの」という軸の始まりとも言えるだろう。
憶良は、人間が背負う「老」「病」「生」「死」「無常」「愛別離」「貧窮」などの現実苦
を、そこに表現し続けていた。「沈痾自哀文」もそのような作品の典型的な一つである
『沈痾自哀文』の冒頭は、憶良が自ら抱えている病気の症状と苦悩を述べ、その病いの
原因を考える思索の始まりの部分にあたる。鍵括弧の中は憶良が自ら施した注である。
原文:竊以 朝夕佃食山野者 猶無災害而得度世 [1 132、謂常執弓箭不避六齊 所値禽獣不論大小孕
及不孕並皆煞食 以此為業者也] 晝夜釣漁河海者 尚有慶福而全經俗 [2、謂漁夫潜女各有
所勤 男者手把竹竿能釣波浪之上 女者腰帶鑿篭潜採深潭之底者也] 况乎我従胎生迄于今日自有修善之志 曽無作悪之心 [3、謂聞諸悪莫作諸善奉行之教也] 所以礼拜三寶 無日不勤[4、毎日誦經發露懺悔也] 敬重百神 鮮夜有闕 [5、謂敬拜天地諸神等也]嗟乎媿哉我犯何
罪遭此重疾 [6、謂未知過去所造之罪 若是現前所犯之過 無犯罪過何獲此病乎]
以下口語訳:「ひそかに思うに、朝に夕に山や野に狩猟する人でも、天の災いもなく世を過ごすことが
できる(いつも弓矢を手にし、六斎の日にも慎むことなく狩をして、鳥獣と見れば手当た
り次第、大小問わず、子を孕んでいるかどうかも構わず、すべて殺して食い、それによっ
て生業とするものを言う)。昼も夜も川や海に漁猟する人でも、幸福に恵まれて無事に生きている(漁夫と海女と、それぞれに異なる仕事がある。男は竹竿を手にして巧みに波浪
の上で釣りをし、女は鑿と篭を腰につけて海底深く潜って貝を採るものを言う)。まして、
私はこの世に生まれてから、善行をなそうという志こそあれ、殺生の悪を犯す気は全然な
かった(「諸悪作すこと莫れ、諸善奉行せよ」の教えを受けたことを言う)。そんな次第
で、仏法僧の三宝への礼拝を怠る日とてなく(毎日経を読んで、犯した罪を顕わし、罪を
悔 い 改 め る ) 、 諸 神 を 尊 み 拝 む こ と を 欠 か す 夜 も な い ( 天 地 の 諸 神 を 敬 拝 す る こ と を 言う)。ああ恥ずかしい。何の罪を犯したせいなのだろう。こんなに重い病気にかかるとい
うことがどうしてあるだろう(過去に作った罪か、現在犯した過ちかは知らないが、何か
の罪を犯さなければ、どうしてこの病気になったのだろうか)」。
原文: 抱朴子曰 神農云 百病不愈 安得長生 帛公又曰 生好物也 死悪物也 若不幸而不
得長生者 猶以生涯無病患者為福大哉 今吾為病見悩不得臥坐 向東向西莫知所為 無福至甚
惣集于我 人願天従 如有實者 仰願 頓除此病頼得如平 以鼠為喩豈不愧乎 [18 已見上也]
口語訳:抱朴子に、「神農は「諸病が直らなければどうして長生きができるだろうか」と言う」
とある。帛公もまた「生は好ましきものだ。死は嫌なものだ」と言う。もしも不幸にして
長生きすることができないのだったら、生涯に病気の苦しみのないことを、せめてもの幸
いとすべきではないだろうか。今、私は病気に悩まされて寝ることも座ることもままなら
ない。東にも西にも、どちらにも身の動かしようがない。不運はみんな私のもとに集まっ
てしまった。「人が願えば天はそれを聞き入れる」と言う。それがもし本当なら、仰ぎ見
て天に願う、すぐにこの病気を取り除き、普段の健康に戻してくださいますようにと。鼠
に譬えられたら、私だけはどんなに情けないだろうか。
「抱朴子は、鼠を喩えとして生と死を説いている。死んで鼠に劣ると言われる恥に私は堪えられない。天よ、我が願いを聴け」。
山上億良は、辞世の前に最も長い漢文の述作「沈痾自哀文」を
詠んだが、この文章はすべて漢文で書かれたものである。仏教、道教、儒教の用語を大量に駆
使しながらも億良自身の独自の世界観を表現したものであると考えられる。
人生は短いからこの世を愉しもうという快楽主義的結論とは反対に、ほんとうの「生」
は「浄土」に期待しなければならないという彼岸思想的結論に到る。
