リベットの実験から始まる論争の過去、現在、未来


  1. レポート:自由意志の神経科学的探求 — リベットの実験から始まる論争の過去、現在、未来
      1. 序論:自由意志という古くて新しい問題
    1. 第一部:リベットの衝撃 — 意識は操り人形か?
      1. 第1章:古典的実験の全貌(Libet et al., 1983)
      2. 第2章:伝統的解釈とそのインパクト
    2. 第二部:反論と再解釈 — リベット実験の神話を解体する
      1. 第3章:実験手法への疑義
      2. 第4章:準備電位(RP)とは何か?
      3. 第5章:意識の役割再考 — 「拒否権(Veto)」という可能性
    3. 第三部:ポスト・リベット時代 — 自由意志の神経科学の現在地
      1. 第6章:無意識的決定のさらなる証拠?
      2. 第7章:自由意志の多次元性
    4. 結論:自由意志の探求はどこへ向かうのか
  2. 自由意志の神経科学的探求に関する文献リスト
      1. 第一部:リベットの衝撃と古典的解釈
      2. 第二部:反論と再解釈 — RP、W、そして「自由意志」の概念をめぐって
      3. 第三部:ポスト・リベット時代の研究 — fMRI、単一ニューロン記録、そして概念の洗練
  3. 要するに、神経科学は意志の概念を根本的に刷新するのではなく、「意志の性質やその成立過程についての我々の理解を深めるツール」として機能している、というのがロスキーズの見解です。
  4. ロスキーズは、神経科学の成果が意志の理解に新たな視点をもたらす一方で、意志の本質を決定づけるものではないと論じています。神経科学は、意志の概念を単純化せず、むしろその複雑さと曖昧さを明らかにしている、としています。

レポート:自由意志の神経科学的探求 — リベットの実験から始まる論争の過去、現在、未来

序論:自由意志という古くて新しい問題

「私たちに行動を選択する自由な意志はあるのか、それとも私たちの行動は先行する原因によってすべて決定されているのか?」――この問いは、古代ギリシャの哲学者たちから現代に至るまで、人類の知性を魅了し、そして悩ませ続けてきた根源的なテーマである。伝統的に哲学や神学の領域で議論されてきたこの「自由意志」の問題に、20世紀後半、科学、とりわけ神経科学が新たな光を当てるようになった。もし、私たちの「意志」や「意図」といった主観的な体験が脳の活動の産物であるならば、脳の活動を計測することで、自由意志の謎を解き明かせるのではないか。

この大胆な試みに火をつけたのが、1983年に生理学者ベンジャミン・リベット(Benjamin Libet)らが行った画期的な実験である。この実験は、私たちの意識的な意図が行動を引き起こすという素朴な直観に真っ向から挑戦し、「自由意志は幻想かもしれない」という衝撃的な可能性を提示した。以来、リベットの実験は、科学者、哲学者、法学者、そして一般の人々の間で、自由意志をめぐる激しい論争の震源地であり続けている。

本レポートでは、このリベットの古典的実験を起点として、自由意志をめぐる神経科学的な探求の軌跡をたどる。まず、リベットの実験が何を示し、なぜそれほどまでに衝撃的だったのかを詳述する(第一部)。次に、その後の数十年間で積み重ねられてきた、リベット実験に対する数々の批判や再解釈を検討し、当初の衝撃的な結論がいかにして揺らいでいったかを見る(第二部)。さらに、リベットの実験を乗り越え、より洗練された手法で自由意志の謎に迫ろうとする現代の研究を紹介し、この問題が現在どのように捉えられているかを明らかにする(第三部)。

この探求を通じて、私たちは「自由意志はあるかないか」という単純な二元論から脱却し、自由意志を、脳内で繰り広げられる複雑で多層的なプロセスとして理解するための視座を獲得することを目指す。リベットが投じた一石は、最終的な答えをもたらしはしなかったが、間違いなく、人類が自己を理解するための新たな扉を開いたのである。


第一部:リベットの衝撃 — 意識は操り人形か?

