会社適応障害軽症の人に対して、ACTを実施するとして、その詳細なカウンセリング-4

ACTによる会社適応障害(軽症)の面接実例

――想定設定――

クライアント:32歳男性、IT企業勤務、3ヶ月前から職場でのプレッシャーにより意欲低下・軽度抑うつ気分・職場回避傾向。DSM-5上は適応障害(抑うつ気分を伴うもの)軽症。休職はしていない。

セラピスト:ACT志向の精神科医または心理士。

セッション:初回から3回目程度を想定した合成版。


第一部 マインドフルネスとコンタクト――「今ここ」への着地


Th(セラピスト):今日は来てくださってありがとうございます。まず、どんなことが起きているのか、ご自身の言葉で話していただけますか?

Cl(クライアント):……正直、自分でもよくわからないんです。会社に行けてはいるんですが、朝起きると、なんか、胸が重くて。席に着いても、何も手がつかないというか。

Th:胸が重い、手がつかない。今その感じは、少しありますか?

Cl:……ありますね。こうして話していても、なんか心が遠いというか。

Th:「心が遠い」という言葉、印象的ですね。その感じを、もう少しだけそのまま観てみましょうか。逃げなくていい、変えなくていい。ただ、それがそこにある、という感じを。

Cl:(沈黙)……なんか、霧の中にいるみたいな感じです。

Th:霧の中。その霧は、何か言っていますか?言葉として聞こえてくるものがあれば。

Cl:「どうせ無理だ」とか、「また失敗する」とか……そういう声が、ずっと奥にある気がします。

Th:その声は、いつ頃から聞こえていますか?

Cl:新しいプロジェクトのリーダーを任されてから、3ヶ月くらい前から、かな。


第二部 脱フュージョン――「声」と「自分」を分ける


Th:「どうせ無理だ」「また失敗する」という声が、ずっとそこにある。その声を、今どんなふうに受け取っていますか?

Cl:……正直、そのまま信じてしまっている部分があります。「自分はダメなんだ」という感じで。

Th:そうですね。その声が言っていることを、自分そのものだ、と感じている状態、ですね。少し試してみましょうか。

今あなたの頭の中に「どうせ無理だ」という声があるとして、それをそのまま受け取るのではなく、「私の頭の中に、『どうせ無理だ』という考えが浮かんでいる」と、少しだけ距離を置いて言ってみてください。

Cl:……「私の頭の中に、『どうせ無理だ』という考えが浮かんでいる」……。

Th:どうですか、何か変わりましたか?

Cl:なんか……不思議ですね。ちょっと、引いて見れる感じがする。声がまだそこにあるんですけど、少し小さくなった気がする。

Th:そうです。声はなくなっていない。でも、あなたはその声ではない。声を聴いている「あなた」がいる。

その声に名前をつけてみるとしたら、どんな名前が合いそうですか?

Cl:(少し考えて)……「ダメ出しくん」かな(苦笑)。

Th:いいですね(笑)。「ダメ出しくん」がまた来た、と思えるようになると、少し楽になることがあります。ダメ出しくんの言うことが事実かどうかは、別の問題です。

Cl:……確かに、事実かどうかって、考えたことなかったかもしれない。


第三部 アクセプタンス――感情と戦わないこと


Th:朝、胸が重い感じがして、出社が辛いとおっしゃっていましたね。その重さを、今どうしようとしていますか?

Cl:……なんとか消そうとしているというか。「こんな気持ちじゃダメだ」「早く元気にならないと」と思って、ますます落ち込む、みたいな。

Th:それは、とてもよくあることです。苦しい気持ちを消そうとすることで、かえって苦しさが増す。これをACTでは「コントロールとしての問題」と呼びます。

少し考えてみましょうか。その胸の重さ、3ヶ月間、消そうとし続けた。消えましたか?

Cl:……消えないですね。むしろ、消えないことにまた焦ってる。

Th:そうですね。もし、別の選択肢があるとしたら。「消す」でも「無視する」でもなく、「それがそこにある、と認める」こと。戦わずに、ただ置いておく。

Cl:でも、それって、諦めることじゃないんですか?

