「リバタリアニズム」には二つの全く異なる意味があります。
Ⅰ. 自由意志論におけるリバタリアニズム
基本定義
リバタリアニズム(Libertarianism about free will)
- 自由意志は決定論と両立不可能
- かつ、自由意志は実在する
- したがって、決定論は偽である
三つの立場の関係
決定論は真か? 自由意志は存在するか?
決定論 YES NO
両立論 YES YES
リバタリアニズム NO YES
中核的主張
1. 非両立論(Incompatibilism)
- 決定論的世界では真の自由意志は不可能
- 「別様でありえた」(could have done otherwise)が真の意味で成立する必要がある
- 過去と自然法則が固定されていても、複数の未来が開かれている必要がある
2. 行為者因果(Agent Causation)
- 行為者自身が因果連鎖の究極的源泉
- 「causa sui」(自己原因)
- 出来事が出来事を引き起こすのではなく、行為者が出来事を引き起こす
3. 真の責任の要求
- 道徳的責任には「究極的責任」が必要
- 自分の行為の最終的な創始者である必要がある
主要な理論バージョン
A. 非因果的リバタリアニズム
カール・ギネット(Carl Ginet)
- 自由な行為は因果的に決定されていない
- 行為者の意志そのものが始まり
- 問題点:ランダム性との区別が困難
B. 行為者因果的リバタリアニズム
ロドリック・チザム(Roderick Chisholm)
- 出来事因果と行為者因果の区別
- 行為者は「unmoved mover」(不動の動者)
- 問題点:行為者因果のメカニズムが不明瞭
ティモシー・オコナー(Timothy O’Connor)
- 行為者因果を自然主義的に説明しようとする試み
- 創発的な因果力
- 問題点:創発の具体的メカニズム
C. 中心的統制理論(Centered Control)
ロバート・ケイン(Robert Kane)
- 「自己形成行為」(Self-Forming Actions: SFAs)
- 葛藤状況での意志的努力
- 量子的非決定性を利用
- 努力の二重役割:結果を確率的に影響させ、かつ行為者の統制下に置く
- 問題点:
- 量子効果が意思決定レベルまで増幅されるか?
- ランダム性が自由をもたらすのか?
古典的論証
1. 帰結論証(Consequence Argument)
ヴァン・インワーゲン(Peter van Inwagen)
(1) 決定論が真なら、私たちの行為は過去と自然法則の論理的帰結
(2) 私たちは過去を変えることはできない
(3) 私たちは自然法則を変えることはできない
(4) したがって、決定論が真なら、私たちは自分の行為を変えることはできない
(5) 自由意志は「変えられること」を要求する
(6) したがって、決定論と自由意志は両立しない
両立論者の反論:
- 「変えられない」の意味が曖昧
- 条件法的分析:「もし違う選択をしたなら、違う結果だった」で十分
2. 操作論証(Manipulation Argument)
デレク・ペレブーム(Derk Pereboom)
脳操作された人は自由ではない
↓
決定論的世界の人も同様に「過去」に操作されている
↓
したがって決定論では自由は不可能
両立論者の反論:
- 操作と通常の因果プロセスの質的違い
- 内在的理由への応答性の有無
深刻な問題点
1. ランダム性問題(Luck Objection)
最も深刻な批判
- 非決定的な選択 = ランダムな選択?
- ランダム性は統制を減らすのであって、増やさない
- 「私が原因」と「偶然」の区別が不可能
例:
状況A → [非決定的プロセス] → 50%で行為X
→ 50%で行為Y
どちらになるかが偶然なら、どうして「私の自由」なのか?
リバタリアンの応答:
- ケイン:努力自体が確率に影響を与える
- 反論:それでも最終的結果は運
2. 理由の問題
- リバタリアニズムでは、理由が行為を完全に決定してはいけない
- しかし、理由が決定しないなら、なぜその行為をしたのか説明不可能
- 自由と合理性の矛盾
3. 科学的証拠
リベットの実験(1983)
- 意識的決定の約350ms前に「準備電位」
- 自由な決定は脳活動の結果?
スーン他(2008)
- fMRIで決定の最大10秒前に予測可能
- より強力な挑戦
リバタリアンの反論:
- 準備は決定ではない
- 拒否権(veto)の可能性
- 反論:拒否も脳活動では?
4. 進化論的問題
- 非決定的意思決定は適応的か?
- 予測可能性の方が有利では?
- リバタリアン的自由の選択圧が不明
5. 量子力学への依拠
問題点:
- 量子効果が神経レベルまで増幅されるか不明
- ペンローズの「量子脳」理論は主流ではない
- 仮に量子的でも、それは「ランダム」であって「自由」か?