第1章:古典的実験の全貌(Libet et al., 1983)

リベットの実験の核心を理解するためには、その巧妙な実験デザインを正確に把握する必要がある。彼の問いはシンプルだった。「行動しよう」という意識的な意図(Will)は、実際に行動が起こる前の、どの時点で生じるのか。そして、その意図が生じる前に、脳では何が起きているのか。

1. 実験の構成要素

リベットは、3つの重要な時間を計測することを目指した。

  • 行動(Movement, M): 被験者が自発的に手首を曲げるという単純な運動。この動きは筋電図(EMG)によってミリ秒単位で正確に記録された。これが時間の基準点(0ミリ秒)となる。
  • 準備電位(Readiness Potential, RP): これは、自発的な運動に先立って、脳の運動関連領域(特に補足運動野)で観測される、ゆっくりとした負の電位変化である。1965年にドイツの神経学者コルンフーバーとデッケによって発見されており、運動の「準備」状態を反映する脳活動だと考えられていた。リベットは脳波計(EEG)を用いてこのRPの開始時間を測定した。
  • 意識的な意図(Conscious Will, W): これがリベットの実験の最も独創的で、かつ最も物議を醸す部分である。被験者に「今、動かそう」と最初に感じた瞬間(the first awareness of the urge to move)を報告させる必要があった。そのために、彼は「リベット・クロック」と呼ばれる特殊な時計を用いた。これは、約2.5秒で一周する高速な時計の針(光点)であり、被験者は行動した後、光点がどの位置にあったときに「動かそう」と感じたかを報告する。これにより、主観的な意図の発生時間を客観的な時間軸上に位置づけることを試みた。

2. 実験の手順と驚くべき結果

被験者は、リラックスした状態で椅子に座り、好きなタイミングで、事前に計画することなく、自発的に手首を曲げるよう指示された。この一連の試行を何度も繰り返し、M、RP、Wのそれぞれの時間を記録し、平均化した。

常識的に考えれば、時間的な順序は「①意図(W)が生じる → ②脳が準備を始める(RP) → ③実際に行動する(M)」となるはずである。つまり、意識的な意志が行動の原因であり、脳はその命令に従う、という構図だ。

しかし、リベットが明らかにした結果は、この直観を根底から覆すものだった。

  • 準備電位(RP)の開始: 行動(M)が起こる約550ミリ秒前
  • 意識的な意図(W)の発生: 行動(M)が起こる約200ミリ秒前

つまり、時系列は「①準備電位(RP) → ②意識的な意図(W) → ③行動(M)」となったのである。

これは、被験者が「動かそう」と意識する約0.35秒(350ミリ秒)も前に、脳はすでに行動の準備を開始していたことを意味する。意識的な意図は、行動を開始させる引き金(トリガー)ではなく、すでに無意識下で始まっていた脳のプロセスを、後から追認しているかのような結果であった。

第2章:伝統的解釈とそのインパクト

リベットの実験結果は、神経科学界隈にとどまらず、哲学や法学の世界にも大きな衝撃を与えた。その最もラディカルな解釈は、以下のようなものであった。

1. 自由意志幻想論の台頭

もし、私たちの行動が、意識的な意図が生じるよりも前に無意識的な脳活動によって開始されているのであれば、「意識的な意志が行動を自由に選択している」という私たちの感覚は、単なる幻想(Illusion)ではないのか。私たちの意識は、あたかも自分が決定を下しているかのように錯覚しているだけで、実際には、舞台裏で働く無意識的な脳のメカニズムによってすべてが決定されている「操り人形」に過ぎないのではないか。

この解釈は、多くの科学者や哲学者によって支持され、一般向けの科学書や記事を通じて広く知られるようになった。心理学者のダニエル・ウェグナーは著書『The Illusion of Conscious Will』(2002)でこの考えを推し進め、自由意志の感覚は、私たちの思考と行動の間に因果関係があると脳が(しばしば誤って)推論した結果生じる「物語」であると主張した。

2. 意識的意図の役割

では、もし意識が行動の原因でないとしたら、その役割は何なのか。いくつかの可能性が議論された。

  • 追認・モニタリング機能: 意識は、無意識的な脳が決定した行動をただモニターし、それに「私がやった」という所有権のスタンプを押すだけの役割かもしれない。
  • 物語化機能: 意識は、すでに行われた行動に対して、後から一貫性のある理由や物語を作り出す「解釈装置」としての機能を持つのかもしれない(認知的不協和の解消などに関連)。

3. 哲学的・社会的含意

この自由意志幻想論は、深刻な哲学的・社会的問題を提起した。

  • 道徳的責任: もし私たちの行動が自分の意志でなく、無意識的な脳活動によって決定されているなら、私たちは自分の行動に道徳的な責任を負うことができるのか。犯罪者を罰することの正当性はどこにあるのか。
  • 人間観: 自由と理性を重んじる伝統的な人間観は、根本から見直されるべきではないのか。

リベットの実験は、単なる脳科学の一研究にとどまらず、人間存在の根幹を揺るがす問題提起として、その後の議論の方向性を決定づけることになった。しかし、この衝撃的な物語は、あまりにもシンプルすぎたのかもしれない。


第二部:反論と再解釈 — リベット実験の神話を解体する

リベットの実験が発表されてから、その影響力の大きさゆえに、数多くの批判的な検討が行われてきた。これらの批判は、実験手法の妥当性から、結果の解釈、そして「自由意志」という概念そのものにまで及ぶ。

第3章:実験手法への疑義

リベット実験の土台そのものを揺るがす批判は、その測定方法に向けられた。

1. 「W(意識的な意図)」の測定は信頼できるか?

