例えば、トラウマ反復の問題について考えると、
100年前のフロイトの意見がいまでもストライクかと言えば、そんなことはないと思うが、
仮説を考えるときに、
どうしても説明しなくてはいけない項目であることは確かである。
実際に臨床をしていても、
なぜだかトラウマを自発的に反復して、
予想通りに再度傷つき、
そしてさらになぜだか三度目も同じトラウマを自発的に反復して、と繰り返すことがある。
たとえば、女性が婚姻関係で傷ついたとして、それが家庭内暴力だったりするとして、
離婚もして、やっと落ち着きましたというところまで来て、
仕事もやや落ち着いたし、
というところで、再び、家庭内暴力をしそうな男性と懇意になり、
過去と同じようなコースをたどり、傷つき、苦労をして、やっとのことで別れたりする。
今度こそ本当に身に染みる体験をしたから、慎重にしましょうねなどと言っていると、
今度は、治療者にも話さないで秘密の形で、同じような関係を発展させる。
その人はいろいろな経験をして、時間がたった後に、治療者に、経過が明かされる。
治療者としては、もう学習もして、危険も知っているし、
危険そうな人を見分けることもできているはずなのになあと不思議に思う。
もちろん、経験から学んで、別の選択肢を選ぶ人もいるのであるが、
一部の人は、同じコースを辿ってしまう。
まるで、男女関係のテンプレートが一つしかなくて、それを何度でも繰り返すような例である。
症例検討などで挙げられるのは、実は、成育歴を振り返ると、そのような夫婦関係を見て育ち、
そのような夫婦関係しか知らない、だから、テンプレートは一つだけ、
そして性的に成熟してからの対人関係も、そのテンプレートを繰り返すだけ、というものである。
また、中には、人生の早期に性被害に遭って、その後、なぜだか、その体験をテンプレートのようにして、反復をしてしまうという人もいる。
しかしそうではない人もいて、普通の夫婦に育てられて、また、成育途中の性被害もない、
そんな人たちも、なぜだか、困ったコースを反復する例がある。途中で何かを学習しているのだろうか。
反復していると、治療者に説明するのも居心地が悪いのか、来院しなくなってしまう人もいる。
秘密にしていて、何かで知られてしまうこともある。
学習機能の障害と見ることはできると思う。
落ち着いた場面で、冷静に話せば、理屈としてはよくわかっている。
模範解答を言葉で返すこともできる。
しかし実際の場面になってしまうと、何かまるで催眠術でもかけられたように、同じコースにはまっていってしまう。
別のテンプレートをすでに学習していて、手持ちの別のテンプレートを使えばいいだけなのに、なぜだか、もともとの良くないテンプレートを使ってしまう。
一つは、世の中には大勢の人がいて、そのような人間を待ち望んでいる他人がいるということはある。なぜだか不思議に、見つけて、見つけられてしまう。ぴったりの片割れをお互いに発見してしまう。
共依存の人たちはそのようなもので、なぜだか、どこかから、ちょうど当てはまる人を見つけてしまい、あるいは見つけられてしまい、はまり込んで、抜けられなくなる。
境界性人格障害の場合、なぜだか熱心にケアしてくれる人をどこからともなく見つけ出してしまう。
見つかってしまうと言えば良いのか、そうではなくて、もともとはニュートラルに出会っているのだけれども、時間がたてば、お互いにお互いを見て、教育試合、そのような関係になってしまうものだろうか。そこはいろいろなコースがあるのだろう。
いずれにしても、一般に言えば、幸福でない関係にもつれ込んでしまう。回避できたはずなのに。頭ではわかっているはずなのに。(ケースによっては)最初はそうでなかったはずなのに。
学習はあるのだけれども、パートナー選択場面では、学習は消えてしまい、古いテンプレートが活性化されてしまう。このあたりは学習理論で説明するのがよさそうだと、個人的には思う。
以上は対人関係でのトラウマを反復する話。対人関係でなくても、PTSD系は、自分が苦手だと分かっている場面を回避するのが普通なのであるが、どうしても、そのような場面に引き寄せられる例もある。学習を超えて、自動反応のように動いている。
催眠術みたいにと書いたかが、昔映像で見た見世物小屋の催眠術のようで、催眠術で、潜在意識に命令を入れておいて、覚醒させる、そして、その特定の場面が来ると、さっき催眠術で学習したとおりのことをしてしまう。なぜそんなことをするのか、自分でも分からない。
そのようなたとえがぴったりする感じがする。催眠術自体は効果が不安定だし、いまさら、やらないほうがいいに決まっているし、その映像も見世物の一種であって、やらせの可能性が高い。だから、催眠術がどうのといいたいのではなく、まるで、催眠術のように、という印象を持っていると理解してほしい。
潜在意識に埋め込まれた、現在の自分にとっては不都合な、テンプレート、それが何かのキーで呼び出されて、自動人形のように行動してしまう。そして、あとあと後悔する。
これは、この古いテンプレートの場所が、深いところにあって、一方、新しいテンプレートは浅いところにあって、この二つは、二者選択的には働いていないらしい。特定の場面、キーワード、特定の感情、特定のホルモン環境、などに誘導されて、古いテンプレートが働きだしてしまう。新しいテンプレートはそれを押しのけて、あるいはそれを抑制して、働くことはできないらしい。
新しく学習したテンプレートの場所を指定できれば、効果は違うかもしれない。それができない。
古いテンプレートを壊すこともできそうにない。
深くて古い学習と、浅くて新しい学習は、離れた場所にある。何かの誘因で活性化されるとき、場合によっては、新しいテンプレートが優先されるが、場合によっては古いテンプレートが活性化されてしまう。
新しい学習を深い場所に置くことができればよさそうな気がする。しかしそれは技術としては難しそうである。
一つには、薬剤を使うなどして、安全な退行状態を作り出し、そこで学習を行うことが考えられるが、そのような人体実験のようなことができるわけでもない。
動物実験ならある程度できるだろう。しかし、自分にとって不利なテンプレートにはまり込んでいく、学習がうまくいっていない、というモデルは作れると思うが、後で後悔する、後で別のテンプレートを使えばよかったと後悔するというようなモデルがあるものだろうか。
効果的な新しい学習。あるいは効果的な消去学習。
