SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が服用後すぐには効かず、臨床効果が現れるまでおよそ2週間(多くは2~4週間)かかるという事実は、精神薬理学の中でも非常に重要な問題であり、いくつかのレベルで説明されています。
大きく分けると、以下の 4つの階層で理解すると整理しやすいです。
1. 薬理作用は「数時間」で起きている
まず重要なのは、
SSRIの一次作用は服用後すぐに起こるという点です。
SSRIは
- SERT(セロトニントランスポーター)
- を阻害
- → シナプス間隙のセロトニン濃度を上げる
という単純な作用です。
これは
- 数時間以内
- 遅くても 1日以内
に起きています。
つまり
「セロトニンが増えること」と「抗うつ効果」は同じではない
ということになります。
2. 初期にはむしろセロトニン神経の発火は抑制される
SSRIを投与すると、意外なことが起きます。
セロトニン神経の細胞体(縫線核)には
5-HT1A自己受容体(autoreceptor)
があります。
SSRIによって
- シナプス外セロトニン↑
- ↓
- 自己受容体が刺激
- ↓
- セロトニン神経の発火が抑制
されます。
つまり
初期にはセロトニン放出はむしろ減る。
これはラット研究でよく示されています。
3. 2週間で起こる「自己受容体の脱感作」
2週間前後で何が起こるか。
5-HT1A自己受容体の脱感作(desensitization)
です。
つまり
- 受容体が鈍くなる
- 数が減る
- シグナルが弱くなる
すると
抑制が解除され
- セロトニン神経発火 ↑
- セロトニン放出 ↑
になります。
この過程に
約2週間
かかると考えられています。
4. 下流の神経可塑性の変化
現在もっとも重視されているのはここです。
抗うつ薬の本質は
神経可塑性の回復
と考えられています。
SSRIにより
BDNF増加
brain-derived neurotrophic factor
↓
CREB活性化
↓
シナプス形成
↓
神経回路の再編
特に重要なのが
海馬
です。
うつ病では
- 海馬体積減少
- 神経新生低下
が知られています。
SSRIは
- 海馬神経新生↑
- シナプス形成↑
を起こします。
しかし
神経新生には2〜4週間かかる
のです。
5. 神経回路レベルの変化
さらに最近の研究では
抗うつ薬は
脳ネットワークの再調整
を起こすと考えられています。
主な回路
デフォルトモードネットワーク
DMN
扁桃体ー前頭前野回路
報酬系
(腹側線条体)
SSRIにより
- 扁桃体反応 ↓
- 前頭前野制御 ↑
- ネガティブバイアス ↓
が起きます。
しかし
これらは
学習・経験依存的
なので
時間がかかります。
6. 心理学的説明
心理学的モデルもあります。
SSRIは
まず
感情処理のバイアス
を変えると考えられています。
初期変化
- 怒り顔認識 ↓
- ネガティブ解釈 ↓
- ポジティブ刺激感受性 ↑
しかし
患者がそれを
- 日常体験
- 人間関係
で再学習するまで
時間が必要
なのです。
まとめ(統合モデル)
SSRIの遅効性は
神経系の多段階変化
によって説明されます。
| 段階 | 時間 | 内容 |
|---|---|---|
| SERT阻害 | 数時間 | セロトニン増加 |
| 自己受容体活性化 | 数日 | セロトニン神経抑制 |
| 自己受容体脱感作 | 約2週間 | 発火回復 |
| 神経可塑性 | 2〜4週 | BDNF・シナプス形成 |
| 回路再編 | 数週間 | 情動制御回復 |
補足:これを覆す薬もある
この「2週間問題」を破る薬があります。
ケタミン
NMDA阻害
- 数時間で抗うつ効果
- シナプス形成を急速誘導
mTOR経路が関与します。
精神医学史的に見ると
この問題は
モノアミン仮説の限界
を示しています。
単純な
セロトニン不足 = うつ
ではなく
現在は
神経可塑性仮説
(neuroplasticity hypothesis of depression)
が主流です。