リベット実験の最も脆弱な点は、意識的な意図の発生時間(W)の測定にある。被験者は、内省によって「動かそう」という衝動が最初に生じた瞬間を特定し、それを高速で動く時計の針の位置と照合して報告する。このプロセスには、いくつかの深刻な問題が指摘されている。

  • 主観報告の曖昧さ: 「動かそう」という衝動は、明確な開始点を持つ瞬間的な出来事というよりは、徐々に高まっていく曖昧な感覚かもしれない。被験者は、このグラデーションの中から、無理やり一つの時点を選び出している可能性がある。
  • 注意の分割: 被験者は、内的な衝動に注意を向けつつ、同時に外部の時計にも注意を払わなければならない。この二重課題(Dual-task)は、報告されるタイミングに影響を与える可能性がある。
  • 報告による時間的ずれ: 意図を感じてから、それを時計の位置と結びつけて記憶し、後で報告するまでには、時間的な遅れや歪みが生じる可能性がある。哲学者のダニエル・デネットらは、この報告プロセス自体が認知的な負荷を伴い、意図のタイミングを実際よりも遅く報告させているのではないかと批判した。

これらの批判は、「W」のタイミングが200ミリ秒前であるという測定値自体の信頼性を揺るがし、RPとWの間の350ミリ秒という時間差の解釈を困難にする。

2. 実験設定の限界:単純な運動は「自由意志」か?

リベット実験で扱われた行動は、「理由なく、自発的に手首を曲げる」という極めて単純で人工的なものである。しかし、私たちが日常的に「自由意志」を発揮する場面は、このようなものではない。

  • 熟慮された決定: 「どの大学に進学するか」「誰と結婚するか」といった重要な決定は、価値観、信念、長期的な目標に基づいた熟慮の末になされる。このような複雑な意思決定プロセスを、単純な指の動きと同一視することはできない。
  • 文脈の欠如: リベットの実験では、行動を選択する「理由」が意図的に排除されている。しかし、私たちの行動の多くは、特定の文脈や目標の中で意味を持つ。

したがって、リベットの実験が明らかにしたのは、せいぜい「気まぐれな衝動の神経メカニズム」であって、人間的な意味での「自由意志」そのものではない、という批判は根強い。

第4章:準備電位(RP)とは何か?

リベット実験の解釈における最大の鍵は、準備電位(RP)をどう捉えるかにある。伝統的な解釈では、RPは「特定の行動を起こすという決定・準備」のシグナルだと考えられていた。しかし、この見方に挑戦する新たな理論が登場し、論争の構図を大きく変えることになる。

1. アーロン・シューガーの確率的決定モデル(Stochastic Decision Model)

2012年、アーロン・シューガー(Aaron Schurger)らは、RPの解釈を根本から覆す、画期的なモデルを提唱した。彼らの主張の要点は以下の通りである。

  • RPは「決定」のシグナルではない: 脳内では、常に神経活動のランダムなゆらぎ(Stochastic fluctuations / Neural noise)が存在する。
  • 行動の誘発: 自発的な行動は、このランダムなゆらぎが、偶然にもある閾値(Threshold)を超えたときに引き起こされる。つまり、特定の意図や決定が行動を開始させるのではなく、神経活動の確率的なプロセスが行動のタイミングを決定する。
  • RPの正体: リベット実験で観測されたRPは、このゆらぎのアーティファクト(人為的産物)に過ぎない。実験では、行動が実際に起きた時点を基準(0ミリ秒)にして、そこから時間を遡って脳波を平均化(Averaging)する。閾値を超えて行動が起きた試行だけを選んで平均化すれば、閾値に向かってゆっくりと上昇していくように見える電位変化が、あたかもそこに存在するかのように浮かび上がる。しかし、これは特定の行動を準備する決定的なプロセスではなく、単にランダムなゆらぎが閾値に達した軌跡を平均化したものに過ぎない。

2. シューガーらの実験的証拠

彼らは、このモデルを支持する実験的証拠も提示した。被験者に対し、予測不可能なタイミングで「カチッ」という音が聞こえたら、できるだけ早く指を動かすように指示した。この場合、行動のタイミングは外部の刺激によって決定されるため、自発的ではない。この条件で脳波を測定したところ、行動に先立つ明瞭なRPは観測されなかった。これは、RPが運動の準備そのものではなく、「いつ」行動を起こすかという自発性のタイミングに関連するプロセスであることを強く示唆している。

