もし市民講座の第1回として話すなら、数式やベイズ理論はいったん全部忘れて、こう説明します。
第1回「脳はなぜ間違えるのか」
皆さんは、
- なぜ人は思い込みをするのか
- なぜ不安になるのか
- なぜ妄想やうつ病が起きるのか
考えたことがあるでしょうか。
普通は、
「脳が壊れたからだ」
「考え方がおかしいからだ」
と説明されます。
しかし近年の認知科学は、少し違う見方をしています。
脳の仕事は「世界を推理すること」
たとえば夜道を歩いていて、
「ガサッ」
と音がしたとします。
そのとき脳は何をしているでしょう。
実は脳は、
- 猫かな?
- 風かな?
- 人かな?
- 危険かな?
と推理しています。
私たちは見ているようでいて、
実際には推理しているのです。
人間は「事実」だけでは生きられない
ここが大事なところです。
脳は事実だけでは判断できません。
なぜなら情報が足りないからです。
たとえば、
遠くに黒い影が見えた。
これだけでは
- 熊かもしれない
- 犬かもしれない
- 木の枝かもしれない
わかりません。
だから脳は、
「たぶんこうだろう」
という予想を使います。
思い込みは欠陥ではない
私たちは「思い込み」というと悪いものだと思います。
しかしガーシュマンが言うのは、
思い込みがなければ学習そのものが不可能
ということです。
例えば子どもは、
数回しか聞いていない言葉をすぐ覚えます。
なぜか。
脳が最初から
「言葉には規則があるはずだ」
と思い込んでいるからです。
つまり、
思い込みは知能の欠陥ではなく、
知能の土台なのです。
ただし思い込みは間違う
もちろん問題もあります。
脳は推理を急ぐので、
しばしば間違えます。
例えば、
- 嫌われている気がする
- 失敗しそうな気がする
- 何か悪いことが起きそうだ
こういう予想です。
脳は常に
「未来を予測」
しているので、
どうしても誤差が出ます。
不安とは何か
ここで進化論が登場します。
原始時代を考えてください。
草むらが揺れた。
原因は
- 風かもしれない
- ライオンかもしれない
です。
このとき、
「まあ風だろう」
と思った人は食べられるかもしれません。
逆に
「危険かもしれない」
と考えた人は逃げられます。
だから進化は、
少し心配性な脳
を作りました。
不安は欠陥ではありません。
生き残るための安全装置なのです。
うつ病は何が起きているのか
ではうつ病はどうでしょう。
計算論的認知科学では、
脳が
「世界は危険だ」
「自分は無力だ」
という予想を強く信じるようになった状態
と考えます。
本当は良い出来事が起きても、
脳が
「いや、たまたまだ」
と解釈してしまう。
すると世界観が変わらない。
これがうつ病の一つの見方です。
妄想は何が起きているのか
さらに面白いのは統合失調症です。
昔は
妄想=非合理
と考えられていました。
しかし最近の理論は少し違います。
まず脳の中で、
普通なら無視するはずの小さな出来事が、
異常に重要に感じられる。
すると脳は説明を探します。
例えば、
- あの人がこちらを見た
- テレビで自分のことを言った気がする
すると脳は、
「誰かが監視しているのではないか」
という説明を作る。
つまり妄想は、
異常な体験を理解しようとする、
ある意味では正常な推理の結果
だと考えられるのです。
今日のまとめ
市民講座の第1回なら、結論はこれだけです。
① 脳は世界を見ているのではなく推理している
② 推理には必ず思い込み(バイアス)が必要
③ 不安も、うつも、妄想も、その推理システムの特殊な状態として理解できる
④ 精神病理は「壊れた脳」ではなく、「人間の推理システムが極端になった状態」と見ることができる
これがガーシュマン、予測処理理論、計算論的精神医学を理解するための最初の入口です。
第2回では、「脳はなぜ現実をそのまま見ていないのか――予測する脳」というテーマで、予測処理理論(Predictive Processing)に進むと理解しやすいでしょう。
