嫌な人だと思われている人の不思議

嫌な人だと思われている人の不思議

世間には、嫌な人だと思われている人がいて、実際に嫌われている。
嫌われている自分が自己イメージと一致しているのか、疑問に思う。
いい人だと思われるほうが気持ちよいだろうと思うのだが、
なぜ自分から嫌われるようなことをしてしまうのだろうか。

たぶん、見えている映像が違うのだろう。
横柄にふるまい、嫌われている自分は見えていない。
その人にとっては、「偉い自分」「相手が自分を恐れている」「自分は相手を圧倒している」などと認知しているのかもしれない。
少なくとも、プラスの信号を認知しているはずである。
プラスの学習をしているから、繰り返す。

なぜその場面がプラスの信号として認知されているのか。
それが不思議である。
それなりに世界を経験していれば、そして、自分の行為が世間に嫌われて、自分は損をしていると経験すれば、マイナスの経験になって、学習サイクルが回るはずなのであるが。

その人は結果をプラスに認知しているらしい。


例えば、飛行機に乗っていて、CAさんに横柄な態度で接して、CAさんだけではなくて、周囲の人まで不愉快にさせる人がいる。お金を払っているのだから、CAは召使のようなものだ、お客様は神様だというような考えなのか。インド人なら、CAはカーストの最下層だと認識しているのか。
例えば、荷物を頭上の棚に収納するときに、わざわざCAに命令したりしないで、自分でさっと収納すれば、周囲の人は好感を持ってくれるし、そのことを感じれば、自分も気分がいい。自分はいい人だと思うことができる。
自分はいい人だと自己認知してそれを確認できることは大きな喜びだと思う。
それなのに、そのチャンスを台無しにしている。
なぜなのだろうか。
威張りたいのか。そのことで得られる報酬は少ないではないか。もっと大きな報酬が得られるのにどうしてしないのか。
考えられるのは
(1)事実認識に間違いがあるのか。
(2)脳の学習プロセスに障害があるのか。
いずれにしても、周囲の雰囲気を認知しないのはどうしてなのだろうか。

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