3. この再解釈が持つ意味

シューガーのモデルが正しければ、リベット実験の伝統的な解釈は根底から崩れる。

  • 無意識による「決定」の否定: RPが特定の行動を準備する「決定」のシグナルでないのなら、「意識に先立って無意識が行動を決定した」という構図は成り立たない。無意識的な脳活動は、行動の準備状態を高める背景的なゆらぎに過ぎず、最終的な「GO」サインは、意識的な意図(W)が生じる200ミリ秒前の時点、あるいはそれ以降に与えられるのかもしれない。
  • 決定論的構図の崩壊: 行動の開始が確率的なゆらぎに依存するのであれば、行動は厳密には決定されていないことになる。これにより、自由意志が介在する余地が再び生まれる。

シューガーの確率的モデルは、RPの解釈にパラダイムシフトをもたらし、リベット論争を新たなステージへと進める重要な転換点となった。

第5章:意識の役割再考 — 「拒否権(Veto)」という可能性

興味深いことに、リベット自身は、自らの実験結果から「自由意志は完全な幻想である」とは結論づけていなかった。彼は、意識に重要な役割が残されている可能性を指摘した。それが「拒否権(Veto Power)」あるいは「自由な不作為(Free Won’t)」という考え方である。

リベットは、意識的な意図(W)が発生してから実際に行動(M)が起こるまでの間に、約150ミリ秒の時間的猶予があることに注目した。この短い時間内に、意識は、無意識的に湧き上がってきた行動への衝動を拒否し、中止させることができるのではないか、と考えたのである。

つまり、意識は行動を積極的に「開始(Initiate)」することはできないかもしれないが、それを「承認するか、拒否するか(Ratify or Veto)」というゲートキーパーとしての役割を持つ。この「拒否権」こそが、自由意志の現れであるとリベットは主張した。

この考えは、私たちが日常的に経験する「衝動を抑える」という感覚と一致する。例えば、怒りにまかせて何かを言おうとした瞬間に、「いや、言うべきではない」と思いとどまるような経験である。この「拒否権」モデルは、リベットの実験データと両立しつつ、意識に能動的な役割を与える魅力的な仮説であり、現在も議論が続いている。


第三部:ポスト・リベット時代 — 自由意志の神経科学の現在地

リベットの実験が切り開いた道を、現代の神経科学者たちは、より強力な技術と洗練された理論を用いて進んでいる。これらの研究は、リベットの問いをさらに深化させ、自由意志の複雑な姿を浮き彫りにしつつある。

第6章:無意識的決定のさらなる証拠?

リベットの発見を支持し、さらに発展させた研究も数多く存在する。

1. SoonらのfMRI研究(2008)

ジョン=ディラン・ヘインズ(John-Dylan Haynes)の研究室に所属していたチュン・シオン・スーン(Chun Siong Soon)らは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、リベット実験を現代的にアップデートした。fMRIは、脳波(EEG)よりも空間的な解像度が高いが、時間的な解像度は低い。

  • 実験内容: 被験者はfMRI装置の中で、好きなタイミングで、左右どちらかのボタンを押すかを自由に決定した。
  • 結果: 驚くべきことに、被験者がどちらのボタンを押すかを、その行動が起こる最大10秒も前に、前頭極皮質頭頂皮質(楔前部/後帯状皮質)の活動パターンから予測できることが示された。意識的な決定(被験者の報告による)がなされるのは、行動のわずか1秒前であった。
  • 評価: この結果は、リベットの発見をはるかに凌ぐ時間スケールで、無意識的な脳活動が未来の行動を規定している可能性を示唆し、大きな話題を呼んだ。しかし、この研究にも限界がある。予測精度は偶然(50%)をわずかに上回る約60%程度であり、行動を決定づけているとまでは言えない。この脳活動は、決定そのものではなく、単に一方の選択肢への「偏り(Bias)」が徐々に高まっていくプロセスを捉えているだけかもしれない。

2. Friedらの単一ニューロン記録研究(2011)

さらに解像度の高いアプローチとして、イツァーク・フリード(Itzhak Fried)らは、てんかん治療のために脳深部に電極を埋め込んだ患者を対象に、単一ニューロンレベルでの活動記録を行った。

  • 実験内容: 被験者はリベット実験と同様に、好きなタイミングでボタンを押した。
  • 結果: 被験者が意図を意識する(W)約1.5秒前から、補足運動野(SMA)の一部のニューロンの活動が変化し始め、この活動から、被験者がボタンを押すタイミングを80%以上の高い精度で予測できた。
  • 評価: この研究は、fMRIよりもはるかに時間的・空間的に正確に、意図の起源に迫るものである。特定のニューロン集団の活動が、意識的な体験に先行して、行動の準備に関わっていることを強力に裏付けている。しかし、これもまた、その神経活動が不可逆的な「決定」なのか、それとも依然として変更可能な「準備」や「衝動」なのかという解釈の問題は残る。