Th:するどい問いです。これは「諦め」ではありません。区別してみましょう。

「諦め」は、何もしないことです。「アクセプタンス」は、感情をそのまま持ちながら、自分が大切にしていることに向けて動くことです。

嵐の中を船が進むとき、嵐を止めようとするのではなく、波を受けながらも舵を握り続ける、そういう感じに近いかもしれません。

Cl:……「波を受けながら舵を握る」。なんか、それが今の自分には全然できていない気がします。

Th:だからこそ、今ここにいる。できていないのが現状で、そこから始めていい。


第四部 価値の明確化――何のために生きているか


Th:少し話を変えます。あなたが今しんどいのは、それだけ何かを大切にしているからでもある。今の仕事で、「これが大事だ」「これのためにやっている」と感じていたことは、何かありましたか?

Cl:……(しばらく沈黙)以前は、ありました。チームのみんなで何かを作り上げる感じが好きで。自分のコードが誰かの役に立つ感じとか。

Th:その「みんなで作り上げる感じ」「役に立つ感じ」。それは今もあなたの中にありますか?

Cl:……あると思います。でも今は、そこに届く前に、ダメ出しくんに止められる感じ(苦笑)。

Th:(うなずく)ダメ出しくん、よく働きますね。

価値というのは、目標とは違います。目標は達成したら終わり。価値は方向性です。「人の役に立ちたい」「仲間と何かを作り上げたい」というのは、達成するものではなく、向かい続けるものです。

今のあなたは、その方向から少し離れた場所に立っている感じですか、それとも完全に見えなくなっている感じですか?

Cl:……離れた場所、に近いかな。霧の中で見えにくくなっている、という感じ。

Th:霧の中でも、方向はある。それが今日わかったことです。


第五部 コミットされた行動――小さな一歩


Th:さて、今週一週間で、「自分の価値の方向に、少しだけ向かう」行動を、一つだけ考えてみましょうか。大きなことじゃなくていい。ダメ出しくんが「それくらい小さなことで意味があるのか」と言うかもしれないことでいい。

Cl:……(考えて)毎朝、チームの誰かに一言声をかける、くらいかな。今は自分から話しかけることを避けているので。

Th:いいですね。「チームのみんなで作り上げる」という価値の方向に沿っている。一言声をかけること、それがその第一歩になる。

ダメ出しくんは何と言いそうですか?

Cl:「そんな小さなことで何が変わるんだ」って(苦笑)。

Th:ですね。でも、ダメ出しくんの言うことが事実かどうかは、別問題でしたよね。声は聞こえても、行動は選べる。

来週、その一言を、できてもできなくても、ここで話してください。「できた」か「できなかった」かより、「どんなことが起きたか」を持ってきてください。

Cl:……わかりました。やってみます。


第六部 観察する自己――「気づいている自分」への接触


Th:最後に少し、別のことを。

今日ここで、霧の中にいると言いながら、あなたはずっと、それを「観ている」自分がいましたよね。胸が重い、声が聞こえる、と気づいている自分がいた。その「気づいている自分」は、霧の中にいましたか?

Cl:……(驚いた様子で)……そう言われると、霧の外、にいた気がする。

Th:そうです。感情は変わる。考えは変わる。状況は変わる。でも、それを観ている「あなた」は、3ヶ月前も今日も、ずっといた。それをACTでは「観察する自己」と呼びます。

その「観ている自分」は、ダメ出しくんではない。霧でもない。どんなに苦しくても、そこだけは揺るがない。

Cl:……なんか、少し、息ができる気がします。

Th:それで十分です。今日はここまでにしましょう。


――後記(構造的整理)――

ACTの六角形プロセス本面接での実践
今この瞬間との接触「胸の重さ」「霧の中」を今ここで観る
脱フュージョン「ダメ出しくん」と命名し距離化する
アクセプタンス感情を消そうとすることの逆効果に気づく
価値の明確化「チームで作る・役に立つ」という方向性の再発見
コミットされた行動「毎朝一言声をかける」という具体的小行動
観察する自己「観ている自分」への接触による安定感

軽症適応障害においては、ACTの重点は「症状除去」ではなく「価値との再接続」に置かれます。この面接では意図的に、脱フュージョンと価値明確化を中心軸とし、コミットされた行動を「小さく・具体的・失敗可能」に設定することで、完璧主義的な自己評価のループを迂回する構造としています。

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