両眼視野闘争


両眼視野闘争の分かりやすい解説

一言でいうと、両眼視野闘争とは「左右の目に全く違う映像を見せると、脳が混乱し、2つの映像が混ざり合うのではなく、片方ずつ交互に見えるようになる不思議な現象」のことです。

この現象が、なぜ「脳は推論している」という考え方の強力な証拠になるのか、ステップを踏んで見ていきましょう。

1. どんな現象?(具体例)

特殊な鏡やゴーグルを使って、あなたの右目には「赤い車」の映像だけを、左目には「青い自転車」の映像だけを見せたとします。

さて、何が見えるでしょうか?

普通に考えれば、「赤い車と青い自転車が半透明に重なって、紫色の乗り物みたいに見える」と思うかもしれません。しかし、実際にはそうはなりません。

見えるのは、

  • 「あっ、赤い車だ!」 と、車だけがはっきりと見える状態が数秒間続きます。自転車の気配は全くありません。
  • すると突然、映像が切り替わり、「今度は青い自転車だ!」 と、今度は自転車だけがはっきりと見えます。車の姿は消えてしまいます。
  • そしてまた数秒後には「赤い車」に戻る…

このように、2つの映像が意識の上で「見える・見えない」の綱引き(=闘争)を繰り広げ、勝った方だけが交互に見えるのです。これが「両眼視野闘争」です。

2. なぜこれが「脳は推論している」証拠になるのか?

ここが最も重要なポイントです。

  • 入力(目からの情報)は、ずっと変わらない。
    実験中、あなたの右目はずっと「赤い車」を、左目はずっと「青い自転車」を見ています。目に入ってくる物理的な情報(刺激)は、全く変化していません。
  • しかし、出力(あなたが見ているという体験)は、勝手に変わる。
    入力が変わらないのに、あなたの知覚は「車」→「自転車」→「車」と勝手に変化し続けています。

もし脳が、目から入ってきた情報をそのまま処理するだけの「単純なカメラ」のようなものだとしたら、見える映像はずっと同じはずです。入力が変わらないのですから。

しかし、現実は違います。このことは、脳が単に情報を受け取るだけでなく、その情報を元に「今、外の世界では何が起きているのが一番もっともらしいか?」と、積極的に解釈(=推論)していることを示しています。

3. 脳はどんな「推論」をしているのか?

脳は無意識のうちに、次のような推論をしていると考えられます。

脳は「右目から『車』、左目から『自転車』の情報が来たぞ。これは一体どういう状況だ?」と考え、いくつかの仮説を立てます。

  • 仮説A:「世界には『赤い車』だけが存在する」
    → でも、そうだとすると左目から来ている『自転車』の情報が説明できない…。
  • 仮説B:「世界には『青い自転車』だけが存在する」
    → でも、今度は右目からの『車』の情報が説明できない…。
  • 仮説C:「世界には『車と自転車が同じ場所に重なった、奇妙な物体』が存在する」
    → これは、入力された情報を全て説明できます。しかし…

ここで脳は、これまでの経験に基づいた「世界の常識(事前知識)」を使います。
「ちょっと待てよ。車と自転車が、物理的に全く同じ空間に重なって存在するなんて、ありえないじゃないか!そんなことは今まで一度も見たことがない」。

この「常識」によって、脳は仮説Cを「ありえなさすぎる」として却下します。

その結果、脳は「不自然な寄せ集めを見るよりは、多少情報に矛盾が出ても、ありえそうな仮説Aか仮説Bのどちらかを採用しよう」と判断します。そして、どちらか一方の仮説に固定されず、2つの有力な仮説(「車だ!」「いや自転車だ!」)の間を行ったり来たりするため、私たちの知覚もそれに合わせて交互に切り替わるのです。

まとめ

両眼視野闘争は、私たちの脳が「世界はこうなっているはずだ」という強力な思い込み(推論)を使って、目から入ってくる情報を取捨選択し、一貫性のある「知覚」を積極的に作り出していることを、非常にドラマチックに見せてくれる現象なのです。

引用文の「刺激自体が知覚を駆動するものではありません。ここで知覚システムに何らかの推論力を帰属させないことは非常に困難です。」というのは、まさにこのことを指しています。

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