これらの研究は、私たちの行動に至るプロセスが、意識の光が当たるずっと以前から、無意識の領域で始まっていることを示唆している。しかし、それが自由意志の「不在」を証明するかどうかは、依然として解釈に開かれている。

第7章:自由意志の多次元性

ポスト・リベット時代の最も重要な進展の一つは、「自由意志」を単一の現象としてではなく、複数の要素からなる多次元的な能力として捉えようとする視点の登場である。

1. 「いつ(When)」と「何を(What)」の決定

マルセル・ブラス(Marcel Brass)とパトリック・ハガード(Patrick Haggard)の研究(2007)は、意思決定の異なる側面を区別することの重要性を示した。

  • 実験内容: 被験者に、行動を「いつ(When)」起こすかだけでなく、「何を(What)」(例えば、左手と右手のどちらでボタンを押すか)も自由に決めさせた。
  • 結果: 行動を「いつ」起こすかというタイミングの決定には、リベット実験と同様に補足運動野(SMA)が関与していた。しかし、「何を」するかという選択の決定には、頭頂皮質背外側前頭前野(DLPFC)といった、より高次の認知機能に関わる領域が関与していることが示された。
  • 評価: この発見は、リベットが扱っていた「When」の決定(いつ動くかという衝動)と、より熟慮的な「What」の決定(どの選択肢を選ぶか)が、異なる神経メカニズムに基づいている可能性を示唆する。私たちが「自由意志」と呼ぶものの多くは、後者の「What」の決定に関わるものであり、リベット実験のモデルは、この側面を捉えきれていなかった可能性がある。

2. 近位の意図と遠位の意図

哲学的な区別も、神経科学的な探求に示唆を与えている。「近位の意図(Proximal intention)」とは、「今、腕を動かそう」といった、行動直前の意図を指す。一方、「遠位の意図(Distal intention)」とは、「明日の朝、会議に出席しよう」といった、より時間的に離れた未来の計画や目標を指す。

リベット実験が測定していたのは、明らかに「近位の意図」である。しかし、人間社会における責任や計画性を支えているのは、むしろ「遠位の意図」を形成し、維持する能力である。この遠位の意図の形成には、自己の価値観や目標を司る前頭前野が深く関与しており、リベット実験で焦点が当てられた運動野の活動とは質的に異なるプロセスであると考えられる。


結論:自由意志の探求はどこへ向かうのか

ベンジャミン・リベットの1983年の実験から約40年が経過した今、私たちは自由意志の問題をどのように捉えるべきだろうか。

1. リベット実験の歴史的意義

リベットの実験が「自由意志の不在を証明した」という見方は、もはやナイーブな解釈と見なされている。準備電位(RP)の解釈は大きく揺らぎ、意識的な意図(W)の測定の信頼性にも疑問が投げかけられている。しかし、だからといってリベットの実験が無価値だったわけではない。その歴史的意義は計り知れない。彼は、これまで思弁の対象でしかなかった自由意志というテーマを、実証的な科学の土俵に引き上げ、その後の爆発的な研究の展開を促した偉大な触媒であった。彼が設定した「RP → W → M」というパラダイムは、乗り越えられるべきベンチマークとして、後続の研究者たちに明確な問いとインスピレーションを与え続けた。

2. 「あるか、ないか」の二元論からの脱却

現在の神経科学は、「自由意志はあるか、ないか」というオール・オア・ナッシングの問いから離れつつある。代わりに、自由意志を構成する様々な認知能力(計画、選択、実行、抑制など)が、どのような神経メカニズムによって実現されているのかを、より具体的に解明しようとしている。

自由意志は、単一の脳部位や瞬時の決定によって生じる魔法のような力ではなく、むしろ、

  • 確率的な神経プロセス: 脳のランダムなゆらぎを基盤とする。
  • 階層的な意図形成: 長期的な目標(遠位の意図)が、短期的な行動(近位の意図)を制約し、方向づける。
  • 意識的なコントロール: 湧き上がる衝動を承認または拒否する、ゲートキーパーとしての意識の役割。
  • 社会的・環境的文脈: 私たちの選択は、常に周囲の環境や社会的な規範との相互作用の中でなされる。

