1.
通常の場合。
予測=ドアノブはきれいだろう。
現実=ドアノブはすこしヌルヌルしていた。→誤差発生。
そこで対応は二つ。
(1)このヌルヌルは問題だ。誤差として大きすぎる。しかしよく見てみると、自分が前につけたヌルヌルらしい。今後は、ドアノブはこの程度のヌルヌルはあるかもしれないと予想することにする。(世界モデルの書き換え完了)
(2)このヌルヌルは問題だ。誤差として大きすぎる。手を良く洗って汚れを落として、清潔を保つことにする。(現実世界に働きかけて、現実を変える)
これで。対応終わり。
2.
強迫症の始まりの例。
予測=ドアノブはきれいだろう。
現実=ドアノブはすこしヌルヌルしていた。→誤差発生。
対応は(2)で、大変丁寧に手を洗った。
3.
強迫症の維持。
予測=ドアノブは不潔
現実=ドアノブは清潔→誤差発生(しかし無視されて、ドアノブは予測通り不潔と判定される)
しかし、Aは非常に敏感に厳密に検査して、少しの異常も見逃さないので、たいていは不潔が検出される。するとCPに通報が行って、10回手を洗うという儀式が行われる。
ここで問題なのは、ドアノブは実際は清潔なのに、不潔だと判定てしてしまうAの異常な敏感さである。
そのせいで、「ドアノブは不潔」という予測が的中して、誤差はゼロになり、世界モデルの修正につながらない。
次からも同じことが繰り返される。
現実には誤差が発生している。それに従えば、世界モデルは修正されるはずである。しかし、Aが誤差なし、つまりドアノブは不潔と判定するので、世界モデルは修正されず、手洗い儀式は続く。
Aをどう説得するかが焦点になる。
「よく見てみて、不潔ではないよ」と言ってもダメなのが、強迫症の特徴である。
Aは怖がっているACを守ろうとして、非常に厳密に不潔を検査する。不潔を拡大鏡で見ているので、いつでも不潔に見えてしまう。
最初にAが抵抗してもなだめて、手を洗わずに、何ともなかったよねと結果を見せて、Aを説得する。それが現在の方法。Aをなだめるのが大変。
治療者の権威を使ったりする。つまり、患者Aを治療者Aが乗っ取る。
最初は患者Aは抵抗するが、そのうち、患者Aも納得するのだろう。
そのためには、治療者と患者の権力勾配が必要になる。
それを必要なことと考える人もいるだろうし、反対する人もいるだろう。
治ればいいのだという考えもあるだろう。
乗っ取りが行われても、治療がうまくいかなかった場合、後始末は大変そうな気もする。
依存や帰依といった形になることが多いだろう。