形而上学的コスト
1. 自然法則の違反
- 行為者因果は物理的因果連鎖を破る?
- 「説明不可能な説明」(brute fact)
2. 心身二元論への傾斜
- 物理的決定論を逃れるには非物理的な「自己」?
- デカルト的問題の再来
3. オッカムの剃刀
- 不必要に複雑な形而上学
- より単純な両立論で十分では?
現代の洗練された版
イベント因果的リバタリアニズム
アルフレッド・メレ(Alfred Mele)
- 行為者因果を避け、出来事因果のみ
- 非決定性と統制の両立を試みる
- しかし依然としてランダム性問題
理由応答性リバタリアニズム
ローラ・エクストロム(Laura Ekstrom)
- 理由への応答性を保ちながら非決定性を維持
- しかし矛盾が解消されていない
リバタリアニズムの魅力
なぜ多くの人が直観的にリバタリアン的か?
1. 現象学的説得力
- 「私が選んだ」という強い実感
- 「別様でありえた」という直観
2. 道徳的直観
- 真の称賛・非難には究極的責任が必要?
- 決定された行為への懲罰は不正?
3. 尊厳の感覚
- 自律的存在としての人間観
- 単なる因果連鎖の一部ではない
主要な支持者と批判者
支持者:
- ロバート・ケイン
- ティモシー・オコナー
- ピーター・ヴァン・インワーゲン(非両立論者だが決定論も拒否)
- ロドリック・チザム(古典)
- トーマス・リード(古典)
批判者:
- ダニエル・デネット(両立論)
- デイビッド・ヒューム(両立論、歴史的)
- テッド・ホンデリク(決定論)
- ギャレン・ストローソン(不可能性論証)
Ⅱ. 政治哲学におけるリバタリアニズム
完全に別の概念です!
基本定義
政治的リバタリアニズム(Libertarianism in political philosophy)
- 個人の自由を最大限に重視
- 国家の役割を最小限に制限
- 自由市場経済の擁護
- 「自己所有権」の原理
主要な主張
1. 最小国家論
- ロバート・ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』
- 国家は「夜警国家」に限定
- 防衛、治安、契約執行のみ
2. 経済的自由
- 課税は強制労働に等しい
- 再分配政策への反対
- 自由放任経済(laissez-faire)
3. 自己所有権
- 各人は自分の身体と労働の所有者
- 他者の強制からの自由
スペクトラム
左派リバタリアン ←――――――→ 右派リバタリアン
(平等主義的) (財産権重視)
右派(ミニマル・リバタリアン):
- ロバート・ノージック
- ミルトン・フリードマン
- アイン・ランド
- ロン・ポール
左派(リベラル・リバタリアン):
- 天然資源は共有財産
- ベーシックインカム支持
- 機会の平等重視
批判
1. 社会的不正への無関心
- 構造的不平等を放置
- 弱者への配慮欠如
2. 市場の失敗
- 外部性、公共財、独占
- 完全競争の非現実性
3. 社会契約の軽視
- 「自力で成功」の神話
- 社会的インフラへの依存無視
二つのリバタリアニズムの関係
混同されやすい理由
- 同じ語源:”liberty”(自由)
- 一部の思想家が両方を支持:
- 自由意志の形而上学的自由
- 政治的自由
- しかし論理的には独立
論理的独立性
自由意志のリバタリアン ≠ 政治的リバタリアン
組み合わせ可能:
- 自由意志リバタリアン × 政治的リベラル
- 両立論者 × 政治的リバタリアン
- その他すべての組み合わせ
例:
デネット:
- 自由意志:両立論(リバタリアニズム拒否)
- 政治:リベラル(政治的リバタリアニズム拒否)
ロバート・ケイン:
- 自由意志:リバタリアン
- 政治:?(明示的には不明)
ロバート・ノージック:
- 自由意志:リバタリアン
- 政治:リバタリアン(ただし晩年は修正)
まとめ
自由意志のリバタリアニズム
強み:
- 現象学的・道徳的直観に合致
- 人間の尊厳を擁護
- 真の責任の基礎
弱み:
- ランダム性問題(最大の難点)
- 科学的証拠との緊張
- 形而上学的コストが高い
- 理論的coherenceの問題
現状:
- 哲学者の間では少数派
- しかし一般人の直観的信念
- 活発な議論が継続中
政治的リバタリアニズム
- 全く別の議論領域
- 自由意志論とは論理的に独立
- 政治哲学・経済学・倫理学の問題
文脈的には自由意志論のリバタリアニズムについてのご質問だったと思いますが、混同を避けるために両方を説明しました。
さらに詳しく知りたい論点があれば、お聞かせください!