といった複数の要素が絡み合う、複雑でダイナミックな現象として捉えられ始めている。

3. 今後の展望:神経科学と哲学の協働

自由意志の探求は、神経科学だけで完結するものではない。そもそも「自由意志とは何か」「責任とは何か」という概念自体が、哲学的な問いを含んでいるからだ。シューガーのモデルが示すように、行動が確率的なプロセスから生まれるとしても、それが「自由」を意味するのか、それとも単なる「ランダムネス」なのかという問いは残る。

今後の研究は、より生態学的妥当性の高い(=現実の生活に近い)状況での意思決定を研究する必要があるだろう。また、神経科学者と哲学者が協力し、実験データが「自由意志」という複雑な概念のどの側面を照らし、どの側面を捉えきれていないのかを、より慎重に吟味していく必要がある。

リベットが始めた旅は、まだ終わっていない。彼は私たちに、自己の最も中心にあると信じていた「意識的な意志」が、実は氷山の一角に過ぎないかもしれないという、謙虚な視点を与えてくれた。その氷山の下に広がる広大な無意識の海と、その海面に浮かぶ意識の小舟が、いかにして協調し、私たちの「自由」な航海を可能にしているのか。その謎を解き明かす航海は、今まさに、新たな海図を手に、始まったばかりなのである。

はい、承知いたしました。「自由意志の神経科学的探求 — リベットの実験から始まる論争の過去、現在、未来」というテーマのレポート執筆において、参照すべき重要な学術文献のリストを作成します。

このリストは、レポートの構成に沿って、リベットの古典的実験、それに対する批判と再解釈、そして現代の最新研究という流れで整理されています。


自由意志の神経科学的探求に関する文献リスト

第一部:リベットの衝撃と古典的解釈

  • Libet, B., Gleason, C. A., Wright, E. W., & Pearl, D. K. (1983). Time of conscious intention to act in relation to onset of cerebral activity (readiness-potential): The unconscious initiation of a freely voluntary act.Brain, 106(3), 623-642.
    • 概要: 本レポートの中心となる、画期的かつ極めて影響力の大きいリベットの原著論文です。意識的な意図(W)の前に準備電位(RP)が開始することを示し、自由意志論争に火をつけました。この分野を学ぶ上で必読の文献です。
  • Libet, B. (1985). Unconscious cerebral initiative and the role of conscious will in voluntary action.The Behavioral and Brain Sciences, 8(4), 529-539.
    • 概要: 上記論文への批判に応え、自らの実験の含意を詳述した論文。ここで有名な「拒否権(Veto)」の概念が明確に提唱されました。多数の研究者によるコメントとリベットの再反論も掲載されており、当時の論争の熱気が伝わってきます。
  • Wegner, D. M. (2002). The Illusion of Conscious Will. MIT Press. (邦訳: ウェグナー, D. M. (2007). 『錯覚する意識—知の挑戦』金子書房)
    • 概要: リベットの実験結果を強力に支持し、意識的な意志は行動の原因ではなく、行動とその結果を自己に帰属させるために後から作られる幻想である、と主張した影響力絶大の書籍。自由意志幻想論の代表的な文献です。

第二部:反論と再解釈 — RP、W、そして「自由意志」の概念をめぐって

  • Schurger, A., Sitt, J. D., & Dehaene, S. (2012). An accumulator model for spontaneous neural activity prior to self-initiated movement.Proceedings of the National Academy of Sciences, 109(42), E2904-E2913.
    • 概要: 準備電位(RP)の解釈を根底から覆した、極めて重要な論文。RPは特定の行動の「決定」ではなく、ランダムな神経活動のゆらぎが行動の閾値に達した軌跡を平均化したアーティファクトである、という確率的決定モデルを提唱しました。この論文以降、RPの解釈は大きく変わりました。
  • Dennett, D. C. (2003). Freedom Evolves. Viking. (邦訳: デネット, D. C. (2005). 『自由は進化する』NTT出版)
    • 概要: 著名な哲学者デネットによる書籍。リベット実験の解釈、特に「W」の測定方法の主観性や報告の遅延の問題点を鋭く批判し、自由意志は決定論と両立しうるという両立論の立場から、より洗練された自由意志概念を擁護しています。
  • Mele, A. R. (2009). Effective Intentions: The Power of Conscious Will. Oxford University Press.
    • 概要: 哲学者アルフレッド・ミーリーによる、リベット実験の解釈に対する詳細かつ緻密な批判の書。リベットらのデータが「自由意志の不在」を証明するには全く不十分であることを、論理的に解き明かしています。神経科学の実験結果を哲学的に吟味する際の模範となる一冊です。
  • Brass, M., & Haggard, P. (2007). To do or not to do: the neural signature of self-control.Journal of Neuroscience, 27(34), 9141-9145.
    • 概要: リベットの「拒否権」を実験的に検証しようとした研究。行動を意図的に抑制する決定が、背内側前頭前野(dorsal frontomedian cortex)の活動と関連することを示し、意志の「抑制」側面にも独自の神経基盤があることを示唆しました。