老年の憶良が仏教的な考え方をしたが、信じきれなかった
彼は多くの仏教用語を使
いながらも、彼の思想は決して仏教に同化されたわけではない。彼は仏典の言葉を自分の論理
の材料として使っているだけである。憶良の世界観は三つにまとめられると考える。一、「現前」と「過去」を対応させたところで「現世」の生命こそ「真実」なものであって、
貴重である。死は恥じである。生きることこそ意味がある。二、自注のところで見られる「我病盖斯飲食所招而不能自治者乎」という事実を尊重する科
学的な観点乃至唯物主義者的視点。三、人間の思考や行動の無力さ、人間の超えられない普遍的な限界を認め、自我の行動の結
果を強要しない点。
彼の死生観は加藤が見出した
日本土着世界観の「現世主義」ともほぼ一致する。しかし、憶良の世界観には「集団性」と
「現在性」の特徴はあまり見られない。つまり、前述した部分的な空間と時間としての「今」
「ここ」のような特徴が見られなかった。これこそ加藤が憶良を「例外」とした理由であろう。
憶良は真実を尊重する精神および全体的な視野を持つ知識人であった。
世界モデルと世界観は重なる。日本語とはどうだろうか。言語は遅れてついて来るのだろうか。
この人の場合、日本の旧来の世界モデル、大陸の世界モデル、目の前にある現実、この3つの世界モデルが衝突している。地震のプレート理論のようなものだ。
大陸の世界モデルと目の前の現実の世界モデルを正確に理解するとすれば、その認識は動かせない。そこで、自分の世界モデルを修正することになるが、その時に、創作が成立する。そのように、私は考える。
いっそのこと、世界観の方が分かりやすいであるが、やはり私は、関数のようなものを考えていて、この世界は、このような刺激に対して、どのような反応を返すのかという、粗雑なら粗雑なりに、精密なら精密なりに、関数の形をしていると思う。だから世界モデルと表現している。世界関数でもいい。
しかし、イメージとしては、世界の縮図を脳の中に形成しておいて、それで世界をシミュレーションする感覚である。脳の中には、世界の縮図がある。粗雑でも精密でも。立体地図のようなものをイメージしている。
粗雑な場合には、たとえば何でもかんでも陰謀論とかの世界モデルになる。
どんな入力に対しても、数少ない出力で返すから、脳の負担は少ない。消費エネルギーが少ない。それは有利であるが、正確なシミュレーションができない。結局、適応度は低下する。しかしその場合は、負担を軽くしなければならない事情があるのだ。
このバーターは個人それぞれに前提条件があって、脳の負担を軽くしたい事情がある人には、単純モデルがよいことになる。
シミュレーションの精度を上げようとすれば、脳に負担がかかる。
ローカルLLMで、軽さを取れば推論は浅くなる。推論の深さを取れば、動きは遅くなる。このバーターは必然である。
世間の占い師の仕事などは、こうした単純化の上に成り立っている。
原理的に考えれば、占いが当たる懸賞をすり抜けるかどうかは客観的に検証できることである。それ自体が当たったかどうか確認できるし、いくつかの占い・予言を比較して、無作為二重盲検のような処理をして、予想の当たり方を検証することもできる。
しかしそれでも占いが存在しているのは、一つには検証をすり抜ける言葉遣いをしている。地震がいつ起きるとは言わず、近く起こる、などとしておけば、外れない。また一つは、事実関係に密着しているのではなく、人間心理に密着している。だから占いが成立する。
人間は迷うときに何かの言葉を欲しがっている。その心理を見抜いて、密着してくる。
つまり、相手の世界モデルの精密さに合わせて、密着するのである。
この、相手の世界モデルを見抜く力が要点である。
占い師は、顧客の世界モデルをコントロールして、ACT的に言えば、フュージョンしてしまう。未来を知る能力ではない。
予言や占いについては、カール・ポバーが言及していて、自己言及の矛盾、つまり、未来の予言に、自分の予言が含まれるというような矛盾を指摘していた。
