以下は、会社で適応障害(軽症)と診断されたクライアントに対し、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー) を実施する際の、心理士(セラピスト)とクライアントの詳細な会話例です。
なお、この会話は初回~2回目あたりの、心理教育と簡単なエクササイズを想定しています。
前提
- クライアント:30代会社員、営業職。3か月前から部署異動。眠れない、朝の動悸、出社前の吐き気。医師から「軽症の適応障害」と診断され、休職には至らず通院・カウンセリング併用中。
- セラピスト:ACTを専門とする臨床心理士。
- 目的:嫌な思考・感情をコントロールしようとする努力を手放し、自分が大切にしている方向へ行動する手助けをする。
会話(抜粋)
セラピスト(Th):
「前回、『出社前に“また今日もミスをするんじゃないか”という考えが頭から離れず、気分が重くなる』とおっしゃっていましたね。そういう考えを何とか消そうと、どんなことを試されていますか?」
クライアント(Cl):
「必死に『大丈夫、大丈夫』と自分に言い聞かせたり、スマホで気晴らしにニュースを見たり。でも逆に考えが戻ってきて余計つらくなります。」
Th:
「それ、とても自然な対処法です。ただ、もしその『消そうとすればするほど強くなる』という体験が、実は人間の心の普通の特徴だとしたらどうでしょう?」
Cl:
「普通なんですか? でも私、弱いからこんな考えが浮かぶんでしょう?」
Th**:
「そこがACTの面白いところです。ACTでは、嫌な思考や感情が浮かぶことは『故障』ではなく、言語を持つ人間の正常な機能だと考えます。問題はその内容ではなく、『それに巻き込まれて、自分の大切なことを後回しにしていないか』なんです。よろしければ、今ここで簡単な体験をしてみませんか?」
Cl:
「はい…どんなことですか?」
Th:
「『消そうとしない』練習です。まず、目を閉じて、頭の中に“私はダメだ”という言葉が浮かぶのを思い浮かべてみてください。次に、その言葉を頭の上に浮かぶ電光掲示板の文字だと思って、ただ眺めてみる。読まなくていい。『この考えが現れたなあ』と気づくだけでいいんです。」
(少し間)
Cl:
「……なんか距離ができました。でもまだ少し苦しいです。」
Th:
「苦しさは残っていて当然です。その苦しさも、手のひらに乗せた小さな石のように、そのままにしておいてください。今、あなたは『自分はダメだ』という考えと、それを取り巻く苦しい感じを、対決するでもなく、従うでもなく、ただそこにあると認めていますね。」
Cl:
「はい…無理に変えようとしていない感じです。」
Th:
「そのスタンスこそ『アクセプタンス(受容)』です。次に聞きたいのは、あなたが会社で本当に大切にしたいことは何ですか? 例えば『同僚と協力する』『お客様に価値を届ける』『自分の技術を磨く』など。」
Cl:
「うーん…私は『チームの役に立ちたい』という気持ちが強かったんです。でも今は自分が迷惑をかけると思って、みんなに合わせるだけで精一杯で。」
Th:
「『役に立ちたい』という価値はとても明確ですね。では仮に、明日の朝“またミスするかも”という考えと“胃がキリキリする感じ”が、今までと同じくらいやってきたとします。それでもなお、その考え・感情を連れて、『チームの役に立つ小さな行動』を何か一つするとしたら、何ができますか?」
Cl:
「……出社したら、まず一番最初に、後輩のデスクに行って『おはよう』と笑顔で言う。それだけでも、自分の役割を果たした気になれるかもしれない。」
Th:
「とてもいいコミットメント(行動の約束)ですね。ただし条件があります。そのとき、『私はダメだ』という考えがずっと頭の片隅でしゃべり続けていても、それと一緒に行動する。考えを消すのが目的ではなく、『あなたの大切な価値に沿って動く』のが目的です。やってみられますか?」
Cl:
「うーん…苦しいけど、『あ、また考えが出てきたな』って気づきながら、挨拶だけはやってみます。」
Th:
「素晴らしい。次回はその結果を聞かせてください。うまくいってもいかなくても、『価値に沿って行動した』という事実を一緒に振り返りましょう。」
ポイント(解説)
- コントロールのパラドックスの心理教育
「考えを消そうとすると苦しくなる」ことを正常化し、クライアントの自己批判を和らげる。 - 認知の融合から脱フュージョンへ
「電光掲示板」のメタファーで、思考を距離を置いて観察する練習をする。 - 感情もそのまま許可する
苦しさを“石”に例え、取り除こうとせず一緒に持つ体験をする。 - 価値の明確化
「役に立ちたい」という本来の大切な方向性を引き出す。 - コミットされた行動
不快感があっても価値に沿った最小行動(挨拶)を設定し、成功・失敗ではなく「行動したこと」を重視する。
このようにACTでは、症状の軽減ではなく「豊かな生き方の拡大」 を目指します。軽症の適応障害の場合でも、「会社に行くか行かないか」の二者択一ではなく、価値に基づいた小さな一歩を支援することが有効です。