第三部:ポスト・リベット時代の研究 — fMRI、単一ニューロン記録、そして概念の洗練

  • Soon, C. S., Brass, M., Heinze, H. J., & Haynes, J. D. (2008). Unconscious determinants of free decisions in the human brain.Nature Neuroscience, 11(5), 543-545.
    • 概要: fMRIを用い、被験者の意識的な決定の最大10秒も前に、その選択(左右どちらのボタンを押すか)を予測できる脳活動(前頭極皮質と頭頂皮質)が存在することを示した、衝撃的な研究。リベット論争を再燃させました。
  • Fried, I., Mukamel, R., & Kreiman, G. (2011). Internally generated preactivation of single neurons in human medial frontal cortex predicts volition.Neuron, 69(3), 548-562.
    • 概要: 脳深部に電極を埋め込んだ患者を対象に、単一ニューロン活動を記録した研究。意識的な意図の約1.5秒前から補足運動野(SMA)のニューロン活動が変化し、行動のタイミングを高精度で予測できることを示しました。無意識的な準備活動が単一細胞レベルで存在することを示した重要な証拠です。
  • Haggard, P. (2008). Human volition: towards a neuroscience of will.Nature Reviews Neuroscience, 9(12), 934-946.
    • 概要: この分野の第一人者であるパトリック・ハガードによる、意志の神経科学に関する包括的なレビュー論文。「いつ(When)」の決定と「何を(What)」の決定の区別など、リベット以降の研究で明らかになった自由意志の多次元的な側面を整理しており、全体像を掴むのに最適です。
  • Roskies, A. L. (2010). How does neuroscience affect our conception of volition?Annual Review of Neuroscience, 33, 419-443.
    • 概要: 神経科学者であり哲学者でもあるロスキーズによるレビュー。神経科学の発見が、私たちの「自由意志」や「責任」といった概念にどのような影響を与え、また与えないのかを、慎重かつバランスの取れた視点から論じています。科学と哲学の架け橋となる優れた文献です。

単純な二元論を超えた、自由意志の複雑で多層的な理解へと至る。


『神経科学は私たちの意志の概念にどう影響を与えるか?』において、アディーナ・ロスキーズ(2010)は、神経科学的な発見が、いかにして私たちの意志に対する直感的な理解に挑戦し、それを洗練させるかを探求している。いくつかの研究は神経科学が私たちの自由意志の感覚を覆す可能性を示唆しているが、ロスキーズは、現在のデータは私たちの常識的な信念を根本的に破壊するものではないと主張する。その代わりに彼女は、神経科学の研究が、意志や意図に関連する行動の根底にある神経メカニズムを明らかにし、それによって何が自発的行為を構成するのかについて、よりニュアンスに富んだ理解につながる可能性を強調する。

ロスキーズは、意思決定と行動開始に関わる神経プロセスに関する研究を概観し、これらのプロセスが私たちの直感的な自由意志の感覚が示唆するよりも複雑で、一筋縄ではいかないものであると指摘する。例えば、いくつかの研究は、意図に関連する神経活動が意識的な気づきの前に検出されうることを示しており、行動するという決定が無意識のレベルで開始されている可能性を示唆している。しかし彼女は、これは必ずしも私たちが自由意志を欠いていることを意味するのではなく、むしろ意志の根底にある神経プロセスが以前考えられていたよりも入り組んでいることを意味するのだと強調する。

さらにロスキーズは、神経科学は意志の背後にある神経メカニズムを明らかにするかもしれないが、それは必ずしも自由意志や道徳的責任をめぐる哲学的な問いに答えるものではないと示唆する。彼女は、自由意志という概念は私たちの主体性(エージェンシー)や個人的責任の感覚と深く絡み合っており、神経科学はこれらの概念に関連する主観的な経験を完全には捉えきれないかもしれないと主張する。

結論として、ロスキーズの研究は、神経科学と私たちの意志に対する哲学的理解との間で進行中の対話を浮き彫りにする。神経科学は私たちの行動の根底にある神経プロセスを照らし出すことができるが、それは必ずしも自由意志や主体性に関する私たちの常識的な信念を覆すものではない。むしろ、私たちの脳がどのようにして選択を行い、意図的に行動することを可能にしているのかについて、よりニュアンスに富んだ複雑な理解へと導くことができるのである。


意志(volition)や意図(the will)に関する明確な概念は存在しないものの、私たちは意志、主体性(エージェンシー)、そして自発的行動を特徴づける直感的な考えを持っている。本稿では、私たちの意志に関する直感的な観念に関わる、数々の神経科学的研究から得られた結果を概観する。これらの神経科学的な結果は、私たちが意志や意図に関連すると見なす行動を媒介する神経回路について、いくつかの洞察を提供する。

