市民講座 第2回 「脳はなぜ現実をそのまま見ていないのか ―― 予測する脳」

市民講座 第2回

「脳はなぜ現実をそのまま見ていないのか ―― 予測する脳」

皆さん、こんにちは。

前回は、

人間の脳は世界を見ているのではなく、推理している

という話をしました。

今日は、その続きです。


皆さんは本当に世界を見ているのでしょうか?

まず質問です。

皆さんは今、

この文章を見ています。

本当に見えているのでしょうか?

もちろん、

「何を馬鹿なことを」

と思われるかもしれません。

見えているに決まっています。

しかし脳科学者たちは最近、

少し変なことを言い始めています。

それは、

私たちは現実を見ているのではなく、脳が作った予想を見ている

という考えです。


目はカメラではない

私たちはつい、

目をカメラだと思います。

カメラが世界を撮影し、
脳がそれを見ている。

そう考えます。

しかし実際には違います。

網膜に届く情報は驚くほど不完全です。

たとえば、

  • 奥行きは直接見えない
  • 物の大きさも直接見えない
  • 色も直接見えない

網膜に届くのは、

ただの光のパターンです。

そこから

「これは人だ」
「これは机だ」
「これは犬だ」

と意味づけているのは脳です。


有名な錯覚

こんな経験はないでしょうか。

夜中に部屋で目を覚ました。

椅子に掛けたコートが見える。

その瞬間、

「誰か立っている!」

と思う。

しかしよく見るとコートだった。

なぜでしょう。

脳が間違えたからです。

しかしもっと正確に言うと、

脳は推理したのです。


暗い。

情報が少ない。

何か人影のようなものがある。

すると脳は、

「人かもしれない」

という仮説を立てます。

その結果、

実際にはコートなのに、

一瞬だけ人に見えるのです。


実はいつも同じことをしている

重要なのは、

これは特別な失敗ではありません。

私たちの脳は四六時中これをしています。

ただ普段は当たりすぎているので気づかないだけです。

予測処理理論はこう言います。


脳の仕事は

「感覚情報を受け取ること」

ではなく、

「次に何が起こるか予測すること」

である。


皆さんが歩いているとき、

脳はすでに

  • 次の景色
  • 次の音
  • 次の感覚

を予想しています。

実際の入力と比較して、

違いだけを処理しているのです。


脳は小説家に似ている

私は予測処理理論を説明するとき、

脳を探偵ではなく、

小説家にたとえます。

探偵は事実を集めます。

しかし小説家はまず物語を作ります。

そしてその物語に合う出来事を配置します。

脳も似ています。

まず

「世界はこうなっているはずだ」

という物語を作る。

その後で、

感覚情報を解釈します。


なぜそんな面倒なことをするのか

理由は簡単です。

世界は複雑すぎるからです。

もし脳が毎秒、

すべての情報を一から分析していたら、

計算が間に合いません。

車が突っ込んできても、

分析が終わる前に轢かれてしまいます。

だから脳は、

まず予測する。

その予測が外れた時だけ修正する。

このほうが圧倒的に効率的なのです。


驚きとは何か

ここで「驚き」を考えてみましょう。

友人が突然現れた。

びっくりします。

なぜでしょう。

予想していなかったからです。

つまり驚きとは、

予測が外れた状態です。

予測処理理論では、

これを「予測誤差」と呼びます。


予測

現実

ズレ

予測誤差


脳はこの予測誤差を減らそうとしています。

人生のかなりの部分は、

この作業だと言ってもよいかもしれません。


人は二つの方法で誤差を減らす

ここが予測処理理論の面白いところです。

予測が外れたとき、

脳には二つの選択肢があります。

第一の方法

自分の考えを変える

です。

例えば、

「今日は晴れると思った」

雨が降った

「予想が間違っていた」

と修正する。


第二の方法

世界を変える

です。

例えば、

「静かな部屋で仕事したい」

うるさい

ドアを閉める

予想通り静かになる


つまり行動とは、

世界を予想に合わせることなのです。

これは予測処理理論で

「能動的推論」

と呼ばれます。


不安な人に何が起きているのか

ここで精神医学につながります。

例えば不安が強い人。

その人の脳には、

こんな予測があります。


世界は危険だ。

悪いことが起きる。

失敗するかもしれない。


すると脳は、

危険の証拠ばかり探します。

安全な証拠は見落とします。

結果として、

ますます不安になります。

まるで青い眼鏡をかけると、

世界全体が青く見えるようなものです。


うつ病はどうだろう

うつ病では、

予測そのものが暗くなります。


未来は良くならない。

自分には価値がない。

努力しても無駄だ。


すると良い出来事が起きても、

脳はそれを採用しません。

「たまたまだ」

「偶然だ」

と解釈します。

予想を守ろうとするのです。


妄想はどうだろう

さらに興味深いのは妄想です。

普通の人なら気にしない出来事が、

異常に重要に感じられる。

すると脳は説明を探します。


誰かが咳をした。

偶然かもしれない。

しかし妙に気になる。

なぜだろう?

自分への合図かもしれない。

監視されているのかもしれない。


こうして妄想が形成される。

予測処理理論は考えます。

つまり、

妄想とは意味のないものに意味を与えようとする脳の努力なのです。


最後に

今日の話を一言でまとめましょう。

私たちは、

現実を見ているのではありません。

脳が作った予想と、

現実との折り合いを見ているのです。

世界を見ているようで、

実は私たちは、

自分自身の予測の中で生きています。

そして精神医学とは、

その予測がどのように作られ、
どのように硬直し、
どのように苦しみを生むのかを研究する学問でもあります。

次回は、

「なぜ人は『自分』という物語を信じるのか ―― 自己という予測モデル」

というテーマで進んでみたいと思います。

すると予測処理理論は、単なる脳科学ではなく、人間学や実存哲学の領域へと足を踏み入れ始めます。

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