一部の研究者は、神経科学が私たちの自由意志に関する見解を覆すだろうと主張しているが、今日に至るまで、私たちの常識的な信念を根本的に破壊することに成功した結果は一つもない。それでもなお、神経科学から浮かび上がる全体像は新たな問いを提起しており、最終的には、自由意志のために何が必要かといういくつかの直感的な観念に対して、プレッシャーをかけることになるかもしれない。


ロスキーズ(2010)の研究では、神経科学は意志の概念を直接的に「再定義」するわけではなく、むしろ私たちの意志に対する直感的な理解や以前の哲学的・心理学的な考え方に疑問を投げかけています。

具体的には、神経科学の研究は、「行動や決定の背後にある脳の活動を解明することで、意志がどのように生じるのか、あるいはどの程度コントロール可能なのかについて新しい視点を提供している」と言えます。例えば、決定が意識的に行われる前に、脳の活動が予兆的に始まっていることが観察され、これが「意識的な意志」の役割や意味を再考させています。

しかし、ロスキーズは、こうした科学的証拠は「意志の本質そのものを根本的に変えるものではない」と指摘しています。つまり、神経科学は意志の「再定義」を強いるものではなく、むしろ私たちの意志の理解に新たな視点や、既存の哲学的議論に対する洞察をもたらすものと考えられます。

要するに、神経科学は意志の概念を根本的に刷新するのではなく、「意志の性質やその成立過程についての我々の理解を深めるツール」として機能している、というのがロスキーズの見解です。

ロスキーズ(2010年)の研究の主要な議論は、次のようにまとめられます。

主要な議論
意志の概念の曖昧さと変化

ロスキーズは、「意志」という概念自体が明確で一貫した定義を持たないと指摘します。
神経科学の進展が、従来の意志の直感的理解に疑問を投げかけているが、それが直ちに意志の本質の理解に直結しないことを強調しています。
神経科学の結果と意志の理解

脳の特定部位の活動が行動以前に起こることが観察されていますが、これが「意志が行動を決定する」ことの証明ではなく、むしろ複雑な現象の一部に過ぎないと解説。
つまり、神経科学は意志の存在や本質を否定しているわけではなく、従来の意志の理解を再考させるにとどまると述べています。
意志と自由意志の問題

自由意志の観点からみれば、脳の活動が事前に決定しているという結果は、意志の自由を疑わせることになりかねません。
しかし、ロスキーズは、これらの科学的知見は、意志の哲学や倫理的意味づけに新たな問いを投げかけるものであって、否定を意味するものではないと指摘します。
直感的理解と科学的解釈の対比

意志の理解は、直感や日常経験に基づいているが、これと科学的な観察結果との関係は複雑です。
科学的データが意志の「経験」や「感じ方」そのものを完全に説明するわけではなく、むしろ哲学的な再考を促すものとしています。
まとめ

ロスキーズは、神経科学の成果が意志の理解に新たな視点をもたらす一方で、意志の本質を決定づけるものではないと論じています。神経科学は、意志の概念を単純化せず、むしろその複雑さと曖昧さを明らかにしている、としています。

ロスキーズ(2010)の研究では、意志に関する今後の研究の課題についていくつか重要なポイントが示されています。主な課題は次の通りです。

  1. 意志の概念の明確化と再定義
    神経科学の進展にもかかわらず、意志の本質やその定義は依然として曖昧です。今後の研究では、意志をどのように理解し、科学的に議論できるのかを明確化する必要があります。
  2. 意志と責任の関係の解明
    意志の働きと、それに伴う責任の問題は倫理学や法哲学とも深く関わっています。神経科学の知見が、個人の行動や意思決定の責任性にどのように影響するのか、より明らかにすることが求められます。
  3. 意志の神経基盤の詳細な理解
    意志に関与する脳の具体的なメカニズムやネットワークを特定し、その働き方や制御の仕組みを解明することが必要です。
  4. 意志と無意識の関係の研究
    多くの神経科学研究は、意識的な意思決定よりも無意識的なプロセスに焦点を当てています。無意識と意識の相互作用や、それが意思決定に及ぼす影響について深く理解することも重要です。
  5. 実験と理論の統合
    神経科学の実験結果を哲学的・理論的枠組みに統合し、意志に関する一貫した理解を築く必要があります。

これらの課題を解決するには、神経科学、哲学、倫理学など多領域の学際的なアプローチが必要とされています。さらに、技術の進歩とともにより詳細な脳の動態解明や、実験的な検証も重要になるでしょう。

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